昨日に続いて息栖神社の境内案内。境内の一画に鎮座される「四柱合祀社」には、「鹿島神社、伊邪那岐神社、高房神社、奥宮」。「五柱合祀社」には「香取神社、手子后神社、八龍神社、江神社、若宮」が鎮座されます。
社殿近く、赤い玉垣の中には「力石」が二つ。右の力石は『笹川茂蔵』が力試しに使ったと云われ、「茂蔵の力石」とも伝えられています。
同じ玉垣の中には、形を失いつつある先代の狛犬さんが大切に保存されていました。 長い年月の間に少しずつ崩れ、やがていつか元の土塊に還る狛犬さんたち・・お疲れ様でした。
狛犬さんたちの後ろに『気吹戸主(いぶきとぬし)』を歌った芭蕉の句碑。【この里は 気吹戸主の 風寒し】(清浄の神の神域に身を浸していると、体を風が吹き抜け、透き通って寒くなるくらいだ)
由緒には、江戸時代の「息栖神社」の御祭神は『気吹戸主神』であったと記されています。「「黄泉の国」から戻った『伊耶那岐尊』は、筑紫日向の橋の「小門(おど)」で、身体を洗い、罪や穢れを、すっかりそそぎ落し、浄め流した。その流れの中から生まれたのが「息栖神社」の御祭神『気吹戸主』で、清浄化・生々発展・蘇生回復の神である。」それを踏まえて、改めて芭蕉の句を読み直すと、その情景が鮮やかに浮かんでくるようです。
境内を出る前に見かけた碑、おそらく誰かの顕著碑、もしくは頌徳碑でしょう。
車に戻るときに出会った沢山の猫たち、きっと地域猫としてここで生きているのでしょう。無責任とか迷惑とか・・色々と非難の声があることは百も承知ですが、猫好きの私にとってこうした場に出会えると、神社にも地域にもとても愛着を感じます。命をつないで下さった方々・・「ありがとうございます!!」🙏
「息栖神社・鹿島神宮・香取神宮の三社は、葦原中国平定(=国譲り)の際に地上に遣わされたとされる神様をそれぞれ祀っています。『古事記』においては建御雷神の副使として天乃鳥船神が遣わされました。また『日本書紀』においては建御雷神と経津主神が遣わされ、久那斗神がその先導にあたったとされています。建御雷神(武甕槌大神)は鹿島神宮の御祭神、経津主神は香取神宮の御祭神として祀られており、息栖神社では久那斗神を主神、天乃鳥船神を相殿神として祀っています。」公式HPより
参拝日:2014年5月17日&2019年3月13日
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