「坊や。与えられるものなんかで成長するわけがないんだよ。
自分の手でつかみ取るものなんだよ。もっと言えば、他人から奪いとるものなんだよ」
正男にではなく、己に言い聞かせるように言いはなつ松下だった。
「栄子さん、あなたは悪い人だ。こんな純真な若者をたぶらかすとは。
本心をそろそろ明かして下さい。いや、良いでしょう。
ぼくが彼に説明をしてあげますよ。あなたも言いにくいだろうから」
栄子にすがるような目を見せる正男と正対して
「正男くん。世の道理というものが、君にはまだ分かっていないようだ」と話し始めた。
「現実を見なさい。君は無職の若者で、ぼくは資産家だ。
この差は大きい。百万本の薔薇だって? いいだろう、ぼくなら用意できる。
でもな、そんなもの何になる? それよりも一億のお金の方がどれほど有益か」
「今はまだあなたに負けているかもしれない。でもあなたにはないものをぼくは持っている。
若さだ。そして栄子さんを愛する、純な心だ」
必死の形相で反論する正男だが、松下は諭すようにつづけた。
「やれやれ、若さか。若さは未熟以外のなにものでもない。
栄子さんは、完成させなければいけない、優れた素材なんだ。
トップスターにしてあげなければいけない女性だ。
悪いことは言わない、自分の身の丈に合った女性を選ぶことだ。
沙織とかいう女性、可愛いお嬢さんじゃないか。お似合いだと思うがね」
泣き顔になっている正男だった。救いを求めるように、栄子を見た。
しかし栄子の気持ちのなかには、そもそも正男はいなかった。
健二を失った淋しさを、真正面から強い光を放つ正男で埋めようとした栄子だった。
いみじくも通い慣れたバーのママに言ったことば、「今夜のペットなの」が、いま思い出される。
“ごめんね、正男くん。あなたはいい子ね。ううん、いい子すぎるの。
世間知らずなのよ。あたしみたいな性悪女なんかにつかまっちゃって。
今夜だって、この人にひざまづくのがいやで、あたしの見栄で引っぱり込んでしまったのよ。
でも、よーく分かったでしょ。これが世間よ、そして大人になるってことなの”。
こころの中で手を合わせながら、届くことのない思いをうかべた。
正男に注いだ視線は、それでもつめたい光だけだった。
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