「小夜子をかつぎ出すのは、相手の心証を良くするためだ。
男というのは、とに角美人に弱い。しかも小夜子は、弁が立つ。
そこらの男なんか、簡単に言いくるめられる。
白いものを黒いとは言いくるめられんが、灰色だったら言いくるめちまう。俺も舌を巻くほどだ。
ま、それはそれとしてだ。もうひとつ、大事なことがある。
配達に専念している者たちだ。力仕事だけの男だと考えているかもしれんが、とんでもない間違いだ。
服部たち営業は、増岡たち配達専門の人間にもっと感謝の念を持て。
いいか、このことに気付いているのがひとりいる。誰か、分かるか?
そう、竹田だ。理屈ではなく、直感的にだ」
一斉に、竹田に視線が集まった。しかし当の竹田は、ただ戸惑うだけだ。
武蔵が言うように、意識をしていないのだ。配達の人間が笑顔で配達ができるようにと、気遣っているだけなのだから。
「第二の営業なんだよ、配達人は。増岡、お前たちは、とても大事な役目を帯びている。
倉庫番に、高齢の倉田さんを置いているのは何故だと思う?
体力的には、若い者には勝てん。荷の出し入れも、正直おぼつかん。
そういった意味で、みなに不満があるかもしれん。
しかし良く考えてみろ。配達の指示書を受け取ったら、どうしてる? 倉田さんに見せてるだろうが。
そして棚の番号を書き込んでもらってるな? そしてそこに行けば、かならずお前たちの品物が置いてある」
一旦はなしを止めて、ぐるりと見まわした。武蔵のことばを一言一句聞き逃すまいと、視線があつまる。
「もう分かるな? 各自が、それぞれに探すとしたらどうだ?
あんなに簡単に出せるか? 間違いのない品物だと安心できるか?
配達の重要さは、その正確さだ。届けに行って、間違えましたで済むか?
二度手間だけじゃない、相手も待たなくちゃいかん。時間はどうだ? あんなに簡単にそろえられるか?
約束の時間に遅れたら、苦情の電話が鳴り響くぞ。怒鳴られるだろうな、増岡たちも。
嫌なもんだ、怒られるのは。ニコニコと接することなんか、できやしない。
愚痴のこぼしあいに、一杯やりました。で、夕べ、飲み過ぎました。二日酔いです、今朝は。
それで投げやりな態度やら表情を見せたら、相手はどう思う?
品物をぞんざいに扱われたら、相手はどう思う?
第二の営業だというのは、そういうことだ。相手に好感を持ってもらえるように、配達人も努力しているということだ。
そして竹田が毎日のように増岡たちと談笑していることが、どうなのかということだ」
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