9月5日下北沢駅前劇場で、フリードリヒ・デュレンマット作「加担者」を見た(オフィスコット―ネプロデュース、翻訳:増本浩子、演出:稲葉賀恵)。
大学で生物学の研究をしていたドクは、高額報酬を提示され民間企業に移籍する。しばらくは豪勢な生活を謳歌していたが、経済危機により失業。
とりあえずタクシー運転手で身をたてていたが、マフィアのボスに拾われ、元生物学者ドクのアイディアで暗殺した死体を地下室で溶解するビジネスを始める。
そんなある日、ドクはバーで偶然アンという女性と出会い愛し合うようになる。
そこにかつての息子も訪れ、事態は思わぬ方向へ動いていく・・・。
元生物学者ドク、彼を取り巻くすべての登場人物が複雑に絡み合い、時間軸が前後しながらスリリングに展開していく(チラシより)。
1973年に書かれたこの芝居は、デュレンマットの代表作「物理学者たち」の続編と言える作品の由。
その楽日を見た。
まず出演者全員が舞台に並び、主人公ドク(小須田康人)が口を開き、自己紹介を始める。
リッチな生活が突然破綻すると、妻は息子と宝石類を持って愛人と出て行った。タクシー運転手をしていた時、たまたま乗せたのがマフィアのボス(外山誠二)。
彼は依頼を受けて人を殺す闇の商売をしているが、死体の処理に困っていた。そこでドクがかつての専門知識を生かし、仲間になる。
そんなある日、刑事コップ(山本亨)が突然二人のところに来て、実は自分はボスの部下たちの中に優秀なスパイを放っている、と告げ、何もかもばれている、
と分け前の50%を要求。さらに、今後はドクも共同経営者にして彼には20%を払うべきだ、と言う。
ボスはショックを受けるが、仕方なくその要求を受け入れる。
ボスの愛人アン(月船さらら)はバーでドクと出会い、惹かれてゆく。互いに詳しい身の上は話していない。彼女はただ、ある人に囲われている、と言っている。
彼の方は、地下室で工業用ダイヤモンドを作っている、と言っている。
彼女が彼に愛を告白すると、彼もまた、実は僕も・・、と言うのだった。
彼女が、もう愛人とは暮らせない、と言うと、彼は結婚しよう、と言う。
彼はアンを、ボスに頼んでボスの愛人の家にかくまってもらおうと計画する。
こうして観客には、二人が破局に向かって突き進んでいこうとしていることがわかる。
二人は駆け落ちの約束をして別れる。
翌日の夜、ドクは浮き浮きしながらワインと食べ物を小テーブルに並べる。
赤いバラを一輪、缶に挿す。そこにボスが、大きなトランクを抱えて来る。赤いバラが一輪挿してある。ドクが気づくと「君の恋人にね」。
ドクは2本目も缶に挿す。
「そのトランクの中の女も溶かしてくれ」と言われてドクは冷蔵庫の中にトランクを押して入る。
するとボスは観客に向かって語り出す。同時に冷蔵庫内にいるドクにも聞こえるように。
彼(ボス)は、だいぶ前から愛人(アン)の様子がおかしいことに気づき、誰か他に男がいるんじゃないか、と不安を抱えていた。
昨夜、いつものように睡眠薬を飲んだふりをしてベッドに横になっていると、彼女はそっと起き出して服をバッグに詰め始めた。
明らかに自分から逃げようとしている彼女を見てボスは嫉妬に狂い、彼女の首を絞め、枕で押さえつけて殺した。
彼女は抵抗しなかった。「普通抵抗するでしょう?」彼は悲しげに、苦しそうに訴える。
ドクがテーブルに並べた料理(買って来たハム、小玉ねぎのピクルス、オリーブ、エビ)をつまんだり投げたりしつつ、彼は熱に浮かされたように語り続ける。
そのさまは、もはや狂人のよう。
彼が語り終えた頃、ドクが冷蔵庫からゆっくり戻って来て、黙って椅子に座る。
「顔が真っ青ですよ」ボスは赤いバラの花びらをむしってドクの頭上から振りかける。「赤と青」と言いながら。
この時もそうだが、ボスはドクに対して、たいてい丁寧語で話す。
それが一種奇妙な感じで怖い。増本浩子の翻訳がいい。
若い男が裸で毛布にくるまり登場し、観客に向かって言う。「僕は溶かされました」これは後に登場するドクの息子ビルらしい。
初老の男も登場。やはり「私は溶かされたんです」彼はジャックらしい。
このあたり、時間が前後する。
ドクの息子ビル(三津谷亮)は父と同じく生物学を専攻していたが、人間を相手にしないとダメだ、と社会学に転向。
アナーキストになっていた。彼の母(ドクの元妻)は、大企業の社長ジャックと再婚したが、二人の乗ったセスナ機が事故を起こし二人共死ぬ。
ビルは遺産相続し、国一番の大金持ちになる。
だがアナーキストのビルにとってそんなことはどうでもいい。
彼はドクに向かって、大統領暗殺を依頼する。ドクは驚いて断るが、説得されて渋々引き受ける。
コップが来て、しゃべりながら部屋中の物を投げ、壊し、しまいに冷蔵庫も叩き壊す。
彼の左手には、これまで袖で隠していたが、まるでフック船長のように銀色の金具がついていて、ズボンをまくると左足は義足だ。
二人の男が箱を持って来る。中身はボスの死体だった。コップは二人に、時間が来たら迎えに来い、その時やることは分かってるな、と言う。
ドクと二人だけになると、説明を始める。
かつて彼は仕事中、ボスに撃たれて左手と左足を失った。
ボスは彼の顔を覚えていないようだが、彼の方は、それ以来何十年も彼と彼の仲間たちを追って来たのだった。
だが警察の上層部に話しても、ボスらの犯罪を摘発しようとはせず、かえって自分にも分け前をよこせ、と言うだけ。
市長のところへも司祭のところへも行ったが、みな警察と同様に腐敗しており、絶望した彼は、彼らを捕まえるのを諦め、自分も
このおぞましい事業の上前をはねることにしたのだった。
そのうち室内が臭くなり、あちこちにネズミが出て来る。
死体の匂いが充満する気配。
そりゃそうだ。冷蔵庫を壊したのだから。
最後に二人の男が戻って来てコップを暴行し、冷蔵庫に連れて行って銃殺する。
二人はドクにも乱暴し、これからは分け前の大部分をもらうからな、と言い放ち、引き続き自分の仕事をしろ、と言って去る。
ドクは無言でそこにとどまる。
「物理学者たち」を見ていないからか、いささか難しかった。
最後にコップはなぜ殺されるのか。しかも殺されることを分かっていてなぜ逃げないのか。
ドクがアンとの出会いによって変わってゆくところを、もっとはっきり描いてほしい。
登場人物は、しばしば観客に向かってしゃべり出す。自己紹介など。
それが、この芝居の大きな特徴だ。
役者はみな好演。
特にボス役の外山誠二が素晴らしい。今年の最優秀男優賞候補だ。
ドクの息子ビル役の三津谷亮もうまい。
ジャック役の大原康裕の柔らかでコミカルな演技が、この芝居を単調さから救っている。
デュレンマットは「貴婦人の帰還」しか知らなかったが、これはまた相当変わった寓話だ。
だがやはり、迫力満点で見る者に迫ってくる。
大学で生物学の研究をしていたドクは、高額報酬を提示され民間企業に移籍する。しばらくは豪勢な生活を謳歌していたが、経済危機により失業。
とりあえずタクシー運転手で身をたてていたが、マフィアのボスに拾われ、元生物学者ドクのアイディアで暗殺した死体を地下室で溶解するビジネスを始める。
そんなある日、ドクはバーで偶然アンという女性と出会い愛し合うようになる。
そこにかつての息子も訪れ、事態は思わぬ方向へ動いていく・・・。
元生物学者ドク、彼を取り巻くすべての登場人物が複雑に絡み合い、時間軸が前後しながらスリリングに展開していく(チラシより)。
1973年に書かれたこの芝居は、デュレンマットの代表作「物理学者たち」の続編と言える作品の由。
その楽日を見た。
まず出演者全員が舞台に並び、主人公ドク(小須田康人)が口を開き、自己紹介を始める。
リッチな生活が突然破綻すると、妻は息子と宝石類を持って愛人と出て行った。タクシー運転手をしていた時、たまたま乗せたのがマフィアのボス(外山誠二)。
彼は依頼を受けて人を殺す闇の商売をしているが、死体の処理に困っていた。そこでドクがかつての専門知識を生かし、仲間になる。
そんなある日、刑事コップ(山本亨)が突然二人のところに来て、実は自分はボスの部下たちの中に優秀なスパイを放っている、と告げ、何もかもばれている、
と分け前の50%を要求。さらに、今後はドクも共同経営者にして彼には20%を払うべきだ、と言う。
ボスはショックを受けるが、仕方なくその要求を受け入れる。
ボスの愛人アン(月船さらら)はバーでドクと出会い、惹かれてゆく。互いに詳しい身の上は話していない。彼女はただ、ある人に囲われている、と言っている。
彼の方は、地下室で工業用ダイヤモンドを作っている、と言っている。
彼女が彼に愛を告白すると、彼もまた、実は僕も・・、と言うのだった。
彼女が、もう愛人とは暮らせない、と言うと、彼は結婚しよう、と言う。
彼はアンを、ボスに頼んでボスの愛人の家にかくまってもらおうと計画する。
こうして観客には、二人が破局に向かって突き進んでいこうとしていることがわかる。
二人は駆け落ちの約束をして別れる。
翌日の夜、ドクは浮き浮きしながらワインと食べ物を小テーブルに並べる。
赤いバラを一輪、缶に挿す。そこにボスが、大きなトランクを抱えて来る。赤いバラが一輪挿してある。ドクが気づくと「君の恋人にね」。
ドクは2本目も缶に挿す。
「そのトランクの中の女も溶かしてくれ」と言われてドクは冷蔵庫の中にトランクを押して入る。
するとボスは観客に向かって語り出す。同時に冷蔵庫内にいるドクにも聞こえるように。
彼(ボス)は、だいぶ前から愛人(アン)の様子がおかしいことに気づき、誰か他に男がいるんじゃないか、と不安を抱えていた。
昨夜、いつものように睡眠薬を飲んだふりをしてベッドに横になっていると、彼女はそっと起き出して服をバッグに詰め始めた。
明らかに自分から逃げようとしている彼女を見てボスは嫉妬に狂い、彼女の首を絞め、枕で押さえつけて殺した。
彼女は抵抗しなかった。「普通抵抗するでしょう?」彼は悲しげに、苦しそうに訴える。
ドクがテーブルに並べた料理(買って来たハム、小玉ねぎのピクルス、オリーブ、エビ)をつまんだり投げたりしつつ、彼は熱に浮かされたように語り続ける。
そのさまは、もはや狂人のよう。
彼が語り終えた頃、ドクが冷蔵庫からゆっくり戻って来て、黙って椅子に座る。
「顔が真っ青ですよ」ボスは赤いバラの花びらをむしってドクの頭上から振りかける。「赤と青」と言いながら。
この時もそうだが、ボスはドクに対して、たいてい丁寧語で話す。
それが一種奇妙な感じで怖い。増本浩子の翻訳がいい。
若い男が裸で毛布にくるまり登場し、観客に向かって言う。「僕は溶かされました」これは後に登場するドクの息子ビルらしい。
初老の男も登場。やはり「私は溶かされたんです」彼はジャックらしい。
このあたり、時間が前後する。
ドクの息子ビル(三津谷亮)は父と同じく生物学を専攻していたが、人間を相手にしないとダメだ、と社会学に転向。
アナーキストになっていた。彼の母(ドクの元妻)は、大企業の社長ジャックと再婚したが、二人の乗ったセスナ機が事故を起こし二人共死ぬ。
ビルは遺産相続し、国一番の大金持ちになる。
だがアナーキストのビルにとってそんなことはどうでもいい。
彼はドクに向かって、大統領暗殺を依頼する。ドクは驚いて断るが、説得されて渋々引き受ける。
コップが来て、しゃべりながら部屋中の物を投げ、壊し、しまいに冷蔵庫も叩き壊す。
彼の左手には、これまで袖で隠していたが、まるでフック船長のように銀色の金具がついていて、ズボンをまくると左足は義足だ。
二人の男が箱を持って来る。中身はボスの死体だった。コップは二人に、時間が来たら迎えに来い、その時やることは分かってるな、と言う。
ドクと二人だけになると、説明を始める。
かつて彼は仕事中、ボスに撃たれて左手と左足を失った。
ボスは彼の顔を覚えていないようだが、彼の方は、それ以来何十年も彼と彼の仲間たちを追って来たのだった。
だが警察の上層部に話しても、ボスらの犯罪を摘発しようとはせず、かえって自分にも分け前をよこせ、と言うだけ。
市長のところへも司祭のところへも行ったが、みな警察と同様に腐敗しており、絶望した彼は、彼らを捕まえるのを諦め、自分も
このおぞましい事業の上前をはねることにしたのだった。
そのうち室内が臭くなり、あちこちにネズミが出て来る。
死体の匂いが充満する気配。
そりゃそうだ。冷蔵庫を壊したのだから。
最後に二人の男が戻って来てコップを暴行し、冷蔵庫に連れて行って銃殺する。
二人はドクにも乱暴し、これからは分け前の大部分をもらうからな、と言い放ち、引き続き自分の仕事をしろ、と言って去る。
ドクは無言でそこにとどまる。
「物理学者たち」を見ていないからか、いささか難しかった。
最後にコップはなぜ殺されるのか。しかも殺されることを分かっていてなぜ逃げないのか。
ドクがアンとの出会いによって変わってゆくところを、もっとはっきり描いてほしい。
登場人物は、しばしば観客に向かってしゃべり出す。自己紹介など。
それが、この芝居の大きな特徴だ。
役者はみな好演。
特にボス役の外山誠二が素晴らしい。今年の最優秀男優賞候補だ。
ドクの息子ビル役の三津谷亮もうまい。
ジャック役の大原康裕の柔らかでコミカルな演技が、この芝居を単調さから救っている。
デュレンマットは「貴婦人の帰還」しか知らなかったが、これはまた相当変わった寓話だ。
だがやはり、迫力満点で見る者に迫ってくる。
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