前日の20日に行ってきました。
案山子もお迎えてくれます。
彼岸花も満開です。
さて、今年のアートは何かな?
ちょっと遠くてわかりませんが、当日は観覧用の足場がかけられるそうです。
アートは分解写真にしました。
めし丸(君)は、福岡県産のお米のブランドです。
今年のアートはとても手の込んだ作品でした。
9/15台風の接近で今にも雨が降りそうな天気です。今日は先日買ったゴアテックのレインコート持参のウオーキングです。
JR西条駅発7:40で三原駅へ。三原から呉線に乗り換え竹原駅へ。竹原駅から広島行芸備バス「かぐやひめ号」で昨日ゴール地の横大道へ。横大道着9:35。
昨日はホテルに戻り早めにベッドにつきましたので体調も絶好調です。竹原は昔塩田で栄えた町です。
横大道からなだらかな坂を上っていくと
「河原坂峠」に差し掛かりました。
石畳の道もありますが、草が1.5mぐらいの高さまであり歩くのが非常に困難です。まるで道なき道を歩いているようです。
ここは急坂のため雨が降ったら峠道が河原のようになるということからその名がついたそうです。
時にはポールで草をかき分けたり走って駆け抜けたりしました。
30分ぐらいかけ峠を下りてきました。
県道49号線に出てそれを歩きますと国道2号線サテライト山陽の「日名内」交差点に合流します。
旧街道はこのサテライト山陽に向かって「やねこい山道」に行きますが、資料を調べていますと私有地の上、倒木や多量のごみがあり通行が困難と書いてあります。
また、見る所もないのでそのまま2号線を歩きます。
街道は本郷町南方に入ってきます。本郷町の観光案内版を見てみると1400年前の古墳などがあるみたいです。
本郷町は平成17年久井町、大和町と一緒に三原市に合併しました。
三原市には御年代古墳(本郷町)をはじめとして縄文・弥生・古墳時代の遺跡が残されており、古くから人びとの生活が営まれていたことがうかがえます。
平安時代には、楽音寺(本郷町)や昭和30年代まで続いた杭(久井町)の牛市など今に残る歴史資源が創設されたほか、
沼田庄や杭の庄等の荘園が経営され穀倉地としての役割を果たしてきました。(三原市HPより)
2号線追分から進みニホンケミカルの所から左折すると「南方神社(宗長神社)」があります。
ここには二本松古墳の石棺が残っています。
更に進むと「貞丸古墳」の大きな看板があります。
「御年代古墳」(みとしろ)
明治28年(1895)国道改修工事により発見された。石棺は屋根型で非常に優美に削られている。6~8世紀の間にわが国で流行したもので7世紀中ごろの築造と考えられる。(案内板より)
またここから発見された須恵器は東京博物館に展示されている。
この付近には他にも大きな古墳があり沼田川沿いに豪族がいたのであろうか?
「南方村役場跡」
明治22年豊田郡南方村が発足し昭和29年に本郷町に合併されるまでここが町の中心だった。この役場の北側に茶屋があったという。
街道を歩くと大きな家が目につく。
右側に大きな石碑が建っている。
よく見ると書が内閣総理大臣 池田勇人となっている。そういえば池田元総理は竹原市の出身だ。昭和35年の建立。
「横見廃寺跡」
ここが芸備地区の仏教文化の発祥の地。寺域は東西100m、南北80mもあり白鳳時代(7世紀後半)の寺院跡。
本郷中学校の横の道を行くと「梅木平古墳」(ばいきひら)があります。
広島県最大の横穴式石室(全長13.25m ・幅3.1m ・高さ4.2m)7世紀初め頃の古墳で、山腹を切り開いて巨石を積み重ねてあり、古代豪族の勢力の大きさを示している。
6世紀後半から7世紀始めの築造。沼田川を治めた豪族の墳墓と言われている。
石室の入り口には音声ガイドがありスイッチを押すと説明が流れます。
「甑天満宮」
住民の方のお話を聞けばこの辺り昔は海だったそうです。今でも掘ってみると貝殻などが出てくるそうです。道真公は船で立ち寄られたのでしょうか?
甑天満宮を進むと国道2号線に合流します。
沼田川(ぬたがわ)の甑橋を渡り、左に行ってすぐ右折しなくてはいけない所まっすぐ行ってしまいました。
地図を見ると先の方で街道に合流するのでそのまま歩きます。
山陽道は標識が少なく時々迷うときがあります。
みると左手に大きな建物が・・・・・・
これは本郷生涯学習センター、図書館です。
懸念されていた雨が降り始めました。まだ雨具をつけるまでにはいきませんが今日は三原までの行程ちょっと急がねば・・・・・
本郷宿の本陣は、本郷駅の北側の住宅地の一角にありました。
横がお医者さんで現在誰も住んでいないそうです。
本郷駅の近くには酒造屋、醤油屋さんなどがあったそうですが、何も残っていませんでした。
「円光寺」
本郷で一番大きなお寺です。
「仏通寺」道標
応永4年(1397年)小早川春平が唐(中国)にわたって修行した名僧愚中周及禅師を迎えて建てた寺。日本屈指の禅道場として知られ、企業や学校等の研修の場として多くの人が訪れる。
堂塔伽藍が古い杉木立に囲まれて立ち並び、夏の新緑、秋の紅葉時は、大変素晴らしく、多くの観光客で賑わう。(広島観光ナビより)
先を急ぎましたのでパスしました。
時間も2時近くなってきました。雨は止むどころか本降りになってきました。
お腹も減ってきたしどこか食堂はないかなと探すと街道沿いに小さなお好み焼き屋さんが・・・・・
そういえば昨日はお昼を食べていないので終盤バテたのではないでしょうか?食堂はおろかコンビニもありませんでしたから・・・・・・
食堂のおばちゃんは宮崎西都のご出身だそうです。先日も法要で九州を廻ってきたそうです。テレビでは広島VS巨人の試合が放送されており広島が先制すると喜んでおられました。
お腹もいっぱいになり、ここでゴアテックのレインコート、防水の帽子をかぶって再び出発します。
本郷で一番大きい寺「西念寺」を抜け「吉国神社」を通り納所橋の手前で2号線に合流。
再び「本市橋」から山陽線の踏切を越え旧街道を歩きます。それから沼田防災センターの看板から三原バイパスの橋梁の下を通り沼田川沿いに歩きます。
「定屋大橋」の信号を左折すると広島大学の付近に「道標」が建っています。是従東 備後国、是従西 安芸国」と記されています。
このまままっすぐ歩いていくと新幹線の高架が見えてきました。
このガードを潜ると三原城内に入るのですが、今日はもう時間も遅くそのままJR三原駅に直行しました。三原駅到着17:08.
今日のGPSです。
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三原駅発17:25で宿泊地西条駅へ
西条では昨日散策したときに食べたいなと思った「美酒鍋」。本当は昨日行く予定でしたが私の体調不良で行けませんでした。
今日こそはと思いお店に入りましたが満席でした。然し10分ほど待たされようやく席に着きました。
これが「美酒鍋」です。
もちろんお酒は「賀茂鶴」です。
しっかり体力も付き明日の最終日に備えました。