昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第一部~ (四十九)

2020-12-23 08:00:38 | 物語り

 灯りを落とした部屋で、窓から差し込む月明かりの中、三人並んで踊りだす。
窓に映るアナスターシアの真似をしながら、手をユラユラさせ腰をクネクネと。
流れる汗を拭くこともなく、ただひたすらに腰をくねらせている。

スローテンポに流れていたメロディが、突如激しいビートにのってアップテンポへと変わった。
ハワイの伝統楽器の一つ、パフと称される大きな太鼓の音が部屋中に響き渡る。
と同時に、アナスターシアの動きが烈しくなり、ゆらりとしていた腰のくねりが一気にヒートアップした。
小刻みに腰だけを動かし、肩の揺れは殆どない。
必死に連いていこうとするが、肩もまた烈しく上下左右に動いてしまう。

「うわっ!これ、きつい。ダメ、あたしもうダメ」と、前田がまず、ダウンした。
続いて「ああ、わたしもです。もう、ダメです」と、小夜子もダウンした。
ソファにへたり込んだ二人が
「すごいですね、アーシアは。体力が、まるで違いますね」
「ほんとねえ。あんな少しの食事なのに、ねえ」と、うなずき合った。

 アナスターシアのほとばしる汗が、床に落ちる。
恍惚とした表情が、次第に苦痛に歪み始めた。
かれこれ、一時間になる。とうに音楽は止まっている。
止まると同時に、またゆったりとした動きに変わった。
しかし少しの時間が経つとまた烈しいビートを利かせた動きになった。
そんな二つの踊りを繰り返している。
何かに憑かれたように、小夜子の目をじっと見つめながら、鳥たちの求愛行為と同じように続いた。

やがて着ていた服を、まるでショーの再中のように、一枚一枚ずつ脱ぎ――己の手で剥ぎ取り始めた。
当初は演出だと鷹揚に構えていた前田だったが、下着に手をかけ始めたところで「おかしいわ、変よ」と、その異常さに気付いた。
やがて一糸まとわぬ裸身を二人の前にさらすことになり、その異常なほどの痩身が露わになった。
首元の鎖骨が異様に盛り上がり、胸骨や肋骨(いわゆるあばら骨)が浮き出ている。腸骨・仙骨・尾骨等々、全ての骨が異様に浮き出ている。
モデル特有の体型と座視できぬほどに痩せ細っている。

「アナスターシアが心配だ。睡眠に問題がある。
時間もそうだが、その質が大問題だ。熟睡が出来ていないようだ」
 マッケンジーとそのスタッフで間で深刻な問題として話し合われているのを、前田が小耳に挟んでいる。
その後マッケンジーの指示で、医師との連絡手段を作っている。

「アーシア、止めて。もう、やめて」。
懇願する小夜子だが、アナスターシアには聞こえていないかのように、とり憑かれたように踊りつづけた。
「Stop! You’ll ruin yourhealth」。
前田の絶叫にたいし、思いもよらぬ言葉が、アナスターシアの口から洩れた。
「It’s okay.Eeen if it breaks.
I can be with Sayoko..、、、」。
息をゼエゼエと切らしながら、途切れとぎれに話すアナスターシア。
「Sayoko,this is true, It’s me.
Pleas remember!」。
哀しげなその表情、痛々しい苦悶の表情に、「もういい、もういい」と、小夜子が抱きついた。

「おーけー、おーけー、よ」。涙ながらの小夜子のことばに、アナスターシアから憑きものが、ハラリと落ちた。
へなへなとその場にすわりこんだ。そして小夜子になにやら囁く。
前田を見上げるが「ロシア語みたいね、わかんないわ」と、肩をすぼめた。

 ひとしきり泣いたアナスターシアは、小夜子をじっと見つめた。
吸い込まれそうな青い瞳に見つめられ、気恥ずかしさを感じる小夜子。
思わず、目をそらした。そんな小夜子をしっかりと抱きしめて、ゆっくりと囁いた。
「ダスビダーニア!」



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