「山田洋次フェスティバル」のDVD、たくさんの懐かしい思い出がいっぱい
昨日、友人がビデオから焼き直してくれた「山田洋次フェスティバル」のDVDが届いた。電話でだが、友人にお礼を言うとともに、少しだけ当時のこと語り合って盛り上がった。
この「山田洋次フェスティバル」は、1996年9月の開催だが、その準備途中で、「寅さん」・渥美清さんが亡くなられたりもした。そのことをマスコミに公表された翌日に、私は上京して松竹本社で宣伝部の方と打ち合わせの予定だった。
テレビで見ていて、驚いたことは言うまでもない。何度電話してもつながる筈はない程の大混乱。事前の連絡がつかなかったので、「無理」とは思いつつも上京した。しかし、案に相違して、とてもていねいに対応していただいた。
その他とても様々なことはあったが、ともあれ2000席の岡山シンフォニーホールを満席にして開催することができた。とてもステキな思い出の一つだ。
山田洋次監督からは、「渥美さんが亡くなって落ち込んでいたが、励まされた」といった趣旨の直筆のお葉書もいただいた。それは、私の宝物。
ところで、フェスティバル当日、とても緊張していた私は、山田監督に謝礼をお渡しすることを失念して、翌日ご自宅に冷や汗をかきながらお詫びの電話をしたことを、昨日のことにように思い出しながら、DVDを見た。
17歳の中森明菜の本が我が書棚にある、明菜が帰ってくることを嬉しく思う
体調不良により活動休止している中森明菜の、8月6日に発売したベストアルバム『オールタイム・ベスト‐オリジナル‐』並びに『オールタイム・ベスト‐歌姫(カヴァー)‐』が、23年ぶりにヒットチャート上位入りを果たした。
そこで、我が書棚を探したら、とりあえず二冊の本が見つかった。一冊は1982(昭和57)年発刊 今から32年前の出版(もう一冊は、翌年の発刊)。ということは、中森明菜が17歳。そして私はその時**歳。とても恥ずかしくて、年齢が書けない。人を笑ってはいけませんよ。ともあれ、また、中森明菜が帰ってくる。懐かしい。
そんな中森明菜の本に近くには、こんな本もあった。斉藤由貴のテレビドラマ「スケバン刑事Ⅱ」のシナリオ写真集(因みに初代スケバン刑事は南野陽子)。この頃から、斉藤由貴は気になっていた。彼女の舞台を観に行ったこともある。何とも、ミーハー。恥ずかしい限りだ。
「備前おかやま松竹大歌舞伎」を申し込み、第二希望・第三希望まで書いて!
「おかやま・歌舞伎・観る会」のフェイスブックに、以下の内容が投稿された。STAFFの一人である私からも、よろしくお願いする。
「備前おかやま松竹大歌舞伎」を申し込みのみなさんへのお願いです。是非とも、第二希望・第三希望をお書きください。よろしくお願いします。
これまでのところ、郵便振替で申し込まれた方の多くが、第二希望以降を書かれていません。昨年の経験からしても、S席がオーバーすることが予想されます。その場合に、S席しか書かれていない場合には、S席の抽選が外れたら観劇できないということになってしまいます。
既に申し込んで、第二希望・第三希望を書き忘れたという方は、お手数ですが事務局までご連絡をお願いします。よろしくお願いします。
なお、お席は先着順ではなく、抽選で決定します。締め切りは9月10日(必着)です。お申し込みがまだの方、お忘れなく。申し込みをお待ちしています。