空野雑報

ソマリア中心のアフリカニュース翻訳・紹介がメイン(だった)。南アジア関係ニュースも時折。なお青字は引用。

慰安婦財団問題:浅慮と無策に過ぎるかと

2018-11-22 20:58:12 | ノート
朝日新聞 (社説)慰安婦合意 なし崩しは賢慮欠く 2018年11月22日05時00分

日本と韓国の両政府が協力して、被害女性たちの名誉と尊厳を回復し、心の傷を癒やす。それが、慰安婦問題をめぐる3年前の日韓合意の核心である

 朝日社説も書く如く「日本と韓国の両政府が協力して」ことに当ることが求められた・求められているのであり、「韓国政府はきのう、元慰安婦らを支援するために設けられた「和解・癒やし財団」の解散を進めると発表した」ことは、協働とい理念に対する重大な後退である:「息長く癒やしの活動に取り組むはずだった組織を清算してしまえば、今後の救済をどうするのか。その具体的な構想もないまま後退するならば、解決は遠のくばかりだ

 この組織は「日韓合意にもとづき、日本政府が10億円を拠出した組織である」ので、実際の・日常的な運営は当然、韓国側で行うことだろうが、そこに日本側との連絡・協働がはいるという制度設計だったはずである・そうするべきものである。

 ところが「財団を運営する理事の大半は昨年から辞表を出しており、もはや機能していなかった」ことは、韓国側の重大な手落ちといわざるを得ない。「韓国政府にすれば、今回の決定は現実に照らしてやむを得ない措置ということかもしれない」とは忖度の度がだいぶ進んだ言い方というべきだろう。安倍首相への忖度の有無を延々論じ、忖度があっただろうことも首相の責任としてきた立場からみれば、こうなったのも文政権がわるいことになる。

しかし実際には財団は成果をあげてきた」とは、朝日新聞は書くが、その成果というのは「元慰安婦への現金支給は、生存していた対象者の7割以上が受け取る意思を示した。苦渋の思いに悩んだ人も多かったというが、財団が働きかけた意義は大きかった」。なるほど困難な判断へむけて説得等々はしたのだろう、重大な仕事ではあるが、まあ事実上の賠償金の配給は癒しと和解の第一歩にすぎない。せめて残された時間で多少の相互理解なりなんなり、そうした「癒やしの活動に」「息長く」「取り組むはずだった」のである。それを一方的に廃棄するのは協約の精神に対する根本的な敵対とさえいえる。

韓国政府は今後の行動計画を描くのが急務である。支給分の余りや韓国政府が加えた予算を合わせ約15億円が残っている。日本政府との意思疎通を十分に図り、合意の精神に沿う有効な活用を探らねばならない

 このあと朝日新聞は注意すべき微細な・メンタルな点を挙げるが、まあその辺の配慮の用意が仮に全面的にできたとしよう。しかしそれは、もはや現実には適用できない。なぜなら、適用する機関=「和解・癒やし財団」の廃止を、当の現地の政府がいま、決めてしまったからだ。

 今回、日本側の政治家の反応がきびしめなのは理由がないわけではない。

聯合ニュース 慰安婦財団解散 日本の真摯な姿勢に期待=韓国外交当局 慰安婦財団解散 日本の真摯な姿勢に期待=韓国外交当局

韓国外交部の当局者は21日、韓国政府が旧日本軍の慰安婦問題を巡る2015年の韓日合意に基づき設立された慰安婦被害者支援のための「和解・癒やし財団」の解散を発表したことに日本が反発していることについて、女性家族部が被害者の声や世論を踏まえて解散を発表したと説明しながら、日本が真摯(しんし)な姿勢で被害者の名誉と尊厳の回復、傷を癒すために努力するよう期待すると述べた

 その努力を実際に適用するルートが閉ざされたのである。日本側から当座の運営経費として資金をうけとった財団が存在すること自体、許しえないことだというなら―言い値を、一旦は受け入れておきながら、「やっぱやめた」と白紙に戻されるのなら、さてどのような起死回生の手があるだろう。

 まあ、財団案は既に過去に行われ、そしてそれについても”謝罪したことがない”という扱いだったのに、またしても財団案を繰り出したのは愚かだったという向きもあるかもしれないが、うんまあ。

同当局者は15年の合意について、慰安婦被害者問題の真摯な解決にはつながらないとしながらも、「韓日間の公式合意である点を踏まえ、合意を破棄したり日本に再交渉を求めたりはしないという韓国政府の立場に変わりはない」と強調した

 だから「期待する」とだけいうのだろうが、「慰安婦被害者問題の真摯な解決にはつながらない」合意を維持し続けるというのもおかしな話ではある。このスキームを維持する限り、真摯な解決はそもそもない。しかし解決へ向けての努力を求める? 真摯な解決のためには、日本側が真摯さという原則に従って真摯でない合意を自発的に廃棄し、真摯な提案を提出せねばならないことになろう。

 そしてその真摯さは数年単位でレビューの対象となり、真摯さがたりないと判定されれば再度やりなおしになる―なにしろ、不可逆的な合意とやらを、三年ほどで「自発的に真摯なアイディアを出してほしい。でないと真摯な解決にならない」と、いままさしく宣言されたのだ。

 ああまあ、「不可逆的」だのというすごい単語を入れたあたり、「真摯さ」とは遠いなあという意見は十二分にアリかなとも思うが、そこまで入れられるに至った過去の事情もなあ、とも。


 なおついでに掘り出したちょっと前のメモ:



 まあこういうわけで、私はあれがなんでそうまで悪く言われねばならないかが分らなかった。あの当時としてはまあそれなりなものであり、だからこそ一定程度、安定的に存続しえたわけだし。

 なにしろ、他にもっと問題なアレがあるし。
 新任の●隊長に、専属●●いるかなー?と伺いたてる国防婦人会と、えっとねー14歳処女!って答える●隊長という類のやつとか。流石に内地や朝鮮半島ではやってないだろうが、大陸で…。

 …だから、14歳から慰安婦でした、ってのは、一応ありえるのだ。
 ただ、基本的にはレアケースなので、一般化はできないってわけだろう。

 その程度のことは、ちょろっと数本、戦記を読めばあっけらかんと書いてある程度のことで、イマドキのツイッター上で見かけるようなタイプのひとが何をソースに話をしているのか割と謎。

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