車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

ご当地マンホールとマンホールカード第8弾 in 岡山県新庄村

2022年04月10日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

真庭郡新庄村(しんじょうそん)は岡山県の西北端に位置する村です。新見市、真庭市に。また県を跨いで鳥取県日野郡日野町・江府町に隣接。出雲街道の四十曲峠の登り口にある宿場町「新庄宿」として発展。村域の91%を山林が占めており、明治期以来植林が盛ん。新庄牛として知られる和牛の飼育も行われています。「村の木:スギ」「村の花:サクラ」を制定。

キャッチフレーズは「メルヘンの里 かおり風景・水源の森・音風景「三百選の里 新庄村」へようこそ。」

1872年、新庄村(自然村)が成立。

明治22年(1889)、町村制の施行により、真島郡新庄村が発足。

1900年、郡制の施行により、真島郡と大庭郡が合併、真庭郡新庄村となる。

マンホールには出雲街道新庄宿と、凱旋桜がデザインされています。

昭和2年制定の村章は「新庄村の中山旧跡地(後鳥羽上皇旧跡地)にちなんで「中山」を図案化したもので、村民が一致団結して、愛国、愛郷に励むことを願い制定されました。」公式HPより

新庄村イメージキャラクター『ひめっ子』。おてんばでちょっぴりロマンチスト。お姫さまは、朝も昼も夜も、ひめの餅が大好き。お餅のようにきめの細かい白いお肌が自慢です。

撮影日:2012年4月22日

------------------------00----------------------

2018年8月11日、第8弾として全国76自治体で76種類(計364自治体418種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。「新庄村」のマンホールカードは、「道の駅 がいせん桜新庄宿」でいただけます。

2006年に設置開始されたマンホールには、日露戦争戦勝記念に植えられた桜並木「がいせん桜」と「脇本陣」「ヤマメ」デザインされています。

「新庄村の花である「桜」、新庄村を代表する観光名所の「がいせん桜通り」、川魚の「ヤマメ」をあしらっています。 「桜」はがいせん桜を表します。 がいせん桜は明治37年の日露戦争戦勝を祝うため旧宿場町に植えられたものであり、100年以上が経過した現在も美しく花を咲かせています。 「がいせん桜通り」は文字どおりがいせん桜が植えられた旧宿場町のことです。 旧本陣木代邸は江戸時代に建てられ、新庄村を代表する建築物です。 がいせん桜通りは木代邸をはじめとした統一的な景観を成しています。 「ヤマメ」は新庄川が清流であることを象徴しており、「ヤマメ」の塩焼きは絶品です。」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホール in 岡山県旧川上村(真庭市)

2022年04月09日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧真庭郡川上村(かわかみそん)は岡山県の最北端に位置した村です。真庭郡八束村・湯原町・新庄村に。また県を跨いで鳥取県倉吉市、日野郡江府町に隣接。村域は中国山地に位置し山林と高原で占められており、中国地方最高峰の「大山」が望める地。隣村の八束村と共に西の軽井沢と呼ばれる蒜山高原の一角を成し、夏はキャンプ、冬はスキーが楽しめるリゾート地として知られています。「村の木:トチノキ」「村の花:レンゲツツジ」「村の鳥:ブッポウソウ」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、大庭郡徳田村・真島郡茅部村が発足。

1900年、郡制の施行により、大庭郡と真島郡が合併、真庭郡となる。

1902年、徳田村と茅部村大字西茅部・東茅部・本茅部地区が合併、真庭郡川上村となる。

2005年(平成17年)3月31日 - 真庭郡勝山町・落合町・湯原町・久世町・美甘村・八束村・中和村、上房郡北房町との対等合併により真庭市となる。

マンホールには 「HIRUZEN KOGEN」の文字と、蒜山高原で飼育されているジャージー牛がデザインされています。

倉敷マンホールサミット:展示マンホール

昭和51年3月制定の町章は「川上村の頭文 字「か」を図案 化し、中心の円 の部分で住民相 互の和を、左右 に末広がりに伸 びた線で飛躍と 限りない発展を 表現したもので ある。」合併協議会資料より

巨大な風車が目印の「道の駅:風の家」。蒜山レジャーのランドマークとして観光客にも人気です。試食で頂いた地元野菜「ひるぜん大根で作られたお漬物」が一押し。自分用と友達のお土産用はこれに決定😄

スタンプに登場する「蒜山の怪物:すいとん」は、観光地の案内標識や道の駅、町内を流れる橋の親柱にも出没します。

撮影日:2012年4月22日

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホール in 岡山県旧八束村(真庭市)

2022年04月08日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧真庭郡八束村(やつかそん)は岡山県の北部、蒜山盆地の中央部に位置した村です。真庭郡湯原町・川上村・中和村に。また県を跨いで鳥取県倉吉市に隣接。蒜山三座(上蒜山・中蒜山・下蒜山)の麓に開けた蒜山高原を形成。村の南端を旭川が東に流れ、冷涼な高原気候で夏は涼しく、主に関西地方からの避暑地となっており、「西の軽井沢」とも呼ばれます。酪農を中心とした農業、林業が盛んで、特産品としてジャージー牛(牛乳)、蒜山ダイコンが有名。「村の木:イチョウ」「村の花:ミツガシワ」「村の鳥:ウグイス」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、大庭郡県(あがた)村、真島郡茅部村が発足。

1900年、郡制の施行により、大庭郡と真島郡が合併、真庭郡となる。

1902年、県村が茅部村大字下見と合併、真庭郡八束村が発足。

2005、真庭郡勝山町・落合町・湯原町・久世町・美甘村・川上村・中和村、上房郡北房町との対等合併により真庭市となりました。

マンホールには「HIRUZEN 」の文字と、蒜山高原で放牧されているジャージー牛、蒜山三座がデザインされています。

昭和51年12月制定の町章は「 八束村の頭文字 「八」を図案化し たものである。」合併協議会資料より

撮影日:2012年4月22日

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホール in 岡山県旧中和村(真庭市)

2022年04月07日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧真庭郡中和村(ちゅうかそん)は岡山県の最北端に位置した村です。真庭郡湯原町・八束村、苫田郡鏡野町、また県を跨いで鳥取県東伯郡三朝町・関金町に隣接。蒜山高原の東部にあたり、村域の八八パーセントは山林。中央部を下和川が南西流し、村の西端で、湯原湖の東岸に流入する。同川の流域に沿って僅かに農地が開けます。東部には津黒高原が広がり、夏はキャンプ、冬はスキーが楽しめ、温泉も湧出するリゾート地として知られています。「村の木:ケヤキ」「村の花:ササユリ」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、大庭郡中和村が発足。

1900年、郡制の施行により、制大庭郡と真島郡が合併、真庭郡になる。

2005年、真庭郡勝山町、落合町、湯原町、久世町、美甘村、八束村、川上村、上房郡北房町との対等合併により真庭市となりました。

マンホールには津黒高原でスキーを楽しむ人と「村の花:ササユリ」「村の木 :ケヤキ」がデザインされています。

昭和49年8月制定の町章は「 中和の中を図案化 し、丸は和を表し、 とんがりは躍進又は 全体として、山村を 表現する。」合併協議会資料より

津黒高原MAP

撮影日:2012年4月23日

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

刑部(かたべ)神社:佐波良(さはら)神社 in 岡山県真庭市湯原

2022年04月06日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・岡山県

真庭市社に鎮座される「刑部(かたべ)神社」。御祭神は『神阿多都姫命(かむあたつひめのみこと)』「佐波良(さはら)神社」。御祭神は『佐波良神(佐波良命)』

「刑部神社」「佐波良神社」ともに、美作国延喜式神名帳の「形部神社:佐波良神社」に比定される式内社の論社。 形部神社は、「刑部」とも書かれ、美作国五宮。佐波良神社は、形部神社の相殿に祀られており「佐原」とも書かれる美作国四宮。「形部・佐波良神社」とも称し、二つの神社が合併したものです。

「和気清麻呂が備前・美作両国の国造に任ぜられたのを機に、その高祖父祖で美作の国造である佐波良を御祭神とするようになったという説がある。」岡山神社庁HPより

拝殿下、石段の近くより神域を守護される狛犬さん一対。阿形さんの両足は何らかの理由で失われていますが、その顔立ちはこの上なく可愛いらしい。

境内社「荒魂神社(須佐之男命)」。「大山祇神社(大山祇命)」。「剣上神社(武甕槌命)」。「宮茂神社」。「祖霊神社」。

樹齢900年を超えると言われ、樹高43m。幹回り10mの巨木「佐波良の大杉」。2003年の某大河「宮本武蔵」で、武蔵が吊るされた木として登場します。

大杉の根元に祀られる小祠

参拝日:2012年4月23日

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ぶらり散策~湯原温泉郷 in 岡山県真庭市湯原

2022年04月05日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・岡山県

真庭市湯原、「湯郷温泉」「奥津温泉」とともに美作三湯として知られた「湯原温泉」。湯原ダムの下流、旭川沿いに広がる温泉街の景色は、もう殆ど記憶の彼方に埋もれてしまったけれど、それでも見上げたダムの雪化粧をした雄大さだけは、今もはっきりと覚えています。

湯原の地名は、「湯ノ原」または「湯ノ河原」からと言われており、湯街の中上流域の河原部分は、どこを掘っても湯が湧き出ると言われています。殊に湯原ダムの下の川底から砂を噴きながら湧き出す「砂噴き湯(砂湯)」は、湯原温泉の古代からのお風呂の様子を唯一残す物として市の文化財に指定。また旅行作家の会代表の『野口冬人』による諸国露天風呂番付で、西の横綱にランクされています。

砂湯手前に架かる全長45mの吊り橋。正式名称は「湯橋」だそうですが、渡るときに揺れて寄り添う所から「寄り添い橋」と呼ばれています。

何を隠そうこの私、およそ吊り橋などと言う恐ろしい代物には、極力関わらずに生きてきました😱 たとえ長さ1mそこそこであっても、川からの距離が30cm程度であっても、命に係わる事でもない限り、見るだけで十分です😣

温泉薬師堂:砂湯分院

おふくの方湯治邸跡にたつ「おふくの方像」。元禄4年(1691)に編纂された作陽誌に「天正12年(1584)、豊臣秀吉の側室で、五大老宇喜多秀家の生母である「おふくの方」が病に罹った際、秀家が当地に湯屋を設けて療養した」と記されています。 

おふくの方像の近くに【 大悟せる 人の如しも水底に 川椒魚の 動かざりける木畑貞清 

湯原温泉の中心地にある「鼓(つづみ)橋」の対岸に見えるのは「鼓岳」。このつづみ橋から鼓岳を拝み手を打つと、鼓の様に音がこだまして返ってくると言われています。

鼓橋のたもとに建立された『与謝野寛(鉄幹):晶子』の歌碑

【 鼓橋を わがのる乗合自動車(くるま)渡りゆけば  礼する娘あり いで湯の街に 】 

鼓橋  湯山の橋を 渡るなり  奥美作の  夏の夕ぐれ  】

歌碑近くにある足湯・手湯でま~っ~~たり😊。 何時もながらの事ですが、もっと余裕をもって来ればよかったとちょっと後悔。

何とも味わい深いモニュメントは、おそらく特別天然記念物「オオサンショウウオ」と「カジカガエル」。湯原地域は、昭和19年(1944)に全国でも数少ない「カジカガエル」の生息地として、天然記念物の地域指定を受けています。

湯原温泉の名が歴史に登場するのは平安時代中期のこと。播磨の名刹、書写山圓教寺の名僧、性空上人が重病で倒れ、その時夢枕に天童が現れてこの湯を暗示したといいます。性空はその地に赴き、平癒。それ以後、薬湯として広く知られるようになりました。温泉街の中央には小さなお薬師様が祀られた「温泉寺薬師堂」があります。

薬師堂のすぐ横から湧き出る薬湯。いろいろと効能があると言う事なので、この先も達者でいられますように願いを籠めて一口ずついただきました。

元禄元年(1688)創業の「油屋」さんは、湯原温泉の老舗旅館。昔から旅人の道中の灯り油を用意していた事で、「油屋」と呼ばれるようになりましたた。

アルカリ性単純温泉で、源泉温度は40~44.9℃。15箇所の源泉があり、推定毎分6000リットルの豊富な湯量を誇る湯原温泉。旅の途中で温泉を楽しむ時間の余裕はありませんが、河川公園に設けられた足湯で歩き疲れた足を癒し、気持ちだけ温泉気分を満喫して次の目的地に向かいました。

訪問日:2012年4月23日

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

旧湯本小学校とはんざき様 in 岡山県真庭市湯原

2022年04月04日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・岡山県

湯原に入って最初に目にした建物。最初は学校だと思ったのですが「真庭市 湯原振興局」の札が掛けられています。

昭和26年(1951)に湯本小学校として建築され、昭和45年(1970)に湯原町役場に。真庭市に合併後は、湯原振興局庁舎として利用。

上部に配した折屋根の下には「湯原町立:湯本小学校」の校章

さらに少し・・いや、かなりポッチャリ系の二宮金次郎さん。懐かしい時代の校舎にはテッパンの銅像ですが・・誰だろう?、間違いなくメディアに露出していたコメディアンの誰かに似ている😲・・金次郎さん、ごめん🙇

旧校舎の建物がそのまま残された素晴らしい歴史遺産ですが、この記事を書いている現在、庁舎の移転によって取り壊されたと聞きました。時代の流れの中では致し方ないことかもしれませんが・・何とも惜しいと思います。

湯原振興局の近くには、毎年八月の「はんざき祭り」に温泉街を練り歩く、大はんざきの山車が展示されています。赤と黒の大はんざきは湯原の村に残る伝説をもとに生まれました。

伝説の元となった「大はんざき」が祀られる「はんざき大明神」

「かってこの辺りは龍頭ヶ淵と呼ばれており、長さ約11m・胴回り6mという巨大な「はんざき」が住み着き、通りがかった牛馬や人を引きずり込んで食っていた。文禄元年(1592)頃、近在の三井家の若者がこの化け物を退治した。しかしその後、三井家は滅亡。村にも様々な災いが起こり、村人は淵のそばに祠を建てて「はんざき」の霊を祀った。これが鯢大明神のはじまりである。」現地案内より抜粋

「はんざき大明神」の近くにある「はんざきセンター」では、国の特別天然記念物の「はんざき様」こと、生きた「オオサンショウウオ」を観察する事が出来ます。

水槽の中の「はんざき様」ですが、全体を写そうと思うとガラスしか映らないし、写るように近づけば体の一部分のみ😓 でも取り合えず雰囲気は伝わると思います。

1.6mの「はんざき様」の剥製

ここにしかない「はんざき のてぬぐい」。日本手拭いの収集を始めたご亭主殿、面白がって買い求めていましたが、この後の足湯の折に使って、そのまま置き忘れてしまいました。だから車に置いておくようにと言ったのに😩

満開の菜の花畑に出迎えられての、湯原温泉街のぶらり散歩。気分は上々。どんな素敵に出会えるか、ワクワクが止まりません。

実は・・私にとっては、実に〇十年ぶりの湯原温泉街、見所はまだまだ沢山ですが続きは明日のブログで。

訪問日:2012年4月23日

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホール in 岡山県旧湯原町(真庭市)

2022年04月03日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧真庭郡湯原町(ゆばらちょう)は岡山県の北部、中国山地に位置した町です。真庭郡勝山町・久世町・美甘村・新庄村・川上村・八束村・中和村、苫田郡鏡野町に隣接。隣町村との境は標高800~1000m級の山が連なり、600~700m級の丘陵状の山地が取巻く盆地状の中に町域が形成。北から南に旭川が貫流し、右岸に北から藤森川・粟谷川・鉄山川、右岸に北から田羽根川・社川・釘貫川などが肋骨のように旭川に流入。総面積の約90%は、山林と湯原ダム湖、河川で占められています。湯郷温泉・奥津温泉と並ぶ美作三湯の一つ「湯原温泉」を擁し、旭川の河原にある露天風呂を見下ろすように湯原ダムが聳え立ち、観光客に人気のスポットとなっています「町の木:スギ」「町の花:ウメ」「町の鳥:ウグイス」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、真島郡八幡村・神湯村・二川村が発足。

1900年、郡制の施行により、真島郡と大庭郡が合併、真庭郡となる。

1904年、八幡村、神湯村が合併、真庭郡が発足。

1940年、湯原村が町制を施行、真庭郡湯原町(初代)となる。

1956年、湯原町・二川村が合併、真庭郡湯原町(2代)となる。

2005年、真庭郡勝山町、落合町、久世町、川上村、八束村、中和村、美甘村、上房郡北房町との対等合併により真庭市となりました。

マンホールは上水道関連のものと、既製品の温泉用の蓋を見つけたのみです。

昭和36年12月制定の町章は「「ゆばら」の頭文字 「ゆ」をもととし、町の 円満と絶えざる向上発 展を力強く図案化した ものである。」合併協議会資料より

撮影日:2012年4月23日

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホール in 岡山県旧美甘村(真庭市)

2022年04月02日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧真庭郡美甘村(みかもそん)は岡山県の北部、真庭郡の中部に位置した町です。真庭郡勝山町・湯原町・新庄村、阿哲郡大佐町に隣接。主たる村域は旭川の水源地帯である新庄川、鉄山川の上流にあり、出雲街道沿いに帯状に開け、総面積の約90%が林野で占められています。平安時代初期に書かれた『和名抄』に「美甘」「美加茂」の記述があり、平安時代の終わりには荘園美甘庄が成立。江戸時代の正保2年(1646)、美作国大名の森忠政により、美甘地域の地秤りが行われ、慶安4年(1651)には美甘川の南にあった町屋敷を街道筋のある北側に移し、宿場をつくりあげ、街道筋を整備。街道は出雲街道と呼ばれはじめ、商人も往来するなど、宿場町として栄えてきました。「村の木:ヒノキ」「村の花:ツツジ、スイセン」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、真島郡美甘村が発足。

1900年、郡制の施行により、真島郡と大庭郡が合併、真庭郡美甘村となる。

2005年、勝山町、落合町、湯原町、八束村、川上村、中和村、久世町、上房郡北房町が合併して真庭市となりました。

マンホールには、美甘村キャラクターの『みかもん』と、周囲に「GREEN VILLAGE MIKAMO」の文字が記されています。

「みどりとふれあいのみかも」をキーワードに2002年4月に誕生した美甘村キャラクター『みかもん』。頭に村の頭文字Mの帽子をかぶった、とても元気な男の子です。

昭和54年3月制定の町章は「「美甘」の文字を図 案化し、円は住民の 和を両翼は将来の 飛躍と発展を表し ます。」合併協議会資料より

撮影日:2012年4月22日

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホール in 岡山県旧北房町(真庭市)

2022年04月01日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧上房郡北房町(ほくぼうちょう)は岡山県北部に位置した町です。高梁市、新見市、阿哲郡大佐町、真庭郡勝山町・落合町に隣接。「日本の音風景100選」に選ばれた「諏訪洞(すわどう)」、上水田地区の、文献に残るものとしては日本最古の鍾乳洞「備中鐘乳穴(かなちあな)」が知られており、またそれ以外にも多くの鍾乳洞を有しています。町域では町の花「コスモス」を活かした町づくりを進めており、約100万本のコスモスが咲くコスモス広場や、備中川に沿って全長6kmに及ぶコスモス街道が北房のまちを彩ります。「町の木:モミジ」「町の花:コスモス」を制定。

さらに「ホタルの里」は、環境省の「ふるさといきものの里百選」にも選ばれ、北房ほたる公園を中心とする備中川沿いでは、例年6月上旬から下旬にかけてゲンジボタルが飛び交う様子を見ることができます。

明治22年(1889)、町村制の施行により、阿賀郡呰部村・上水田村・水田村・中津井村が発足。

1900年、 阿賀郡呰部村、上水田村、水田村、中津井村、中井村が上房郡に編入。

1929年、呰部村が町制を施行、上房郡呰部町となる。

1953年、呰部町、上水田村、水田村、中津井村が合併、上房郡北房町が発足。

1957年、新見市豊永赤馬小字坂尻を編入。

2005年、真庭郡落合町、勝山町、久世町、湯原町、川上村、中和村、美甘村、八束村との合併により真庭市となりました。

マンホールには、お尻に灯をともしたゲンジボタルがデザインされています。

汚水桝の中央にも、灯をともすゲンジボタルが描かれています。

町章の制定月日は不詳、「外側は「北」・内側は「房」を図案化したもので、二代目の町章となります。」

備北台地の仕切弁

自治体章のあるマンホール類は見つけられませんでしたが、蛍のモニュメントは色んな場所にあります。これは蛍の公衆電話なのですが、一歩間違うとゴキ〇リみたいで、かなり微妙😱

撮影日:2013年4月23日

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする