ビビッド能里子トーク・サロン

医学的にも珍しい満十年の認知症介護について。自己分析や気分転換、幸せを感じる心の癖の付け方、メチャ料理など楽しく書きます

体の中で細胞さん達が対話している!

2022-03-14 18:58:25 | エッセー

 今朝チャクラマントラを唱えているとき、体の中がうごめくような感覚がした。

(これはきっと、私の中の細胞さん達が情報交換をしているのだ)と感じた。

インドで感動的な瞑想体験してから、おそらく40年間以上ほとんど休みなく

続けている瞑想。そんな私の精神力が、認知症歴満10年になる夫を、やさしく

知的に介護できるための要素だと思っている。

 先日クラスメートの友人が、私の体の状態を色々聞いて、同年齢なのに自分とは

あまりに違う私に驚いていた。「小池さんは色々なことができる先生だからだよね。

小池さんのスタジオで習ったいろいろいろな事が、みんな効いているのだね」と

とつくづく言った。私はクラスメート達にスタジオで約6年間ほど、おそらく私に

しかできない、ユニークな指導したが、彼はそれを言っているのだ。

 確かに・・・私は心身両面のプロなのだ、健康度も見た目も、10歳や15歳位若

いのが当然だと思っている。

 見た目ばかり気にして精神性を無視している人が多いが、体は心の入れものだから

真の健康は得られない。こんな心身両面からの独自な指導を、同世代の人達に指導

したいがスタジオを貸してしまったためできない。疲れやすくなったが、全く衰えて

いない感性、私の精神性は、さまざまな精神面の研鑽、心理面の勉強をして、インド

で磨き上げられたのかも知れない。そんな私独自の能力を、いつか誰かのために役立て

たいと思っている。

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1輪の椿

2022-03-14 06:38:02 | エッセー

 先日友人が家に咲いたからと、つぼみが2輪着いた椿の小枝を持って来てくれ

コップに差しテーブルに置いた。気づかずに触れたのか、つぼみが1輪落ち

てしまい、可哀そうと思ったが仕方がなかった。

 次の日に可愛い椿が開いた、それをくれた友人に、「きれいに咲きました。

 でも1輪は触ったようで,つぼみの可哀そうにまま落ちてしまいました。

何だか人生を感じました」とラインをした。

すると「成功の陰に日の目を見ずに・・・「人生」に置き換えてしみじみ椿を

鑑賞してしまいました。心なしかお花の色が濃いのは、私達に気づいて欲しかった

のでしょうか?淡いピンク色のはずなのに!能里子さんの愛に答えてくれたのだと

思います。」即返信のラインが着た。私はこんな情感豊かな友人が好きです。

 

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世田谷桜神宮へ行って

2022-03-13 09:45:42 | エッセー

 お天気も良く暖かい日。家にいると一日ベッドで過ごす夫を、何とか外に連れ

出そうと、今朝NHKテレビで見たきれいな河津桜が咲いている「世田谷桜神宮」へ

行こうとネットで調べた。場所は田園都市線の桜新町駅下車、駅から至近距離なので

夫を誘ったら「行っても良いよ」と言った。色々な行き方ができるが、千代田線の

表参道で田園都市線に乗り換えて行った。

 お目当ての「世田谷桜神宮」は、私のイメージと全く違っていて驚いた。

我が家は「世田谷八幡宮」の氏子だが、神宮とはきっと八幡宮とは格が上で、壮大な

神社だと思っていたので。敷地は世田谷八幡宮の4分の1もあるかしらと思えるほど

こじんまりしていた。NHKテレビのためか、土曜日のためか大勢の人がいて、参拝

するため長い行列ができていて、まるでお正月のようだった。

 お目当ての河津桜は満開だったが、たった3本だけなのもびっくりしたが、でも

本数は少ないが、とても美しく存在感があり、今まさに満開だった。

 写真を撮っている人も沢山いた。夫は座るところもないので、私が写真を撮っている

間にこんなところ座っていた。日差しが暖かく、風も全然なく本当に良い日よりだった。

 帰りは三軒茶屋で降り、世田谷線に乗り換え豪徳寺から梅が丘へ帰ったが、ほんの

僅かに時間だったが、「春」をより感じた楽しいひと時だった。

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ふつうに生きると、老化が人生のほとんどかも知れない

2022-03-12 07:04:44 | エッセー

 これは以前何かで読んだが、男性は40歳、女性は37歳から厳密には老化が始まるの

だとか。そう捉えると、長生きする現代は、ほとんど老化するのが人生

ではないかと考えた。昔と比べると年齢は7がけとも言われ、50歳で35歳だそうだが

見た目は本当にそれぞれが若くきれいだ。

37歳は老化の始まりなんて、それを読んだ時驚いた。思い起こせばその年の私は

ソシアルダンス教師と、ヨーガのインストラクターをしながら、子育てをし、家事

も適度にこなして、人生で最も上り坂だった。長年大家族の軋轢からほぼ解放され

毎日が楽しくて楽しくて、いつも走っていて、疲れなど全くなかった。

 そして今・・・自分でも想定外内長生きしているが、長生きのパイオニアの年代

かも知れない。70歳になったととき「もうそう長く生きないから」と、過去の自分

記録、学んだインドとハワイを除いての海外旅行の写真、すべて処分した。

 それなのに・・・まだ比較的元気で生きている、先日会った同じ年齢の友人は

本当に体がボロボロ状態だった。でも、私は夫を介護しているから彼を幸せな状態で

あの世に送り出すまでは死ねない。でも、どうせ生きるならビビッドに生きたい!

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 羽根木公園で感じたこと

2022-03-11 07:45:50 | エッセー

 疲れを感じるとすぐに、そのための対応をするので、いつも割合に私は元気だ。

年齢とともに自分のレッスン内容を少しずつ変えている。

 昔はヨーガがメインだったが、だんだん動きのある体操に変えたが、実はその方が

私に合っているようだ。いつも音楽を使ってレッスンをしているが、首、肩、腰

手足など全身運動だ。2年ほど前からダンス教師としての姿勢を保つために、ダンス

的な要素を加え、またバランスも取り入れた。やはり最も多いのが脚の運動だが

死ぬまでふつうに歩きたいと思っている。

そのためか首や肩のコリなど全くないが、昨日夫と公園を散歩していたら、いつも

とは違う感じで、腰や右足に疲れを感じた。「幸せな状態で長生きして欲しい」と

間もなく認知症歴満10年の夫を介護しているので、今日は久し振りで家の前の治療院

へ行くつもりだ。夫が生きている限り、家で介護したいと思うが、現実にはだんだん

きつくなったと感じる。でも、日当たりの良いベンチに座り、沢山の梅を見ながら

2人でアイスを食べたが、こんな小さな幸せを、何時までも二人で感じたいと思った。

 

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