イエスは神ですか?

2025年02月08日 01時32分03秒 | その気になる言葉

イエスは自分が神であると主張されたことがありますか?

答え

聖書は、「自分は神である」とイエスが正確なことばで言われたとは記録していませんしかしながら、だからと言ってイエスが自分は神であると宣言されなかったというわけではありません。

たとえば、ヨハネの福音書10章30節に、イエスのことばがあります。

「私と父とはひとつです。」ちょっと見ただけでは、これは自分を神だと言っているようには見えないかもしれません。

しかし、このイエスのことばに対するユダヤ人たちの反応を見てください。

ユダヤ人たちはイエスに答えた。

「良いわざのためにあなたを石打ちにするのではありません。冒涜のためです。あなたは人間でありながら. 自分を神とするからです。」(ヨハネ10章33節)

ユダヤ人たちはイエスのことばを、自分を神と主張していると理解したのです。

その後の節で、イエスは「自分を神だと主張したのではない。」と言ってユダヤ人たちの間違いを直そうとしてはおられません。

それで、「私と父とはひとつです。」(ヨハネ10章:30節)と宣言された時、自分は神であると本当に主張しておられるのだとわかります。 ヨハネ8章58節はもうひとつの例です。

イエスは彼らに言われた。

「まことに、まことに、あなた方に告げます。アブラハムが生まれる前から私はいるのです。」また、それに反応してユダヤ人たちは石を取って投げつけようとします。(ヨハネ8章59節)

「もし、イエスが神を冒涜するようなことを言った、つまり、自分を神だと主張したとユダヤ人たちが信じなかったのなら、なぜ石打ちにしたいと思ったでしょうか?ヨハネ1章1節に「ことばは神であった。」とあります。

ヨハネ1章14節では、「ことばは人となって」とあります。

これは明らかにイエスが人となられた神であることを示しています。

使徒伝20章28節では、「、、、、神がご自身の血を持って買い取られた神の教会を牧させるために、、」と書いてありますが、ご自分の血で教会を買い取られたのは誰でしょう?イエスキリストです。

使徒伝20章28節では、神がご自身の血で教会を買い取られたと宣言しています。

だから、イエスは神なのです。

弟子であるトーマスはイエスについて、「私の主、私の神。」と宣言しました。

(ヨハネ20章28節)イエスは彼を訂正されませんでした。テトス2章13節では、私達を励まして、私達の神であり救い主であるイエスキリストが再び来られるのを待ち望むようにといっています。

へブル書1章8節では、み父がイエスについて、「また御子についてはこういわれます。

『神よ、あなたの御座は世々限りなく、あなたの御国の杖こそまっすぐな杖です、』と言っておられます。

黙示録では御使いが使徒ヨハネに神のみを礼拝するようにと教えています。

(黙示録19章10節) 聖書では何度もイエスが礼拝を受けておられます。(マタイの福音書2章11節;14章33節;28章9、17節;ルカ24章52節;ヨハネ9章38節) イエスはご自分を礼拝する人に対して、一度もしてはいけないと戒めてはおられません。

もしイエスが神でなかったなら、黙示録のみ使いがしたように、自分を礼拝してはならないと人々に言われたでしょう。

他にも多くの聖書の箇所や聖句でイエスが神であることを論じています。

イエスが神でなくてはならないもっとも重大な理由は、もしイエスが神でなかったら、イエスの死が全世界の罪のための罰を 支払うのに充分でなかったことになるからです。

(第一ヨハネ2章2節)神だけがそのような無限の罰を受けることができるのです。

神だけが、世の罪を負って、死んでよみがえり(第2コリント5章21節)、罪と死に打ち勝ったことを証明できるのです。

では、キリスト以外に人間は神になれないのでしょう?

一方、仏法でも誰もが仏になれると説いています。





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