昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第三部~ (四百十六)

2024-03-26 08:00:54 | 物語り

 雑多な商店の建ちならぶ一角に、その沢田商店はあった。
まだ従業員はいないものの、早晩店をひろげて、富士商会並みとはいわずとも、2,30人ほどにしたいと、気概がある。
ゆえに小バカにされた態度をとられると、つい癇癪を起こしてしまうと頭をかいた。
とくに権力者から見下されるとがまんができないらしく、町内会の慣習に納得がいかないと突っかかることもあるようだ。

「古くから住んで見えるお年寄りなんだから、顔を立ててあげなさいなって言うんですけどねえ」
 大きくなったお腹をさすりながら、豪快に細君が笑いとばした。
その笑い声にこたえるかのように「あのときはひと晩留置所に留め置かれてまいりました」と、苦笑いをみせる。
“ここも、かかあ天下なのか。ましかし、そのほうが家庭円満ってとこだな”
 ほほえましく見た武蔵だった。

 蒲田駅近くであり、羽田空港と東京湾からも近い。
この利点がどう幸いするのか、すぐではないだろうが、必ずあるだろうと武蔵は感じた。
この店との取引を長つづきさせることは、富士商会にとっても利がある、そう考えた。
ガラス戸をすべらせて中にはいると、「いらっしゃいませ!」と張りのある声で出迎えられた。
「ごめんください、富士商会の御手洗です。このたびはうちの社員が粗相をいたしまして申しわけありません」
 軍隊式に背を三十度ほどかたむけて敬礼をみせる武蔵に、さすがに沢田も社長直々でしかもすぐに来てくれたことで、「こちらも大人げないことをしました」と、頭を下げた。

こんなちっぽけな店ですが、これからしっかりと稼ぎますからと、武蔵の手をしっかりとにぎり「応援をよろしく」と、ふたたび頭を下げた。
「いやいや、こちらこそ。人が増えるとつい教育の方がおろそかになります。良い勉強をさせてもらいました。
沢田さんは考え方がしっかりしていらっしゃる。これからの人ですな。
ただ気をつけてください。『いわゆる清濁併せのむ』も、実践してください。
ある規模に達したらならば、おのれの信じる道を、経営方針を貫けると思いますが、しばらくは……。
老婆心ながらのことばをおくりますよ」 

 しまった、上から目線になってしまったと後悔するが、吐いたことばはもどせない。
一瞬ムッとした表情をみせた沢田だったが、年下のおまえが言うかと頭をよぎる沢田だったが、短期間でのし上がってきた武蔵のことばだけに、ズシリとくるものがあった。
「そうですよ、あなた。みたらいさんのおっしゃるとおりですよ。かんしゃく持ちでして、このひとは」
 細君が横からくちをはさむ。眉を八の字にしてますます険しい表情をみせるが、だまりこくっている。



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