「ええっと……」と、指を折りながら考え込が、中々答えが返ってこない。
「小夜子には内緒だぞ」。武蔵に念を入れられている。
千勢が小夜子に連絡をすることなど万に一つもないと分かってはいるが、念を押してしまった。
小夜子がしびれを切らして、「もういいわ。そんなに日にちは経ってないでしょ?」と、少しなじり調になった。
「申しわけありません、千勢はあたまがわるいので」と詫びてはいるのだが、にこにこと目も笑っている。
「だんなさまにおあいして、小夜子奥さまが、『帰ってこないかしら』とおっしゃってるとお聞きしました。
もうそれは、天にものぼる思いでした。
すぐにでもと思ったのですけど、びっくりさせたいから式の日まで待てと言われまして。
分かっていますです、だんなさまのごはいりょなんだということは。
あたしの代わりを見つけるためのお時間をいただけたということは。
ありがとうございます、小夜子奥さま。いっしょうけんめいにつとめさせていただきますので、よろしくお願いします」
何度も何度も、床に頭をこすりつける千勢だった。
「千勢、やめてよ。千勢とあたしは、女主人と使用人じゃないでしょ。
千勢は、あたしの先生じゃないの。お料理も教えて欲しいし、お掃除やお洗濯なんかも、コツを知りたいの」
小夜子の言葉に、千勢が顔を曇らせた。
早晩去ることになってしまうのではないかと、思えてしまう。
「違うの、違うのよ。ただやってみたいの、千勢と一緒に。
それでね“できるけどやらない”にしたいの」
キョトンとする千勢、どうにも小夜子の考えが分からない千勢だ。
「あのね、何て言ったらいいかしらね。“できないからやれない”は、嫌なの。
分かる? どちらにしてもね、あたしも武蔵の仕事を手伝うことになると思うのよ。
ううん、やりたいの。家事だけの女にはなりたくないのよ。
新しい女はね、家事も仕事もできる女なの。
でもね、仕事に比重を置くから、家事をやれないわけよ。
勘違いしないでね。千勢のことを馬鹿にするわけじゃないのよ。
家事に専念する女性がいて、仕事に頑張る女性がいて。
ま、とに角頑張りましょう」
首を傾げる千勢には、これ以上の説明がかえって混乱させることになると考えた。
千勢の手を取って、目で訴える小夜子だ。
そして手を上下に振っているうちに、何か戦友のような思いにかられ始めた。
愛する同胞を守るべく立ち上がった戦士の如き思いであった。
そんな小夜子の熱い目に、千勢は思わず目を伏せた。
「小夜子おくさま。きょうは会社に立ちよられたのですよね。
いかがでしたか、会社では」
小夜子の熱い思いに耐え切れなくなり、おずおずと話を変えた。
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