昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~100万本のバラ~ (二十六)

2024-01-24 08:00:41 | 物語り

「坊や。与えられるものなんかで成長するわけがないんだよ。
自分の手でつかみ取るものなんだよ。もっと言えば、他人から奪いとるものなんだよ」
 正男にではなく、己に言い聞かせるように言いはなつ松下だった。
「栄子さん、あなたは悪い人だ。こんな純真な若者をたぶらかすとは。
本心をそろそろ明かして下さい。いや、良いでしょう。
ぼくが彼に説明をしてあげますよ。あなたも言いにくいだろうから」

 栄子にすがるような目を見せる正男と正対して
「正男くん。世の道理というものが、君にはまだ分かっていないようだ」と話し始めた。
「現実を見なさい。君は無職の若者で、ぼくは資産家だ。
この差は大きい。百万本の薔薇だって? いいだろう、ぼくなら用意できる。
でもな、そんなもの何になる? それよりも一億のお金の方がどれほど有益か」

「今はまだあなたに負けているかもしれない。でもあなたにはないものをぼくは持っている。
若さだ。そして栄子さんを愛する、純な心だ」
 必死の形相で反論する正男だが、松下は諭すようにつづけた。
「やれやれ、若さか。若さは未熟以外のなにものでもない。
栄子さんは、完成させなければいけない、優れた素材なんだ。
トップスターにしてあげなければいけない女性だ。
悪いことは言わない、自分の身の丈に合った女性を選ぶことだ。
沙織とかいう女性、可愛いお嬢さんじゃないか。お似合いだと思うがね」

  泣き顔になっている正男だった。救いを求めるように、栄子を見た。
しかし栄子の気持ちのなかには、そもそも正男はいなかった。
健二を失った淋しさを、真正面から強い光を放つ正男で埋めようとした栄子だった。
いみじくも通い慣れたバーのママに言ったことば、「今夜のペットなの」が、いま思い出される。

“ごめんね、正男くん。あなたはいい子ね。ううん、いい子すぎるの。
世間知らずなのよ。あたしみたいな性悪女なんかにつかまっちゃって。
今夜だって、この人にひざまづくのがいやで、あたしの見栄で引っぱり込んでしまったのよ。
でも、よーく分かったでしょ。これが世間よ、そして大人になるってことなの”。
こころの中で手を合わせながら、届くことのない思いをうかべた。
正男に注いだ視線は、それでもつめたい光だけだった。



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