昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第一部~ (五十五)

2021-01-06 08:00:14 | 物語り
「お待たせ、お父さん。はい、これ。
ウィスキーとか言うお酒だって。
オールドパーって言うの。一本じゃなくて、二本もだよ」

 買い与えた物ではないバッグだった。
お礼としてもらったのかのと思いはしたが、いかにも高価な品に見える。
ピカピカと光るエナメル質の真っ赤な生地で、キラキラと光る金メッキのバックル類がいかにも派手だ。
どう考えても小夜子には似合わない――と、茂作は思いたい。
まだ17歳の小娘が持つようなバッグではない。

「おう、おう。二本もかい。そりゃあ、有り難いのお。お祝いの時にでも貰おうかのお」
「どうして? 今夜にでも飲めばいいのに」
「いや、いいんじゃ」
「どうして?」
「いや、ちょっとな」
「ひょっとして、あたしの為に……」

 以前の小夜子ならば「あ、そう」と気にもかけない。
いやもしも己のためだと気付いたとしても、当然のことよねと片付けてしまう。
「まあ、その。酒断ちをしておるじゃ」
「ありがとう、お父さん。でももう帰って来たんだから、いいんでしょ?」
「いや、だめじゃ。お前が嫁ぐまでは、と願掛けをしたんじゃから」

 涙ぐむ小夜子に、茂作は驚いた。
昨日までの小夜子ならば、こんなことで涙を見せる筈がない。
“当然よね”と嘯くのが、常だ。
“どうしたことだ、一体。帰ってからの小夜子はいつもの小夜子ではない。
正三に対する言動など、信じられんことだ。
正三からがして、目をパチクリさせておったわ。
まさか、キズものに。だからと言うて、弱気など有り得ん。
いやそもそもが、小夜子はそんなヤワな娘ではない”。

「お父さん、肩揉んであげるね。
そうそう、忘れてた。謝礼をね、郵便為替にしてもらってるからね。
お父さん宛に届くから、郵便局まで受け取りに行ってね。
いいの、いいの。お父さんにあげるから」

“やはりおかしい、こんな娘じゃなかった”。
信じられない思いのまま「小夜子、向こうで何かあったか?」と、意を決して口にした。
「別に何もなかったわよ。どうして?」
「いや、ちょっとな。小夜子らしからぬことがあるもんだからな」

「アハハハ、そうかもね。小夜子ね、大変貌をとげたの。
今の幸せにね、気付いたの。アーシアのお陰よ。ほんとよ、ほんとによ」
「うん、うん、そうかそうか」
 大きく頷く茂作に、「今までごめんなさい。
我がままいっぱいの娘で、ごめんなさい」と、涙ぐむ。
感極まった小夜子が、茂作の背に突っ伏した。


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