喫茶店から外に出ると、とたんに寒風が二人を襲った。
「うぅ、さぶい。寒いよお、貴子さあん」
別に、意味のある言葉ではなかった。全く、他意はなかったのだ。
しかし貴子は、
「はい、はい。分かったわよ。これでいい? 少しは、暖かいでしょ」
と、彼の腕に自分の腕を滑り込ませた。 . . . 本文を読む
「ところでさ、おみやげは?」
貴子は彼の周辺に、それらしきものが無いことを訝げに思いつつ尋ねた。
彼は、ニヤリとほくそ笑むと
「へへへ。実は、口実でした。ごめんなさい」
と、悪びれることなく答えた。 . . . 本文を読む
テーブルに並べられた二種類のサンドイッチを、二人してパク付き始めた。
「ねえねえ、野菜サンドも食べなきゃだめよ!」
彼がハムサンドに手を出すと、貴子は軽く彼の手をつねった。
「痛てて。もう、母親みたいなこと言わないでよ」 . . . 本文を読む
「お待たせ。ごめんね、遅くなって」
息せき切って、貴子が飛び込んできた。
彼の前に置かれた冷水を一気に飲み干しながら、業務終了直前に持ち込まれたトラブル処理報告書の処理に時間を取られたと弁解した。 . . . 本文を読む
伝票を繰りながら、彼は愕然とした。区域の変更が為されていた筈なのに、元の区域に戻っていた。
「あのお、課長。区域が違うんで…」
彼は井上の元に出向き、困った顔つきで尋ねた。麗子の居る区域に戻っていたのだ。デパート側の方針として、半年毎に区域の変更をしていた。 . . . 本文を読む
実のところは、伝票を整理している今も、気もそぞろだった。
“今日は、だめかなあ。忙しそうだもんな”
そんな時、貴子から声をかけられた。
「ミタライくーん。追加よお!」
「ほぁーい!」 . . . 本文を読む
一瞬の事とはいえ、彼の心に過ぎった気持ちだ。
すぐにも打ち消しはしたが、そんな己が忌まわしく思えた。
これから茂作と顔を合わせる度に、居たたまれない思いを抱いてしまうのだと思うと、居たたまれない。
せめてもの罪滅ぼしにと、昨夜は介護の真似ごとをしてはみたものの、二日三日と続けられるようなものではなかった。 . . . 本文を読む