かって柏市の大半を領地に持った本多家は、ここ“藤心”とつくばEX「田中駅」近くの“船戸”に陣屋を置いた。
陣屋といっても現在残っているのは、のどかな田園風景だけである。
領主の本多家は、家康の重臣本多正信の弟正重に始まる。大阪夏の陣で戦功をあげ、この地を与えられ、城はないが一万石の大名挌になった。(のちに加増され、駿州田中藩五万石の城持ち大名となったが、下総のこの地は引き続き明治まで領有した)
かっての陣屋の門は、現在、南方 1 km ほどの逆井観音寺に移されている。
陣屋跡に残るのは、説明板と石碑のみ。
平成 5 年の教育委員会が建てた説明板は、痛みが激しいが、昭和 55 年地主の渡会さんが建てた石碑の方は健在。
渡会さん宅の隣が八幡神社。境内の石造物から歴史をたどることができそう。
老木は陣屋への人の出入りを長年見続けてきたに違いない。
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