8月9日、紀伊國屋サザンシアターで、井上ひさし作「頭痛肩こり樋口一葉」を見た(演出:栗山民也)。
激動の明治に生を受け、若くして樋口家の戸主となった一葉(本名・夏子)。
女性でありながら母・多喜と妹・邦子との暮らしを守るために小説を書いて生計をたてることを決意する。
苦悩やしがらみと向き合いながら筆を執る彼女の前に現れたのは幽霊・花蛍。
一葉と花蛍のユーモア溢れる交流を軸にした、ある時代を生きた女性6人の物語。
好景気で浮かれる上層と下層の間で、美しい文体で時代とともに生き抜いたあらゆる階級の女性たちの頂上から底までを見た一葉・・・。
24歳6ヶ月の若さでこの世を去るまで多くの名作を発表した夭折した天才女流作家の‘‘奇跡の14か月とは・・・(チラシより)。
主催者に注文あり。「女流作家」という、もはや死語に近い言葉をチラシに載せるのはやめて下さい!
これまで2回見たことがあり、2回目は栗山演出だったので今回はパスしてもよかったが、貫地谷しほりが主役の夏子をやるというので
彼女目当てで出かけた。
初回は1991年7月。サンシャイン劇場で、演出は木村光一。
夏子:原田美枝子、花蛍;新橋耐子、稲葉鑛:三田和代、樋口多喜:佐々木すみ江、樋口邦子:あめくみちこ、中野八重:風間舞子という座組。
この時、一番印象に残ったのは幽霊の花蛍を演じた新橋耐子。いっぺんで彼女のファンになってしまった。
大方の評もそうらしく、この時の彼女の演技は名演として語り継がれている。
2回目は2013年紀伊國屋サザンシアターで。栗山民也演出。
夏子:小泉今日子、樋口多喜:三田和代、花蛍:若村麻由美、稲葉鑛:愛華みれ、樋口邦子:深谷美歩、中野八重:熊谷真実。
若村麻由美の美しい幽霊が客席を魅了し、熊谷真実の、後半の威勢のいい演技が印象的だった。
さて、今回。(ネタバレあります注意!)
前回と同じ役の若村麻由美と熊谷真実は、いずれも、変わらず達者な演技を堪能させてくれた。
母親・樋口多喜役の増子倭文江は、後半、ぐっと老けた演技が特にいい。
井上は年寄りのセリフを書くのもうまい。いかにもそれらしい。
ラストで、評者はこれまで母親に怒りを覚えていたが、今回なぜか怒りが薄らいでいて我ながら驚いた。
夏子に続いて母もあの世の人となり、次女の邦子が借金取りから逃げるために仏壇を背負って引っ越す様を見て、母は思わず声をかける。
「邦子!世間体なんてどうでもいいんだよ!」
生前、世間体ばかり気にして娘たちを縛りつけていた母のこの言葉を聞いて、そばにいた夏子たちは驚くが、さらにその後、最後に母は声を振り絞って言う。
「幸せにおなり!」
彼女が初めて母親らしい言葉をかけた瞬間だった。
こちらはもう涙が止まらない。
前々回と前回は、「遅いんだよ!娘たちが不幸になったのは全部お前が悪い!」と怒り心頭だったが。
だって彼女は貧乏なくせに見栄っ張りで、親戚や知人が訪ねて来ると、鰻重を取ってご馳走したりしていたのだ。
娘たちは内職に追われ、借金取りに怯えて暮らしていたというのに・・。
だから、今回どうしてこういう心境の変化が起こったのか、我ながらわからない。
増子倭文江の演技ゆえか、評者が年を取ったせいか。
この後、邦子はどんな人生を送ったのか。
姉の夏子は24歳で亡くなった。
母が死んだ時、邦子はいくつだったのだろう。
まだ人生は始まったばかりなのに、すでに莫大な借金を背負わされて・・。
本当に可哀想だ。
肩に背負った大きな仏壇が象徴的だ。
邦子役の瀬戸さおりは声がいい。演技もまっすぐでひたむきで好感が持てた。
夏子はと言えば、彼女も真面目で親に逆らえない「良い子」だった。
命を削って書き残した小説群。目が悪く、ひどい頭痛に悩まされ、最後は病気のため、夏でも猛烈な寒気に苦しんだ。
小学校中退。恋もしたが成就せず、辛いことばかりの人生だったように見える。
だが、この芝居を見た後で知ったことだが、彼女は短い生涯の中で、作家としても人間としても急速に成長を遂げていたらしい。
恋する人と別れることも、自ら決断したのだった。
人生は長さではないのかも知れない。
馬齢を重ねる我々凡人と違って、彼女は24年間を濃密に生きた。
与えられた才能を厳しい修行によって開花させ、命を燃焼し尽くしたのだ。
そして彼女は自分の才能を自覚していた。作家として成功もおさめ、手応えを感じていた。
作家としての令名が高まると、他の作家たちとの交流も楽しんだらしい。
この戯曲では主に辛く苦しい面が描かれているが、彼女の人生の、そういう明るい側面を最近知り、救われる思いがしている。
夏子役の貫地谷しほりは期待通り。
若さと知性があり、しかもなお因習に押しつぶされそうな辛さが伝わってくる。
これで3人の夏子を見た。
原田美枝子、小泉今日子、そして貫地谷しほり。
みなそれぞれ個性的でよかった。
今回の座組は、あるいは決定版かも知れない。
ただ、評者が見た日に、何人かがセリフをとちって言い直したりかぶったりしたのが残念。
芝居は一種の魔法なのだ、と改めてわかった。
そういうことが起こると、それまで客席にかかっていた魔法がふっと解けてしまうのだった。
もちろん少したてば、またじわじわと魔法が客席を覆うようになるけれど。
激動の明治に生を受け、若くして樋口家の戸主となった一葉(本名・夏子)。
女性でありながら母・多喜と妹・邦子との暮らしを守るために小説を書いて生計をたてることを決意する。
苦悩やしがらみと向き合いながら筆を執る彼女の前に現れたのは幽霊・花蛍。
一葉と花蛍のユーモア溢れる交流を軸にした、ある時代を生きた女性6人の物語。
好景気で浮かれる上層と下層の間で、美しい文体で時代とともに生き抜いたあらゆる階級の女性たちの頂上から底までを見た一葉・・・。
24歳6ヶ月の若さでこの世を去るまで多くの名作を発表した夭折した天才女流作家の‘‘奇跡の14か月とは・・・(チラシより)。
主催者に注文あり。「女流作家」という、もはや死語に近い言葉をチラシに載せるのはやめて下さい!
これまで2回見たことがあり、2回目は栗山演出だったので今回はパスしてもよかったが、貫地谷しほりが主役の夏子をやるというので
彼女目当てで出かけた。
初回は1991年7月。サンシャイン劇場で、演出は木村光一。
夏子:原田美枝子、花蛍;新橋耐子、稲葉鑛:三田和代、樋口多喜:佐々木すみ江、樋口邦子:あめくみちこ、中野八重:風間舞子という座組。
この時、一番印象に残ったのは幽霊の花蛍を演じた新橋耐子。いっぺんで彼女のファンになってしまった。
大方の評もそうらしく、この時の彼女の演技は名演として語り継がれている。
2回目は2013年紀伊國屋サザンシアターで。栗山民也演出。
夏子:小泉今日子、樋口多喜:三田和代、花蛍:若村麻由美、稲葉鑛:愛華みれ、樋口邦子:深谷美歩、中野八重:熊谷真実。
若村麻由美の美しい幽霊が客席を魅了し、熊谷真実の、後半の威勢のいい演技が印象的だった。
さて、今回。(ネタバレあります注意!)
前回と同じ役の若村麻由美と熊谷真実は、いずれも、変わらず達者な演技を堪能させてくれた。
母親・樋口多喜役の増子倭文江は、後半、ぐっと老けた演技が特にいい。
井上は年寄りのセリフを書くのもうまい。いかにもそれらしい。
ラストで、評者はこれまで母親に怒りを覚えていたが、今回なぜか怒りが薄らいでいて我ながら驚いた。
夏子に続いて母もあの世の人となり、次女の邦子が借金取りから逃げるために仏壇を背負って引っ越す様を見て、母は思わず声をかける。
「邦子!世間体なんてどうでもいいんだよ!」
生前、世間体ばかり気にして娘たちを縛りつけていた母のこの言葉を聞いて、そばにいた夏子たちは驚くが、さらにその後、最後に母は声を振り絞って言う。
「幸せにおなり!」
彼女が初めて母親らしい言葉をかけた瞬間だった。
こちらはもう涙が止まらない。
前々回と前回は、「遅いんだよ!娘たちが不幸になったのは全部お前が悪い!」と怒り心頭だったが。
だって彼女は貧乏なくせに見栄っ張りで、親戚や知人が訪ねて来ると、鰻重を取ってご馳走したりしていたのだ。
娘たちは内職に追われ、借金取りに怯えて暮らしていたというのに・・。
だから、今回どうしてこういう心境の変化が起こったのか、我ながらわからない。
増子倭文江の演技ゆえか、評者が年を取ったせいか。
この後、邦子はどんな人生を送ったのか。
姉の夏子は24歳で亡くなった。
母が死んだ時、邦子はいくつだったのだろう。
まだ人生は始まったばかりなのに、すでに莫大な借金を背負わされて・・。
本当に可哀想だ。
肩に背負った大きな仏壇が象徴的だ。
邦子役の瀬戸さおりは声がいい。演技もまっすぐでひたむきで好感が持てた。
夏子はと言えば、彼女も真面目で親に逆らえない「良い子」だった。
命を削って書き残した小説群。目が悪く、ひどい頭痛に悩まされ、最後は病気のため、夏でも猛烈な寒気に苦しんだ。
小学校中退。恋もしたが成就せず、辛いことばかりの人生だったように見える。
だが、この芝居を見た後で知ったことだが、彼女は短い生涯の中で、作家としても人間としても急速に成長を遂げていたらしい。
恋する人と別れることも、自ら決断したのだった。
人生は長さではないのかも知れない。
馬齢を重ねる我々凡人と違って、彼女は24年間を濃密に生きた。
与えられた才能を厳しい修行によって開花させ、命を燃焼し尽くしたのだ。
そして彼女は自分の才能を自覚していた。作家として成功もおさめ、手応えを感じていた。
作家としての令名が高まると、他の作家たちとの交流も楽しんだらしい。
この戯曲では主に辛く苦しい面が描かれているが、彼女の人生の、そういう明るい側面を最近知り、救われる思いがしている。
夏子役の貫地谷しほりは期待通り。
若さと知性があり、しかもなお因習に押しつぶされそうな辛さが伝わってくる。
これで3人の夏子を見た。
原田美枝子、小泉今日子、そして貫地谷しほり。
みなそれぞれ個性的でよかった。
今回の座組は、あるいは決定版かも知れない。
ただ、評者が見た日に、何人かがセリフをとちって言い直したりかぶったりしたのが残念。
芝居は一種の魔法なのだ、と改めてわかった。
そういうことが起こると、それまで客席にかかっていた魔法がふっと解けてしまうのだった。
もちろん少したてば、またじわじわと魔法が客席を覆うようになるけれど。
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