ものの価値が上がっている時
資本はそれを可能ならしめた対象
へと一斉に向かい
たちまち輻輳する
状態へと遷移する
値上がりすることが分かっていれば
転売
で生じる差益の確保を狙って
それがもつ市場価値
が次第に増幅されたものとなってゆく
かつて日本で生じていた
あの不動産バブル
を引き起こしたそのメカニズムは
こうして生み落とされたもの
バブル経済のピークは
90年三月であり
その直後の四月の末頃には
ピークアウトしていたことが
実勢価格
で確認されるようになっていた
不動産融資に対する総量規制が
四月一日から
実施されるようになったのだが
それが劇薬
であることを
法制化した当事者
である国会の成員は
誰一人
何一つ
理解してなどいなかった
絶対に値下がりしない
と信じられていた不動産の価値は
90年四月の終わり頃から
値下がりする傾向を強め
資産の長期保有がリスクとなる状況
を成り立たせるようになっていた
事態の急変を霞が関が察知するまで
ほぼ丸二年を要し
永田町が事態の意味を理解するまで
更に一年を必要とした
それほどこの国の指導階級は
経済変化に対して
無知
だった
この期間を
メディアは後に不作為の三年
と呼ぶようになり
その後の失われた二十年
を予告するもの
と位置づけた
日本経済に
一体何が起きているのか
ということすら
理解することができないまま
おろおろと只歩き回る日々を
官僚たちは闇雲に過ごしていた
土地神話が崩壊した事実を見ていながら
バブル経済の発生機序と
崩壊過程の繋がりの関連性を調査しようとせず
教科書となる筈の資料を
内緒で漁っていたのだったが
何一つ発見することは
当然ながら
できなかったのである
この「不作為の三年」と呼ばれた期間は
指導階級のもつ認識能力のレベル
をよく物語るものだった
先行指標となるものが不在であるとき
この国の指導者たちは
決定する意思と
意欲とを
共に失ってしまう
という欠陥に支配されてしまうのだ
この通弊を
指導者階級は権威主義を持ち込んだときから
潜在的にもっていた
実績がなければ
どのような策も
採用しない
という慎重な姿勢が
日本の統治システムには
すっかり
染みついている
この国では
実績を持たない者は
誰からも評価されない
という決まりなのだ
ナショナルチームの監督選びからして
そうなのだ
実績に照らした判断を捨て
異なった道を採択した場合
それを
英断
とこの国では称する
それほど稀な出来事なのだ
バブルの崩壊に学ぶ事例が
この国の指導者たちに
先例を与えていたら
訪れた危機に対応することは
間違いなく
容易であった
だが
資本主義経済の先進国
となっていたそのアメリカで
バブル経済の崩壊など
起きたことは一度もなかった
教科書にない事態に遭遇すると
この国指導者たちは
たちまち狼狽え
判断能力を失ったまま
ただ茫然と立ちつくす
日々に明け暮れすることを繰り返す
模倣と改善は得意だが
突破口を開く行為には
いつの世も
批判的であり続けてきた
バブル経済が潰れた後
何もすることができないまま
座視していた三年間
という無駄な年月を
この国に与えていたのは
常に二番手である心地よさ
に漫然と慣れ親しんできた
固有の文化
とそれが生む歴史の結果
85年の第三四半期から
90年の第一四半期までのあいだ
土地神話を前提とする
不動産価格の上昇
が盤石の態勢で
底堅く維持されていた
そのメカニズムを成り立たせていたものとは
ドル安政策に基づく円買い圧力が
専ら不動産市場へと向かい
投資を投機へと押し上げてきた
その上昇志向が元にある
戦略的な資本の移動
その推進役となっていたのが
ほかでもない中間在庫
土地の価格はもっているだけで上昇していた時代に
土地を仕入れないのは愚かだと思われていた
借金してでも土地を買って置きさえすれば
金利をはるかに超えた収益が
転売する度に勝手に転がり込んでくる
こうして使うあてのない土地に対する投資が募り
欲に目の眩んだ組織と個人が
仮の需要を形成することで
最終消費へとつないでいく
という道筋が作られるようになっていた
仮需が実需を牽引するサイクルが
日本経済に
不動産バブルを連れてきた
不動産融資に対する総量規制の実施は
このメカニズムを
破綻へと追い込むきっかけとなり
仮需を生み出してきた仲介業者のすべてに
追加の融資を受けることを不可能にした
手持ちの資産を売却してからでなければ
次の仕込みをすることができない
という状況がこうして設定され
中間在庫を積み増すことが困難となり
資産の現金化
が必然的に求められるようになった
という経過が土地の価格を
上昇から下落へと転じさせた
価値の増大から一転して
下落基調へとトレンドが変化した
ということが
中間在庫の価値を
持っているだけで減価する
不良債権へと変容させた
これが売り圧力を強めさせる原動力となり
ついには投げ売り状態へと
打ち揃っ陥るよう仕向けさせた
ということになる
これとまったく同じ経過が
原油相場で今おきている変化
中間在庫を増やすことが
損失の原因となったときから
原油相場の下落
が始まった
先安観が市場を支配するようになったとき
資産価値は劣化する運命の支配をうける
大量に抱え込んだ在庫を
処分することができない限り
損失の規模は
時の経過と共に膨れ上がり
損失を増幅する効果で
売りを急がせる環境となる定め
損失勘定への振り替えを避けるには
在庫処分が急務となる
価値を高めるための手段
であった中間在庫の積み増しが
状況の変化で俄かに反転し
損失を速める結果を強要する
という粗末な経過に
欲の深い者供が
それまで市場でため込んできた富を
市場で放出せざるを得なくなってゆく
まことに皮肉な売り急ぎの経過が
こうして産み落とされるようになり
市場は混乱して安定を失い
欲に支配されてきた大勢が
最終的に得た富
以上の損失を蒙る
結果と遭遇する
という決まりが現実のものとなる
中国の株式市場でも
これらとそっくり同じ経過が
今まさにおきている
中国経済が退潮へと転じたということを
共産党指導部が察知してから
一連の変化が顕在化した
ドル安政策が導いた別の結果の一つ
として
人民元の大量発行が外圧で強要され
党指導部は通貨供給権の拡大を受け
一斉に俄か成金となったのだった
世界中で爆買いをする身分を享受し
内需にまったく寄与しない
海外市場での消費を活発に行い
漁夫の利で勝手に増加した資産を
ひたすら消費する風潮を当然視することを許し
世界第二位となった経済力を侍して
世界に影響を与えようと画策し
アジアインフラ投資銀行 AIIBを設立し
受け入れ済の海外資本の増加が
人民元の更なる追加供給を迫るようになり
そこで生じた余資運用の方便として
海軍力の増強と
国内の経済成長を高める目的で
株式市場へと大量の資本を注入し
株価の急激な上昇を演出することによって
中国経済の好況ぶりを世界に示し
相場の上昇を生み出すほどの経済力を
共産党政権が導いている
という姿を見せつけようとして
その計画をさかしらに実行
へと移したのだったが
その思惑はもののみごとに外れてしまい
却って相場の急落を導いた
異常なレベルの株価の高騰は
中国の経済勢成長余力が尚健在である
かのように世界中を一時思わせたのだが
市場原理を理解しない政策であることが
株価操作の形跡から明らかとなり
投資家の不信を呼び込んで
資本の国外脱出を逆に急がせた
このような市場経済を成り立たせている
原理と原則とに背く思慮に欠けた一連の行為が
長年親しんできた計画経済の経験値を優先させ
直接的な官制相場を大陸市場に築かせた
根拠に乏しい経済政策の化けの皮はすぐはがれ落ち
半年で
元の木阿弥へと
相場の水準は
市場の力学によって引き戻された
相場の底が
最終的に確認される時がくるまで
価値の下落圧力は
これからも保たれて推移する
日本でも三年前から官制相場が
株価を高値誘導する動力源となっていた
直近の中国でのケースとは異なっているのは
間接的な方式という違いだけであり
本質は同じもの
株価の人為的な誘導を
公的機関が企てた
という市場原理を逸脱した
一連の資本力に依拠しただけの
道理のない
不自然な相場展開をつくりあげてきたのだったが
株価の持続的下落という経過となって
年明け早々から
思慮を欠いた薄っぺらな経済政策
という意味付けを
アベノミクスへと当てはめた
その点で中国共産党政府の経済認識能力と
権威主義的なアベノミクスを策定した当事者のもつ
経済認識能力とは
図らずも一致する
という点で共通するレベル
にあることが証明された
これにより国民が得た損失が確定し
当事者である政権与党は
責任を取らないまま
またしても
総選挙でみそぎをした
ということになるだろう
国民の不幸は
まさしく
国会の不明
にある
国の不首尾は
国会の成員すべてを対象として
与野党の違いを超えて
平等に存する
無知を恥じる選良が
これまでに一人でもいたのであれば
国の現況は
間違いなく
大きく異なったもの
となっていた
資本はそれを可能ならしめた対象
へと一斉に向かい
たちまち輻輳する
状態へと遷移する
値上がりすることが分かっていれば
転売
で生じる差益の確保を狙って
それがもつ市場価値
が次第に増幅されたものとなってゆく
かつて日本で生じていた
あの不動産バブル
を引き起こしたそのメカニズムは
こうして生み落とされたもの
バブル経済のピークは
90年三月であり
その直後の四月の末頃には
ピークアウトしていたことが
実勢価格
で確認されるようになっていた
不動産融資に対する総量規制が
四月一日から
実施されるようになったのだが
それが劇薬
であることを
法制化した当事者
である国会の成員は
誰一人
何一つ
理解してなどいなかった
絶対に値下がりしない
と信じられていた不動産の価値は
90年四月の終わり頃から
値下がりする傾向を強め
資産の長期保有がリスクとなる状況
を成り立たせるようになっていた
事態の急変を霞が関が察知するまで
ほぼ丸二年を要し
永田町が事態の意味を理解するまで
更に一年を必要とした
それほどこの国の指導階級は
経済変化に対して
無知
だった
この期間を
メディアは後に不作為の三年
と呼ぶようになり
その後の失われた二十年
を予告するもの
と位置づけた
日本経済に
一体何が起きているのか
ということすら
理解することができないまま
おろおろと只歩き回る日々を
官僚たちは闇雲に過ごしていた
土地神話が崩壊した事実を見ていながら
バブル経済の発生機序と
崩壊過程の繋がりの関連性を調査しようとせず
教科書となる筈の資料を
内緒で漁っていたのだったが
何一つ発見することは
当然ながら
できなかったのである
この「不作為の三年」と呼ばれた期間は
指導階級のもつ認識能力のレベル
をよく物語るものだった
先行指標となるものが不在であるとき
この国の指導者たちは
決定する意思と
意欲とを
共に失ってしまう
という欠陥に支配されてしまうのだ
この通弊を
指導者階級は権威主義を持ち込んだときから
潜在的にもっていた
実績がなければ
どのような策も
採用しない
という慎重な姿勢が
日本の統治システムには
すっかり
染みついている
この国では
実績を持たない者は
誰からも評価されない
という決まりなのだ
ナショナルチームの監督選びからして
そうなのだ
実績に照らした判断を捨て
異なった道を採択した場合
それを
英断
とこの国では称する
それほど稀な出来事なのだ
バブルの崩壊に学ぶ事例が
この国の指導者たちに
先例を与えていたら
訪れた危機に対応することは
間違いなく
容易であった
だが
資本主義経済の先進国
となっていたそのアメリカで
バブル経済の崩壊など
起きたことは一度もなかった
教科書にない事態に遭遇すると
この国指導者たちは
たちまち狼狽え
判断能力を失ったまま
ただ茫然と立ちつくす
日々に明け暮れすることを繰り返す
模倣と改善は得意だが
突破口を開く行為には
いつの世も
批判的であり続けてきた
バブル経済が潰れた後
何もすることができないまま
座視していた三年間
という無駄な年月を
この国に与えていたのは
常に二番手である心地よさ
に漫然と慣れ親しんできた
固有の文化
とそれが生む歴史の結果
85年の第三四半期から
90年の第一四半期までのあいだ
土地神話を前提とする
不動産価格の上昇
が盤石の態勢で
底堅く維持されていた
そのメカニズムを成り立たせていたものとは
ドル安政策に基づく円買い圧力が
専ら不動産市場へと向かい
投資を投機へと押し上げてきた
その上昇志向が元にある
戦略的な資本の移動
その推進役となっていたのが
ほかでもない中間在庫
土地の価格はもっているだけで上昇していた時代に
土地を仕入れないのは愚かだと思われていた
借金してでも土地を買って置きさえすれば
金利をはるかに超えた収益が
転売する度に勝手に転がり込んでくる
こうして使うあてのない土地に対する投資が募り
欲に目の眩んだ組織と個人が
仮の需要を形成することで
最終消費へとつないでいく
という道筋が作られるようになっていた
仮需が実需を牽引するサイクルが
日本経済に
不動産バブルを連れてきた
不動産融資に対する総量規制の実施は
このメカニズムを
破綻へと追い込むきっかけとなり
仮需を生み出してきた仲介業者のすべてに
追加の融資を受けることを不可能にした
手持ちの資産を売却してからでなければ
次の仕込みをすることができない
という状況がこうして設定され
中間在庫を積み増すことが困難となり
資産の現金化
が必然的に求められるようになった
という経過が土地の価格を
上昇から下落へと転じさせた
価値の増大から一転して
下落基調へとトレンドが変化した
ということが
中間在庫の価値を
持っているだけで減価する
不良債権へと変容させた
これが売り圧力を強めさせる原動力となり
ついには投げ売り状態へと
打ち揃っ陥るよう仕向けさせた
ということになる
これとまったく同じ経過が
原油相場で今おきている変化
中間在庫を増やすことが
損失の原因となったときから
原油相場の下落
が始まった
先安観が市場を支配するようになったとき
資産価値は劣化する運命の支配をうける
大量に抱え込んだ在庫を
処分することができない限り
損失の規模は
時の経過と共に膨れ上がり
損失を増幅する効果で
売りを急がせる環境となる定め
損失勘定への振り替えを避けるには
在庫処分が急務となる
価値を高めるための手段
であった中間在庫の積み増しが
状況の変化で俄かに反転し
損失を速める結果を強要する
という粗末な経過に
欲の深い者供が
それまで市場でため込んできた富を
市場で放出せざるを得なくなってゆく
まことに皮肉な売り急ぎの経過が
こうして産み落とされるようになり
市場は混乱して安定を失い
欲に支配されてきた大勢が
最終的に得た富
以上の損失を蒙る
結果と遭遇する
という決まりが現実のものとなる
中国の株式市場でも
これらとそっくり同じ経過が
今まさにおきている
中国経済が退潮へと転じたということを
共産党指導部が察知してから
一連の変化が顕在化した
ドル安政策が導いた別の結果の一つ
として
人民元の大量発行が外圧で強要され
党指導部は通貨供給権の拡大を受け
一斉に俄か成金となったのだった
世界中で爆買いをする身分を享受し
内需にまったく寄与しない
海外市場での消費を活発に行い
漁夫の利で勝手に増加した資産を
ひたすら消費する風潮を当然視することを許し
世界第二位となった経済力を侍して
世界に影響を与えようと画策し
アジアインフラ投資銀行 AIIBを設立し
受け入れ済の海外資本の増加が
人民元の更なる追加供給を迫るようになり
そこで生じた余資運用の方便として
海軍力の増強と
国内の経済成長を高める目的で
株式市場へと大量の資本を注入し
株価の急激な上昇を演出することによって
中国経済の好況ぶりを世界に示し
相場の上昇を生み出すほどの経済力を
共産党政権が導いている
という姿を見せつけようとして
その計画をさかしらに実行
へと移したのだったが
その思惑はもののみごとに外れてしまい
却って相場の急落を導いた
異常なレベルの株価の高騰は
中国の経済勢成長余力が尚健在である
かのように世界中を一時思わせたのだが
市場原理を理解しない政策であることが
株価操作の形跡から明らかとなり
投資家の不信を呼び込んで
資本の国外脱出を逆に急がせた
このような市場経済を成り立たせている
原理と原則とに背く思慮に欠けた一連の行為が
長年親しんできた計画経済の経験値を優先させ
直接的な官制相場を大陸市場に築かせた
根拠に乏しい経済政策の化けの皮はすぐはがれ落ち
半年で
元の木阿弥へと
相場の水準は
市場の力学によって引き戻された
相場の底が
最終的に確認される時がくるまで
価値の下落圧力は
これからも保たれて推移する
日本でも三年前から官制相場が
株価を高値誘導する動力源となっていた
直近の中国でのケースとは異なっているのは
間接的な方式という違いだけであり
本質は同じもの
株価の人為的な誘導を
公的機関が企てた
という市場原理を逸脱した
一連の資本力に依拠しただけの
道理のない
不自然な相場展開をつくりあげてきたのだったが
株価の持続的下落という経過となって
年明け早々から
思慮を欠いた薄っぺらな経済政策
という意味付けを
アベノミクスへと当てはめた
その点で中国共産党政府の経済認識能力と
権威主義的なアベノミクスを策定した当事者のもつ
経済認識能力とは
図らずも一致する
という点で共通するレベル
にあることが証明された
これにより国民が得た損失が確定し
当事者である政権与党は
責任を取らないまま
またしても
総選挙でみそぎをした
ということになるだろう
国民の不幸は
まさしく
国会の不明
にある
国の不首尾は
国会の成員すべてを対象として
与野党の違いを超えて
平等に存する
無知を恥じる選良が
これまでに一人でもいたのであれば
国の現況は
間違いなく
大きく異なったもの
となっていた