この神社が上野山にあるのは、何か不思議な気がしましたが、ネットで由来を読んでみると、こちらの神社の方が寛永寺より歴史が古いということが分かりました。
稲荷神社については、上野の山の主である、弥左衛門という狐が巣穴の保護を天海上人に懇請したという話が出ていました。
五条天神社は、日本武尊東征の際、この地を通り、大巳貴命(おおなむじのみこと・大国主命)、少彦名命(すくなひこのみこと)を祀りました。しかし、その後上野のあちこちに遷座し、もとの地に落ち着いたのは昭和 3 年だったそうです。
五条天神社の境内に稲荷社がある、といった感じです。(社務所は共通です)
(五条天神社の桜)