KOfyの「倍行く」人生

バイクで人生を“2倍”楽しみたい。勝手気ままな日記代わりの備忘録。

名画座映画館の思い出

2020年12月19日 | 自分史あれこれ
大学1年、2年、4年生の時には、西武新宿線下落合駅(高田馬場から1駅)から徒歩1分にある
東京学生会館で学生生活を送っていました。
3年生の時は、寮費(1300円/月)を払って籍は残したまま、部活動のリーダーになり忙しかったので、
大学のある国立市の下宿を借りて、1年間だけ下宿生活をしました。

クラブの2年先輩が住んでいた4畳半の部屋を引き継ぎ、1か月4500円の下宿代だったと思います。
大家さんの敷地内にある離れで、クラブの1年先輩が隣の部屋に住んでました。
小さな台所とぼっとん式のトイレのみで、風呂は近所の大学の寮に入りに行っていました。

学生会館の寮から高田馬場まで歩いて10数分で行け、新宿までは西武新宿線で2駅で行けました。


入学したときは、勉学心旺盛で、いわゆる4月病になって燃えていましたが、
1か月すると受験勉強の反動や、一人暮らしの自由さも相まって5月病になり、
やる気が失せるとともに、高田馬場や新宿などの繁華街に出ることが多くなりました。


そこで発見したのが、ロードショーの半年遅れくらいで映画を安く見せてくれる名画座の映画館です。
2-3本立てで、入れ替えなしで200円から400円くらいの料金で映画を見ることができました。
当時のロードショーの料金は1000円前後でした。

大卒初任給が現状の約20万円に対し、その当時は10万円弱でほぼ1/2で、
現状のロードショーが1800円なので、ほぼ同じようなスライドです。
従って、金銭感覚としては、当時の価格を2倍強にすれば、現状に換算できると思います。


東京学生会館の家賃は、入学したころは月800円、それが秋くらいに値上げになって1300円になりました。
朝食が、どんぶり飯、生卵、納豆、漬物で80円くらいで、晩御飯は、どんぶり飯、みそ汁、おかず1品で
150円から200円くらいだったと思います。


授業料は年間3.6万円。1年生の時の4年生は1.2万円でした。
仕送りは月3万円で、家庭教師のバイトが週2回、小学生で1万円ちょいだったと思います。



映画と映画館の情報が満載の「雑誌ぴあ」を毎月か2週間に1回購入して、
見に行く映画をチョイスして、名画座に見に行ってました。

ネットで調べると、
ぴあ116号1980年11月21日号が隔週金曜日刊 150円
ページ数の最終表記:135P サイズ:B5 重さ:221グラム
とのことでした。


名画座の映画館の思い出は

■新宿
  名画座ミラノ、テアトル新宿

■高田馬場
  高田馬場パール座、早稲田松竹

■池袋
  文芸地下

■国立
  国立スカラ座


などで、チャップリンの映画はほとんど見ました。
ある女子大のコーラス部の女の子とお付き合いしている時、
デートで「がんばれベアーズ」などを見に行ったこともありました。


当時はいい加減なもので、映画館の中でたばこを平気ですっている人がいました。
館内も、なんとなく臭かったように思います。


40数年経った現在でも一部の名画座館は残っているようですが、ほとんどがなくなり、
いまや映画館は、ショッピングセンターの中に複数の映画を上映する形態に変わっており、
時の経過を感じます。

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