栄三から珠恵に告げられたことばは、清二の純な想いなどまるで図られてれない、光子に対する温情のかけらもない冷酷なものだった。
「光子の色仕掛けに清二がはまってしまった」。
名水館の跡取り息子である清二に取り入ろうとした光子の策略だ、と告げたのだ。
そんな娘ではない、と珠恵には思えた。
しかし断じる栄三に対して反論して良いものかと考えてしまう。
仮にも夫なのだ、栄三は。
そして、清二は行く行くは跡取り息子となる。
単なる一従業員のことを慮る必要はなかろう、そうも考える珠恵だった。
しかし何かが引っかかる。
このまま捨て去るには惜しい娘だ、そんな思いが消えない。
いっそ堕ろさせようか、そしてなかったことにしてしまおうか……。
逡巡する珠恵に対して、栄三がとんでもない提案をした。
「どうだろう、清二の嫁として光子を迎えられないだろうか」。
栄三の中に打算の気持ちが働いていた。
ここで次の次の跡取りが誕生すれば、自分の立場は強固になるはずだ。
幸い清二も光子のことは憎からず思っているようだし、と考えたのだ。
珠恵もそのことについては考えないでもなかった。
しかしどこの馬の骨とも分からぬ小娘に、この老舗旅館の名水館を任せても良いのだろうか、周りはどう言うだろうか。
そしてご先祖さまは……。
迷いがあった、女将としての素質は感じられる。
しかしあまりに出自が悪すぎる。
せめて小さくとも商家の娘であれば、世間に対しても言い訳が立つ。
ましてや、親戚一同の前で「嫁はわたしが決めます」と宣言してしまったのだ。
珠恵のプライドもある。
そしてまた、栄三の企み事に乗っかることもしゃくの種だ。
仲居たちの口さがない噂話が、名水館内だけではなく、旅館組合内部にまで広まり始めた。
こうなると珠恵としても静観しているわけにも行かず、仲居頭の豊子を呼びつけて、事の真相を光子から聞き出すように厳命した。
しかし豊子はすでに光子から事情を聞いており、また清二からも相談を受けていることを明かした。
すぐに珠恵に報告しなかったことについて、二人の言い分があまりに違うので躊躇したと告げた。
光子は相手が誰なのか不明で手籠めにされたと言い、清二は光子の合意の元だったと言い張った。
結局の所清二の及んだ行為は光子の合意があるどころか、体調を崩して寝んでいた光子に襲いかかったものだろうと結論づけられた。
しかしそれをそのまま公表するわけにも行かず、光子を言い含めることで話し合いが終わった。
「清二さんがお相手だったなんて、ほんとショックねえ」。
「光子が仕掛けたものらしいわ」。
「色目を使っていたものねえ、お客さまに対しても」。
そんなひそひそ話が、当人が近くに居るにも関わらず、声高に話されるようになった。
そして板場においても休憩時の、与太話の一つとして話題になってしまった。
「光子って女、意外にスレてるんだ」。
「俺、少し惚れかかってんだけどね」。
「案外の所、男を踏み台にして上り詰めるタイプなんじゃ?」。
「将来の女将って、ことか」。
「俺たちがそんなことを心配する必要はない!」。
板長の一喝によって、光子の話は封印された。
無論、仲居たちにも仲居頭から厳命が下った。
以来誰もそのことを口にすることはなく、組合においても「他旅館のことに口を挟むものじゃない」と、組合長の雷が職員たちに落ちた。
「光子の色仕掛けに清二がはまってしまった」。
名水館の跡取り息子である清二に取り入ろうとした光子の策略だ、と告げたのだ。
そんな娘ではない、と珠恵には思えた。
しかし断じる栄三に対して反論して良いものかと考えてしまう。
仮にも夫なのだ、栄三は。
そして、清二は行く行くは跡取り息子となる。
単なる一従業員のことを慮る必要はなかろう、そうも考える珠恵だった。
しかし何かが引っかかる。
このまま捨て去るには惜しい娘だ、そんな思いが消えない。
いっそ堕ろさせようか、そしてなかったことにしてしまおうか……。
逡巡する珠恵に対して、栄三がとんでもない提案をした。
「どうだろう、清二の嫁として光子を迎えられないだろうか」。
栄三の中に打算の気持ちが働いていた。
ここで次の次の跡取りが誕生すれば、自分の立場は強固になるはずだ。
幸い清二も光子のことは憎からず思っているようだし、と考えたのだ。
珠恵もそのことについては考えないでもなかった。
しかしどこの馬の骨とも分からぬ小娘に、この老舗旅館の名水館を任せても良いのだろうか、周りはどう言うだろうか。
そしてご先祖さまは……。
迷いがあった、女将としての素質は感じられる。
しかしあまりに出自が悪すぎる。
せめて小さくとも商家の娘であれば、世間に対しても言い訳が立つ。
ましてや、親戚一同の前で「嫁はわたしが決めます」と宣言してしまったのだ。
珠恵のプライドもある。
そしてまた、栄三の企み事に乗っかることもしゃくの種だ。
仲居たちの口さがない噂話が、名水館内だけではなく、旅館組合内部にまで広まり始めた。
こうなると珠恵としても静観しているわけにも行かず、仲居頭の豊子を呼びつけて、事の真相を光子から聞き出すように厳命した。
しかし豊子はすでに光子から事情を聞いており、また清二からも相談を受けていることを明かした。
すぐに珠恵に報告しなかったことについて、二人の言い分があまりに違うので躊躇したと告げた。
光子は相手が誰なのか不明で手籠めにされたと言い、清二は光子の合意の元だったと言い張った。
結局の所清二の及んだ行為は光子の合意があるどころか、体調を崩して寝んでいた光子に襲いかかったものだろうと結論づけられた。
しかしそれをそのまま公表するわけにも行かず、光子を言い含めることで話し合いが終わった。
「清二さんがお相手だったなんて、ほんとショックねえ」。
「光子が仕掛けたものらしいわ」。
「色目を使っていたものねえ、お客さまに対しても」。
そんなひそひそ話が、当人が近くに居るにも関わらず、声高に話されるようになった。
そして板場においても休憩時の、与太話の一つとして話題になってしまった。
「光子って女、意外にスレてるんだ」。
「俺、少し惚れかかってんだけどね」。
「案外の所、男を踏み台にして上り詰めるタイプなんじゃ?」。
「将来の女将って、ことか」。
「俺たちがそんなことを心配する必要はない!」。
板長の一喝によって、光子の話は封印された。
無論、仲居たちにも仲居頭から厳命が下った。
以来誰もそのことを口にすることはなく、組合においても「他旅館のことに口を挟むものじゃない」と、組合長の雷が職員たちに落ちた。
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