11 月 19 日(火)佐倉の「歴史民俗博物館・くらしの植物苑」での「古典菊展」( 11 月 24 日(日)まで)を見学した。
嵯峨菊
中国大陸を原産地として日本に持ち込まれた菊は、まず、平安時代~鎌倉時代に独自の育成がされました。
嵯峨菊と呼ばれる菊は、嵯峨天皇の時代( 809 ~ 822 )に宮廷に植えられ、その後、明治になるまでは、京都の大覚寺内のみで栽培され、門外不出だったそうです。
伊勢菊
伊勢神宮の斎王や、彼女に仕える女房たちが、京の都を懐かしんで取り寄せた嵯峨菊が基本になったといわれます、
肥後菊
宝暦年間(1751 ~ 1764 )肥後藩主が文化政策の一つとして栽培奨励したことから始まる。
(花弁の数が少なく一重に見える)
奥州菊
江戸時代の末ごろから奥州八戸地方で盛んに栽培された。
(大菊の系統)
江戸菊
江戸時代後期の文化・文政期に花形が成立。開花するにつれ花がさまざまに変化する(芸をする)のが特徴。この変化を「狂い」と呼ぶ。これが一か月あまり続く。
丁子菊
江戸時代に盛んに栽培されていた菊で、外周に舌状花が伸び、中心の筒状花の花弁が大きく発達して盛り上がって咲きます。この盛り上がった形が、丁子(クローブ)フトモモ科の植物の花に似ていることから名づけられました。アネモネ咲きとも呼ばれています。
菊を見た後、広い園内の木々を見て回りました。
穏やかな晩秋の一日でした。