山野颯想

山野走、山野歩、山野逍遥など、山野にかかわる事柄を中心に記載しています。

むろいけ園地&森の工作館(“ルナサンダル”で歩く)

2021年10月25日 | 山野歩
むろいけ園地の湿性花園

2021年09月12日(日)
『山野歩』
<むろいけ園地&森の工作館>
[コースタイム]
[京阪・私市駅] 6:28 → [星の里いわふね] → (かわぞいの路) → 7:26 [ピトンの小屋] → (さえずりの路) → (つつじの小路) → 7:58 [展望デッキ] 8:08 → [やまびこ広場] → (まつかぜの路) → 8:56 [飯盛霊園・境界鞍部] → [飯盛霊園内] 9:26 → 9:44 [ビオトープ田原の里山・車止め] → 10:09 [堂尾池] → [四條畷野外活動センター] 13:00 → [室池・瓢箪池前]→ (湿生花園) →[森の工作館] → (むろいけ園地内・散策) → [むろいけ園地・四條畷駅への分岐]15:33 → (蟹坂ハイキングコース)→ 16:40 [JR四條畷駅]
◆所要時間:10時間08分
<“ルナサンダル”で歩く>
今日の山野歩の目的は、“むろいけ園地”の散策にあり、久し振りに“森の工作館”にも寄ってみようとも考えていた。
また“ルナサンダル”で、私市から “むろいけ園地”経由で四條畷駅までの地道を上手く歩けるかを確認したいという思考もあった。
私市駅をスタートするときには降っていなかったのだが、飯盛霊園を通り過ぎる頃より雨が落ち始める。
トレッキングポールの使用時には傘は差せないゆえ、山行時には傘を携行しないことにしている。
降り続くので、堂尾池でザックカバーを取りつける。けっして強くはないのだが、Tシャツも濡れ始める。
カッパを着用しようかと思ったのだが、蒸し暑いに違いないと思うとその気にならない。
そうこうしている内に、四條畷市立野外活動センター前にやって来た。
門柱傍に咲いていた白花のニラを撮影するときに、「ここで雨宿りして行こう」と思い立つ。
事務所でその旨を伝えると、本館の入った所に椅子を準備してくださって、「ここに坐って休んでいってください」と仰った。
暫く坐っていたのだが止む気配がない。スマホを見ると、15時には雨が止むという予報ゆえ、此処でお昼を済ませてしまおうと思い、
その旨を伝えると、200円必要ですがと仰って、グランドの常設テントへと案内された。
今日は、ここからホン近くの“むろいけ園地”が目的地ゆえ、急ぐ必要はないと思うと、
結果的には、四條畷市立野外活動センターで2時間近くも雨宿りすることとなった。
野外活動センターを後にするときに、事務所の職員さんに、常設テント奥に数多咲いている花が、何という花なのかを訊ねる。
すると、若い男性職員さんが掌サイズの植物図鑑を持って来て、調べてくださったのだが分からない。
直ぐに、スマホ持ってグラウンドへと走られたもう一人の女性職員さんが帰って来て、「ヌスビトハギのようですね」と教えてくださった。
“むろいけ園地”にやって来たのは13時過ぎ。瓢箪橋は壊れた儘ゆえ、グルッと廻って、久し振りに愉しんだ湿性花園では、
キセルアザミ、ミゾソバ、ツリフネソウ、サワヒヨドリ、ミズトラノオ、ボントクタデ 等が、我が眼と精神を愉楽の世界に導いてくれた。
湿性花園を後にしてやって来たのは“森の工作館”だった。
普段より“森の工作館”の職員さんが作成しているホームページを愉しませてもらっている。
なかでも、工作館植栽と記してある植物だ。もしかすれば今日も何か、新しい植栽植物に出合えるかも知れないと期待していた。
中で男性職員さんと二言三言言葉を交わし、館から出た所で見掛けた花の植物の名前が分からない。
其処で職員さんにその名を訊ねると、「ウドですよ」と教えてくださった。
“森の工作館”を後にして、知っている道、今まで歩いたことがないと思われる道を、方角も分からない儘に歩き続けたのは1時間半ぐらいだっただろうか。
野外活動センターを出るときには小降りではあったが、まだ降っていた雨も何時しか上がっていた。
ところで、購入してから、我が街中歩で日々履き続け、3ヶ月が経とうとしている“ルナサンダル”は、
雨降る道、濡れている山道は不向きのようだ。足裏に小さな石ころが這入ると足にくっ付き上手く取れなくて難義することとなった。

◆かわぞいの路

◆展望デッキ
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藤原岳(下見山行)

2021年10月20日 | 山野歩
2021年08月29日(日)
<藤原岳>
[コースタイム]
[鳴谷神社下・駐車場] 9:00 → [鳴谷神社] → [釣り堀] → [聖寶寺] 9:30 → (聖宝寺道)→ 10:54 [5合目] → 11:14 [6合目] → 11:31 [7合目] → 11:56 [8合目・833㍍] → 12:21 [9合目] → 13:03 [藤原山荘] 13:10 → 13:31 [藤原岳(展望丘ピーク)・1140㍍] 13:55 → 14:16 [藤原山荘] 15:00 → 16:14 [8合目・833㍍] → (大貝戸道) → 18:00 [神武神社下・休憩所] → [鳴谷神社下・駐車場]
◆所要時間:9時間00分
<下見山行>
昭文社の冊子に書かれている「藤原岳は花の名山として知られている」「この山の種類の豊富さは別格だ」
「夏の花の伊吹山に対して春の花の山として多くの人の人気を集めている」などの文章に魅せられ、
来年の春には、その景観を愉しみたいと思い、今日はその下見にいそいそとやって来た。
しかし、その下見山行は、まさに「行きはよいよい帰りは怖い」というそれになってしまった。
数頭のキアゲハが激しく飛翔する藤原岳(展望丘ピーク)からの展望を愉しみ、
藤原山荘へと戻ったときに、こむら返りに陥る。それまでは、こむら返りが生じるかも知れないという兆候さえ無かったのだが。
芍薬甘草湯を1服呑み、ジッと立ち尽くし、痛みが治まるのを待ったのは30分くらいだっただろうか。
その間、小屋周辺におられた小屋の関係者らしき二人の男性の方と言葉を交わす機会があった。
彼等は、開いていた小屋の窓やトイレの扉の戸締りを済ませてから、下山された。
僕が毎朝2時間ほど歩いているという話をすると、僕と同じ24年生まれだと仰った一人の方が語ったことの一つに、
「足を後ろへ蹴るようにして歩くと、脚に負荷がかかって効果的ですよ」というのがあった。
もう一人の方から、塩分を含んだ錠剤を頂戴する。
暫くのことではあったが、二人の方から、藤原岳にかかわる情報等を聴かせて戴くことになったのは、僕にとって至極有益であり、
また、二人の方との会話は、単独行の僕の心中を和ませるものであったのは間違いがない。今日、山中で見掛けた登山者は10数名だった。
本来なら、藤原山荘より天狗岩を往復するつもりであったのだが、我が脚の現実と時刻を鑑みて、その計画は諦めざるを得なかった。
日没までに下山するには、そろそろ動かねばならいと思い藤原山荘を離れたのは15時で、
この時刻、上って来る人は勿論のこと、下山する人も皆無で、おそらく僕が、最後の下山者だったに違いない。
ところで、下山し始めて直ぐに、二度目のこむら返りに陥る。慌てて、芍薬甘草湯を取り出し服用する。
このような状態がその後も続き、8合目にやって来るまでに、今日準備していた4袋の芍薬甘草湯を全部服用してしまう。
もしもこむら返りが生じても、呑む芍薬甘草湯が無いというところで僕は、こむら返りが生じないように、
時々休憩しながら、暗くなりつつある夕暮れの大貝戸道を、極めてゆっくりと用心しながら下った。
設置してあった、鹿対策の網扉より入山して、ホンの暫く急階段を上ると釣り堀が現れた。
そこでは30人以上の方が鱒釣りに興じていた。それより少し進んだところにあった聖寶寺の庭園を見学する。
更に15分ばかり上ると堰堤が現れる。踏み跡が堰堤の上部を下っている。
前方を見ると流れの向こうに踏み跡が見えるので下り始めると、其処にはキク科の花とカリガネソウが数多咲いていた。
流れを渡渉すると、小さな白花のマツカゼソウが現れた。初めは申し訳程度であったのだが、次第にその数は増し、
やがて群生へと変化し、その姿は1時間余りに亘り続いたように思う。
登山道には、テープは少なかったが、道が判然としない所にはトラロープが張られていて、道迷いに陥ることはないように思われた。
また、聖宝道、大貝戸道のいずれにも、2合目、3合目などの標識が設置されていた。



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生駒山縦走路(今日の歩数は40785歩)

2021年06月18日 | 山野歩
2021年05月30日(日)
『山野歩』
<生駒山縦走路>
[コースタイム]
[京阪・私市駅] 6:58 → [星の里いわふね] → (かわぞいの路) → 7:45 [ピトンの小屋] 7:53 → (さえずりの路) → (つつじの小路) → 8:26 [展望デッキ] 8:35 → [やまびこ広場] → (まつかぜの路) → 9:33 [飯盛霊園・境界鞍部] → [飯盛霊園内] 10:38 → 10:57 [ビオトープ田原の里山・車止め] → 11:33 [堂尾池] → 12:17 [むろいけ園地入口] → 12:48 (新池展望広場・大休止) 13:23 → 13:55 [阪奈道路] → (産業廃棄物処理場&農地) → 14:22 [農地終了地点] → (カントリークラブ横) → 14:41 [龍王神・祠] 11:53→12:17[くさか園地生駒縦走歩道分岐地点]→[くさか園地バイオトイレ]→ [灯篭ゲート広場] → 18:00 [辻子谷ハイキングコース北出合] → 18:01 [近鉄・石切駅]
◆所要時間:11時間03分
<今日の歩数は40785歩>
帰宅して、スマホを見ると、今日の歩数は40785歩で、“意外と歩いていないな”というのが実感でありました。
しかし左足の痛みは尋常ではなかった。
毎朝の我が街中歩でも痛む外反母趾は当然なのだが、小指の付け根の膨らんでいる処の痛みは、
歩くに従い次第に激しくなり、石切駅に到着し駅構内を歩くときには、
左足をコンクリートなどの上に素直に置けないという状態に陥っていました。
この痛みを初めて感じたのは、昨年の9月に霊仙山に行ったときだったように思います。やはり老化が原因なのでしょうか。
今朝、私市駅前に立ったときには、高安山まで歩こうという思いがあったのですが、
時間の経過とともに、「暗峠までは行きたいよな」へと変化し、
新池展望広場を後にするときには、「石切駅へ下山しよう」と決めていました。
それは次第に痛みが増す左足のため、歩き続ける自信がなかったからです。
ところで、感染症にかかわる緊急事態宣言の関係で、
“ほしだ園地”や“むろいけ園地”の駐車場は閉鎖されていましたが、
山中で出会うハイカーやランナーの人数は、いつもとあまり変わらないように思えました。
そんな中、足の痛みもあり、それなら森中の景観をしっかりと愉しもうと思い、終始ゆっくりと歩きました。
ほしだ園地で眼に留まり記憶に残るのは、展望デッキから見る緑の中に浮かぶ、誰も渡っていない“星のブランコ”。
そして生き物は、白花のウツギと黄花のニガナ、モンシロチョウ、シジミチョウなどでありました。
次の飯盛霊園ではアゲハチョウとアオスジアゲハに出合いました。
そして黄花のブタナ、白花のヒメジョオン、イネ科のクロチクにも出合いました。
堂尾池へと続く愉楽の道では、ミスジチョウとテングチョウ、ミドリヒョウモン、モンシロチョウが舞い、
ウツギ、ニガナが眼に留まり、
堂尾池へと上るしんどい急坂では、
ノアザミ始め、ヒメジョオン、チガヤ、コウゾリナが僕を励ましてくれました。
堂尾池の辺では、テングチョウ、キショウブ、コウホネ、ニワゼキショウなどが迎えてくれました。
むろいけ園地へ入ってゆく瓢箪池に架かる橋は壊れた儘ゆえ、
右手へぐるっと廻り、駐車場中を通り、湿性花園を通ることなく、やって来た新池展望広場で予定通りお昼にする。
阪奈道路を跨ぎ、産業廃棄物処理場や農地が続くところでは、スイカズラと桃色の真ん丸い花が眼に留まる。
農地終了地点より、生駒山へと続く細い道を進むところでは、
ニワゼキショウ始め、キショウブやカモガヤ、オニタビラコなどが、僕の眼を愉しませてくれました。
そしてだ、やって来た灯篭ゲート広場のベンチに坐っておられた男性から声を掛けられたのです。
その方はなんと、僕と同じ歳で、僕と同じ寝屋川市に住いを構える男性でありました。
彼はベンチに坐っている姿勢で、しかし僕はずっと立った儘の姿勢で、30分以上もの間、話し続けることとなりました。
話題は、僕が苦手とする、政治や国会議員さんにかかわる事柄が主体でした。
ベンチ上には、空になった350mlのビール缶が3缶もありました。
それ以降も、管理道を一緒に歩き、辻子谷ハイキングコース北出合で別れたのです。
彼は、上に車を置いているとのことで、生駒山頂方面へと上って行き、僕は石切へと下山したのです。

(写真・上)星のブランコ

(写真・上)堂尾池

(写真・上)むろいけ園地・新池展望広場
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山の会・歌垣山&小和田山(梅安さんほんとうに有難う)

2021年04月05日 | 山野歩
2021年03月20日(土) 
『山の会』
<歌垣山&小和田山>
■参加者:安部ちゃん、梅安さん、聖子さん、東さん、ゆうさん
[コースタイム]
[奥の院バス停]8:15 → [持経寺] → [真如寺] → 11:03 [妙見奥之院] → 11:33 [堀越峠] → 11:57 [歌垣山]12:05 → 13:00 [歌垣山・山名碑] → 12:44 [歌垣山登山口・バス停] → 12:58 [七面口・バス停(昼食] 13:20 → [涌泉寺] → 13:38 [七宝寺] → 14:32 [釈迦ヶ嶽] → 15:30 [小和田山] → 17:38 [七面口・バス停]
<梅安さんほんとうに有難う>
“小和田山”に登頂したときに、「かつて皇太子がご成婚のころ、雅子妃の旧姓にあやかり登山者が増えたことがあるが、その後は元のやぶ山に戻った」と、
山関係の書籍に記されている文言が話題になった。
そのときに僕が思ったことは、「小和田山に登ったことを、雅子様に手紙でお知らせしたなら、返信を頂戴することが出来るのだろうか」ということであった。
併しだ、毛筆でしっかりと書かねばならないだろうから、僕には無理だろうなという結論に至った。
その“小和田山”を目指して懸命に歩くとき、リーダーの梅安さんから「今、折り返したなら、16時のバスに間に合うよ」という声が掛かった。
併しだ、折角此処までやって来て、登頂することなく引き返すという選択肢は僕にはなかったので、その旨を伝える。
「18時20分のバスでは、帰宅があまりにも遅くなり過ぎる」「皆がかなり疲れているようだ」などの判断が、
リーダーの梅安さんにあったのだろうが、もっとも疲れている筈の僕の、“小和田山”に登りたいという言葉により、“小和田山”山頂を目指すこととなった。
それは、“七面口・バス停”より“釈迦ヶ嶽”経由で“小和田山”を目指した、往路のような山道ではなく、帰路は舗装道路を歩くことになる」という梅安さんの言葉に安堵したからだ。
そして帰路、梅安さんの言葉通り、“釈迦ヶ嶽”への分岐点より舗装道路が現れ、
ずっと歩きよい道が“七面口・バス停”まで続き、“妙見口駅”行きの最終バスまで、1時間近くバス停の椅子坐り待つこととなった。
“奥の院バス停”より“歌垣山”へと向かう行程では、どんな道を歩いたのだろうか、そしてどんな景観中を歩いたのだろうかと考えるが、何故か思い出せない。
これと言って、印象に残るものに出合わなかったのかも知れない。
記憶中にあるのは、歩き始めて、山中の道に入るまでの道すがら、ヒメオドリコソウや仏の座、タチイヌフグリ、タンポポ等が眼に留まったというくらいだろうか。
山中に踏み入ると花に出合うことはなかった。どの辺りだったのかが思い出せないのだが、ルリタテハとヒオドシチョウが僕の眼前を慌ただしく舞った。
ルリタテハを見たのは、もう何年も前に、生駒山系縦走路の四条畷の山中であったのを覚えていて、それ以来だ。
それらの蝶の優雅な姿をカメラに収めたかったのだが、蝶を追い掛ける心身の余裕がなかった。
歌垣山から下山しやって来た“歌垣山登山口・バス停”、それより“七面口・バス停”まで、左右に田畑が拡がる直線道を行くのだが、
其処へ入るまでの村中の道を、誰かがスマホを使って、最短の道を選択して前進した。併しだ、残念ながら僕には出来ない。
そして“七面口・バス停”にあった石段を上ったところに、戦没者碑が建っていて、その広場で、「20分だけ」という梅安さんの指示の下、昼食にする。
“七宝寺”を過ぎて以降、何処かで間違ったらしく、地図には明示されていない道を進んだようで“七面山”を通ることなく“釈迦ヶ嶽”に到着したのはちょっと残念であった。
“小和田山”からの下山時、外反母趾の靴擦れと小指付け根の膨らんだ処が痛み、僕の左足は悲鳴を上げていた。
併しだ、“七面口・バス停”発、“妙見口駅”行きバスの時刻を、“16時02分”から“18時20分”へと変更したことにより、心身ともに余裕が生じ、
それまでなら、開花する花があっても無視していたのだが、それを愉しみカメラを構える心身のゆとりが生まれた。
先ずは、白花壺形のアセビ、続いて淡黄色のシキミをカメラに収める。そしてサンシュユだろうか。
それ以降も樹木の花ばかりで、小さな白の5弁花、淡紅色八重花、桃色八重花と続くが、すべて名前が分からない。里へ下りて来ると、先ずはコブシが眼に入る。
それ以降もバス停到着までに、5種類のサクラと思しき花に出合うが、すべて名称が分からない。そうそう、何処かで沈丁花が咲いていた。
ところで、山の会の皆と山行を愉しむとき、僕は、電車やバスの時刻、その路線、そして山行に要する時間やルートを下調べすることなくやって来て、
ただ皆について歩くだけで、楽をさせて貰っている。それらの殆どを担っているのが、リーダーの梅安さんで、まさに梅安さん様様だ。梅安さんほんとうに有難う。
今日も、梅安さん、東さん、聖子さん、僕、そして最後は、僕の見守り役の安部ちゃんという順番で終始歩き続けた。





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三草山&高岳(二つの山に登る)

2021年03月19日 | 山野歩
2021年02月28日(日) 
『山の会』
<三草山&高岳>
■参加者:安部ちゃん、梅安さん、聖子さん、ゆうさん
[コースタイム]
◆[森上バス停] 8:56 → [稲地口] → 9:28 [慈眼寺] → 10:30 [三草山(564m)] → 10:44 「サイノカミ峠」 → 10:53 [長谷の棚田] → 12:00 [大原神社(昼食] 12:25 → [庚申塔] → 14:23 [高岳(720.7m]14:35 → 15:30 [猪名川変電所] → 16:10 [杉生]
<二つの山に登る>
帰宅して、山行記録を記そうと地図を拡げるが、何処を歩いたのだろうかと思える所が存在する。
例えば、梅安さんが、「ここが日本の棚田百選の“長谷の棚田”だよ」と教えてくれたのだが、
この“長谷の棚田”が地図のどの位置にあるのかが判然としない。また、この棚田が見られる道が、地図にある道のどれなのかも分からない。
それより“大原神社”へと向かったのだが、どの道を歩いたのかも分からない。
それは、持っていた地図を殆ど見ることもなく、ただリーダーの梅安さんの後を終始、懸命に追い掛けるだけの山行になってしまったからだろう。
また、道標が至極少なかったのも、その原因の一つなのかも知れない。
もう其処が、“高岳”だろうという処で道が判然としなくなり、「ちょっと偵察に行って来る」と言って梅安さんが、我々を置いて藪中に入って行った。
暫くして、道を見付けたようで「OK!」の声がかかり、我々も藪中を前進したのだが、それにしても梅安さんは元気だ。
今日は二つの山に登ったのだが、我が身体にはちょっと無理があったようだ。
大原神社から高岳までの、なかでも林道に入ってからの登り道は、かなり辛い歩行となった。
先行く梅安さんと聖子さんの姿を懸命に追うのだが、二人の姿が我が視界から度々消えてしまう。
暫く歩むと、二人が立ち止まり、僕がやって来るのを待ってくれている。この繰り返しだったように思う。
しかし安部ちゃんがいつものように、僕の見守り役として一番後を歩いてくれるので、僕独り置いて行かれることがなく精神的に助かる。
“高岳”から“杉生”への川縁を歩くときに滑ってしまい転倒する。その瞬間に右脚が攣ったのだ。
直ぐに芍薬甘草湯を1袋服用し、脚を伸ばしていると、然程時間を要することなく改善し、
バスの時刻があるので頑張って歩いたのだが、“杉生”まで幸い脚が攣ることはなかった。
“森上バス停”をスタートして、1時間ほどで到着した“三草山”の掲示版に、
「春は早春の花『檀香梅』の開花、夏にはゼフィルスの蝶が舞い、秋には谷々を埋める雲海、冬には猪や鹿の群れ合う姿が見られる」との文言があり、
この中の“檀香梅”とはどんな梅なのだろうかと、帰宅して植物図鑑を紐解くと、
「クスノキ科」「3~4月に、芳香のある黄色の花を開く」等とあったのだが、残念ながら我が眼に留まらなかった。
また、夏に舞うという“ゼフィルス”という蝶はどんな蝶なのだろうかと、蝶図鑑を見るが記載が無い。
そして冬になると群れ合うという鹿については、“大原神社”から“高岳”へと続く林道に、
鹿の脚らしき骨が1本ころがっていたことにより実感する。
併しだ、春ゆえ、如何なる花に出合えるのだろうかと楽しみにしていたのだが、
開花する姿を見たのは、“長谷の棚田”より“大原神社”へと向かう道で見掛けた“白梅”のみで、
なかでも、“高岳”へと続く道は、樹林中を延々と歩くだけで、花どころか視界も利かない閉鎖的な景観であった。

(写真・上)三草山よりの展望

(写真・上)長谷の棚田

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私市駅~ほしだ園地~むろいけ園地~生駒山~枚岡神社(後ろ髪を引かれる思いで“新池展望広場”を後にする)

2021年01月22日 | 山野歩
むろいけ園地内、新池展望広場

2021年01月03日(日)
『山野歩』
<私市駅~ほしだ園地~むろいけ園地~生駒山~枚岡神社>
[コースタイム]
[京阪・私市駅] 7:38 → [星の里いわふね] → (かわぞいの路) → 8:22 [ピトンの小屋] → (さえずりの路) → (つつじの小路) → 8:49 [展望デッキ] 8:52 → [やまびこ広場] → (まつかぜの路) → 9:44 [飯盛霊園・境界鞍部] → [飯盛霊園内] 10:12 → 10:30 [ビオトープ田原の里山・車止め] → 10:54 [堂尾池] → [むろいけ園地入口(ひょうたん池] → (新池展望広場・大休止) → [むろいけ園地・出口] 12:33 → 13:01 [阪奈道路] → (産業廃棄物処理場&農地) → 13:25 [農地終了地点] → (カントリークラブ横) → 13:37 [龍王神・祠(小休止)] 13:40 → 13:50 [とうろうゲート広場] → 14:12 [くさか園地生駒縦走歩道分岐地点] → [くさか園地バイオトイレ] → 14:44 [辻子谷ハイキングコース北出合] → 15:30 [生駒山頂(遊園地内)] → 14:19 [暗峠] → 14:35 [鳴川休憩所] → 17:39 [枚岡神社]
◆所要時間:10時間01分
<後ろ髪を引かれる思いで“新池展望広場”を後にする>
昨日と同様、あの角を曲がれば、次にどんな景色が現れるのかが分かっている愉楽の道を今日も歩いた。
私市駅をスタートするときには、高安山まで行きたいと思っていたが、
“むろいけ園地”の入口となる“ひょうたん池”に架かる橋が改修されることなく、取り壊されていて渡れない。
池を右手より廻って“湿性花園”へ向かおうとしたときに、池で釣りをしておられた一人の方より、
「その道はあかんで」「足元が悪い」「行かん方がええで」との声が掛かった。
そこで、今まで通ったことが無い道をぐるっと廻り込んで、駐車場から“むろいけ園地案内所”を通り、
“森の工作館”前より“むろいけ園地”へと入って行くことになった。そしていつものように、清閑な“新池展望広場”でお昼にする。
此処までに意外と時間を要してしまい、今日の最終到達地点を“高安山”より“枚岡神社”へと変更する。
“新池展望広場”の腰掛けに坐ってパンを食するとき、前方の木陰から一匹の三毛猫が、
僕から3mほど離れた処でまでやって来て、ちょこんと坐り僕を見つめる。
そうこうしていると、僕の後の茂みからももう一匹猫が現れ、前方の猫と同じように3mほど離れた処までやって来たのだ。
僕のザック中にはまだパンが残っているのだが、「餌をやるあなたに責任があります」
「野良猫が増えて困っています」などと書かれた案内チラシが貼ってあるので、あげることが出来ない。
以前にはこんな案内が無かったのだがと思いつつ、後ろ髪を引かれる思いで“新池展望広場”を離れようと腰を上げ、ホンのちょっと歩くと、
「これから冬にかけて、園内は氷点下になるときもあり、園内に捨てられて都会育ちの猫は弱ってしまいます。
是非、餌をあげるだけでなく、暖かいお家へ連れて帰ってあげてください。
猫は毎日、餌がないと、園内に既存する、貴重な小鳥、蛙、リス等を食べることになってしまいます。どちらも大切な命です。
ただ餌をやり続け、ここに住まわせることは、生態系を変えていくことになります。猫は山に住む動物ではありません」と書かれたチラシが我が眼に留まったのだ。
併しだ、我が家は猫を飼える環境にはないので、仕方がないよなと思いながら、池の真ん中に架かる中堤を通り“むろいけ園地”を後にする。
昨日より少しはマシになっているのだが、足が痛むこともあり、脚が攣るのも怖いので、ほんとうにゆっくりと歩き続けた。
そして“くさか園地生駒縦走歩道分岐地点”が過ぎて暫く経ったころに出会った御夫婦と思われる二人連れから、
「生駒山頂へは如何行ったよいのでしょうか?」との声が掛かった。
「大阪に住んでいるのに生駒山に登ったことがないので来ました」「住いは茨木です」などと仰ったので、
「これから僕も行きますから、案内しますよ」と言い、“辻子谷ハイキングコース北出合”に到着する。
「これを登って行けば着きますよ」「山頂は遊園地の中です」と告げると、二人は速足で登って行かれた。
ところが、間も無く着いた管理道から上部が登れないのだ。
案内版によると、土砂崩れがあるらしく通行止めで、“あじさい園”の方から登るように書かれていた。
案内にあったその道は、だいぶん南方に進んでから登り返さねばならなかったので、
かなりの時間を要してしまう。結果として、枚岡神社への下り道でヘッドランプが必要になった。

(写真・上)枚岡神社

(写真・上)暗峠・石仏

(写真・上)展望デッキより
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私市駅より黒添池経由で交野山へ(両足の痛みに耐えながら)

2021年01月17日 | 山野歩
交野山頂

2021年01月02日(土)
『山野歩』
<私市駅より黒添池経由で交野山へ>
[コースタイム]
[京阪電鉄・私市駅] 7:30 → 7:49 [月ノ輪滝] → 8:18 [すいれん池] 8:25→ 8:48 [黒添池] 8:55 → [八橋] → 9:33 [くろんど園地ゲート]→ 10:50[交野山] 11:30→ [白旗池] → 12:13 [国見山] 12:18 → 13:16 [JR津田駅]
◆所要時間:5時間46分
<両足の痛みに耐えながら>
昨日は右足の踵のアカギレの痛みが最悪に達していたのだが、
今朝はそれに加えて、左足の外反母趾と、小指の付け根の外側にちょっと膨らんだ処の痛みに耐えて歩かねばならなかった。
なんで外反母趾がこれ程に痛むのだろうかと考え、分かったことがあった。
それは12月に入ってからの、早朝の“我が街中歩”を、大股と速足を意識して二時間程をしっかりと歩き続けた結果、
親指の付け根部分の皮膚が擦れて硬化しているのに暫く前に気付いていた。そして今朝それが裂けたのだ。
しかし小指の付け根の膨らんだ処の痛みは何でだか分からない。
この痛みは、平らなアスファルトやコンクリート上を歩いていると余り感じないのだが、
今日のような岩や石ころの多い凹凸のある道を進むときに、痛みを如実に感じるのだ。
この痛みを最初に感じたのは、9月中旬に霊仙山に行ったときだったような気がする。
上さんの語りから、それは“老化”なのだろうとの結論に至ったのだが、治す術がなく仕方がないことなのだろうか。
何れにしても、今日の山野歩による“歩き初め”は、両足の痛みに耐えながらのそれとなった。両足が痛いので、ほんとうにゆっくりと歩き続けた。
今日歩いた生駒山山系縦走路は、僕にとっては庭みたいな処で、あの角を曲がれば、次にどんな景色が現れるのかが分かっている愉楽の道だ。
今日、言葉を交わした唯一の人、それは20歳代後半の男性であった。
“旗振山”への分岐地点辺りだっただろうか、いつしか僕を追い抜き走って行った人が戻って来て、
「通行禁止と書かれているのですが、通ってよいのですか?」と僕に尋ねたのだ。
「はい問題ないと思います!」と僕は答えたのだが、暫く進むと、「通行禁止」と記された看板が2枚立っていた。さて、何を目的として立てたのだろうか。
その後、どの辺りだっただろうか、彼が僕の後から走って来たのだ。何処かで道を間違えたそうで、何時しか僕は彼の前を歩いていた。
次に彼を見たのは“交野山”の頂だった。そのときの彼の言葉に次のようなものがあった。
「大阪の長居から来た」「“交野山”へは初めてやって来た」「昨日は“二上山” に行って来た」「国見山へは如何行けばよいのか?」
「伏見へ行くには何処を行けばよいのだろうか?」「河川敷を行けばよいのだろうか?」などであった。
最近彼は、生駒山系や金剛山系を廻っていたようで、
“交野山”から“京都一周トレイル”のスタート地点である“伏見”へ行くには、何処を走って行けばよいのだろうかと、考えている様子であった。

(写真・上)国見山からの展望

(写真・上)後ろに竹藪が広がっている
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四石山~昭和山(三角点名・三等 靭峯)

2020年12月18日 | 山野歩
2020年11月29日(日)
『山野歩』
<四石山~昭和山>
[コースタイム]
[JR山中渓駅] 8:40 → 10:29 [四石山] 10:45 → 11:03 [槌の子峠] → (川上新道) → 11:58 [鉄塔] → 12:40 [昭和山] 13:20 → (楠畑川沿いの道) → 14:54 [桜地蔵・バス停]
◆所要時間:6時間14分
<三角点名・三等 靭峯>
今日の目的の頂は“四石山” と“昭和山”であった。前回の山行でマキ谷を詰めて、“四石山”に行く計画であった。
しかし倒木などのために進めず、やむなく撤退したため、“四石山”の頂を踏むことが叶わなかったからだ。
また、地図を眺めていて、四石山の南方にある昭和山が眼に留まる。
“昭和”という名称に何でか分からないのだが、気が引かれたのだ。
そしてもし時間が許すなら、“つづら畑”より、葛畑谷沿いの道より“ボンデン山”を往復したいとも考えていた。
しかしそれはならなかった。その原因は、昭和山頂を踏んだ後、“つづら畑”を目指して下山しているつもりだったのだが、楠畑川の上流に下りてしまったのだ。
何処で間違ったのだろうかと振り返るが分からない。
川上新道を進んだ心算だったが、僕が歩いた道は、踏み跡が途中より明瞭でなくなり、二度引き返す場面があった。それまでと比してテープが少なかったのも事実だ。
山中で出会った人は、昭和山頂で一休みし、もうそろそろ出掛けようかと準備している時に、槌の子峠方面より登って来られた、中年の御夫婦二人だけだった。
お二人は、スマホのヤマップというアプリを利用して、山歩きを愉しんでおられるらしく、「道を間違ったら直ぐに分かるんです」と仰る。
スマホ自体が上手く使えない僕は、このとき初めて、そのアプリ名が“ヤマップ”であることを知る。
僕が歩き始めるとき、「後から追いかけます!」と仰ったのだが、
「堀河ダムの処に車を置いてきた」とも仰ったゆえ、僕と同じ川上新道より下山される予定のようだと認識したのだが、
後から考えると彼等は、“ヤマップ”のアプリ利用ゆえ、僕のように道を間違えることなく下山されたんだろうな、
僕もしっかりとスマホの使用方法を習得しなければならないよなと思うばかりであった。
今日の山行で、どの道を選択すればよいのだろうかと躊躇したのは何度かあるのだが、先ずは、JR山中渓駅から四石山へ向かうときだ。
入山口が分からないので、丁度駅前におられたハイカーと思われる中高年男性に尋ねると、“わんぱく王国”への入口まで連れて行ってくださった。
“わんぱく王国”に入って行くと、イベントの準備をしておられるスタッフさんがおられたので、「ここから四石山へ行けるのですか?」と問うと、
「四石山という山は分かりません」という返事、しかし先ほどの中高年男性が仰った如く、その儘暫く坂道を上って行くと、
四石山と書かれた道標が現れたので、安堵して進むこととなった。
併しだ、四石山へは予想外の時間を要してしまう。予定所要時間が1時間20分の筈が1時間50分も掛かってしまったのだ。
今朝は何となく体調が芳しくなかったのだが、その所為か、最初からかなりしんどい歩きとなった。
次は、“槌の子峠”より“昭和山”へ向かう時だ。
まったく視界の利かない樹林中の道、林中の道が続き、途中、道が判然としない処が何度かあった。
それ故、撤退するときの為に、後を振りかえり振り返り、テープを確認しながら歩いたのを覚えている。
そして最後は前述のように、昭和山からの下山時に、川上新道を進んでいる心算だったのだが、
結果的には“つづら畑”に到着出来ず、桜地蔵着になってしまったのだ。ほんとうに情けない思いが心中に溢れた。
ところで、昭和山の頂に“三角点名・三等 靭峯”という名札が掛かっていたのだが、この“靭峯”とはどういう意味なのだろうか、解らない。

(写真・上)昭和山からの展望


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犬鳴山温泉~城ヶ峰~お菊山(笹峠でテングチョウに出合う)

2020年12月11日 | 山野歩
2020年11月22日(日)
『山野歩』
<犬鳴山温泉~城ヶ峰~お菊山>
[コースタイム]
[犬鳴山温泉] 8:30 → 10:10 [城ヶ峰] → (鎌尾根) → 11:29 [ササ峠] 11:45 → (殿尾山) → 14:00 [お菊山(お菊松)] 14:15 → 15:07 [蓮信寺] 15:28 [東小学校前・バス停] → (マキ谷) → 16:50 [東小学校前・バス停]
<笹峠でテングチョウに出合う>
昭文社の地図と現地の道標とが、何となく一致しない山行となったように思う。
僕が道標を見落としたのかも知れないのだが、地図にある“滝ノ池分岐”も“昭和池分岐”も、そして“畔ノ谷分岐”も確認していない。
先ずは入山時であった。
犬鳴山バス停から、車道を500㍍ほど歩いた処右手に、“林道・生草線”と記された高さ30cmほどの小さな石柱が立っていて、それより細道が右手山手へと斜上している。
地図に、“生草谷”とあるのだが、これが“城ヶ峰”へと続く道だという確信は無かった。
しかし、もし間違っていたなら、戻って来ればよいとの思考で前進すると、10分くらい歩いたときに、“城ヶ峰→”と書かれた道標が現れホッとする。
ここが地図にある“鎌尾根”みたいやなという尾根筋を歩き、順調に笹峠までやって来たが、その後の道は、地図のどの辺りを歩いているのかが分からなくなる。
それ以降、関西電力による工事現場が三ヶ所に亘り点在していて、其処には借歩道が設けられていた。
この関係で分岐地点や道標が見えなくなっているのかも知れないよなと思いつつ歩き続けると、“← 絶景です 馬の背・殿尾山”と書かれた板が眼に留まった。
その方向へとホンの少し歩みを進めると、大阪南部の街と大阪湾、そして関西空港が一望のもとに見渡せる処に飛び出した。
此処が殿尾山なんだろうかと思ったが、何ら標識が無かった。
それより1時間余り、やっとのことでお菊山に到着したのだが、お菊山が近づいた処で、二組の中年男女二人連れが前方よりやって来た。
彼等は今日歩き始めて初めて出会う人であった。併しだ、彼等4人ともがリュックサックなどのバックの類を何にも携えていなかった。
お菊山には、僕と同年代と思われる堺から来たという、女3人と男1人の4人連れのハイカーがおられ、ホンの少し言葉を交わす。
暫くすると彼等は西方へと進まれた。間も無く僕も西方へと歩き始めたのだが、直ぐに現れた道標に、真っすぐは“堀川ダム”、右手は“新家”と書かれている。
ここが“畔ノ谷分岐”なんだろうかと思ったが分からない。
僕の目的地は東小学校ゆえ、さて、どちらを選択すればよいのだろうかと、地図を眺め躊躇していると、僕と同年代と思われる独りの男性がやって来られた。
其処で男性に、「東小学校という処に行きたいのですが?」と訊ねると、
「東小学校なのかどうかは分かりませんが学校はあります」と言って、“←お菊松―金熊寺→”と書かれた道標まで連れて行ってくださり、
「この道を一度歩いたことがあるのですが、途中にお寺があり、急坂を下って行くと、学校の近くに出ます」と教えて戴く。
地図を見ると、“金熊寺”は東小学校から至近距離ゆえ、安堵して男性が仰る通りに、その道を愉楽の精神で歩いた。
それより40分ばかり進むとお寺が現れ、男性が仰った通りの急坂を下り、暫くで東小学校前バス停到着。
予定よりも半時間ほど早く到着したので、計画通り、マキ谷に沿って、四石山を目差した。
“老人施設せんわ”という建物の裏を通って山中に入って行ったのだが、それからが大変だった。
最初はそうでもなかったのだが、途中より、倒木が現れたり、雑木林に行く手を阻まれたりして、それらを潜ったり跨いだりの連続となったのだ。
前進するのを諦め引き返そうと決断したのは16時が廻ってからであった。
足下に水溜りというか池があるようにも見えるのだが、薄暗くて明確に見えない事態に危険を感じ、この儘前進しても日没前に“四石山”に着かないだろうとの判断があった。
“四石山”に行けなかったことを残念に思いながら、“東小学校前”バス停のベンチに坐り、18時06分のバスがやって来るのを待った。
しかしバスがやって来るまでに1時間以上もあるし、寒気を覚えたので、歩いて“和泉砂川駅” へ行けば身体は温まるだろうと思い、
次のバス停を通り過ぎ暫く歩いたのだが、現れた交差点で、どちらの道を選択すればよいのかが分からない。
とっぷりと日が暮れてしまい、老眼の我が眼では道路標識の文字が読めない。仕方なく、金熊寺のバス停まで戻り、バスがやって来るのを待つことにする。
ところが、ポツリポツリと雨粒が落ち始めたのだ。さて如何したもんかなと道路の向こう側を見ると、駐在所があるではないか。
其処で、バスが来るまで駐在所で雨宿りさせて戴こうと、駐在所に飛び込んだ。
すると、警察官が住いより出て来られ、バスが来るまでの少しばかりの時間ではあったが、警察官より周辺の情報を頂戴することとなった。
「“老人施設せんわ”という処から山に入り、“マキ谷”を詰めたのですが、道が分からないし暗くなってきたので、戻って来ました」と警察官に話すと、
「戻って来られたのは、懸命な判断です」「いつの地図を見ているのですか?」「老人ホームの裏の道はあきません」などと仰った。
その警察官が仰った話題の中に、近くの山で最近起こった二つの遭難事件があった。
一つは、僕よりの年配の男性が、二晩下山できなかったという遭難事件。
もう一つは、小学生を連れた30代の男性が、自宅に戻らないので、捜索した結果、展望台で見つかったという事件であった。
また、どの辺りからだったのだろうか、笹峠の手前くらいから、延々と続いた松茸山、そこには「入山禁止」や「入ったら罰金」などと書かれた張り紙が掲示してあったのだが、
僕が、“畔ノ谷分岐”と思われる処で、どちらの道を選択すればよいのだろうかと躊躇しているときに、“←お菊松―金熊寺→”と書かれた道標まで連れて行ってくださった男性が、
「山主に質の悪いのがいて、ハイキングコースに、わざと松茸を置いといて、
それを取った人に、警察に行くか、それとも罰金を払うか!と脅して、100万円請求するらしい」と仰ったのだ。
「それはほんとうの話ですか?」と返すと、「ほんとうです」と答えた。
今日、僕の眼を捉えたのは二つの生き物だ。その一つは、“笹峠”で一休みするときに、一頭の蝶が翔んできて近くの葉っぱに停まった。
その蝶とはテングチョウで、11月末に生きているなんてと思うと愛らしく思えて仕方がなかった。
もう一つの生き物とは、“蓮信寺” の石垣に咲いていた黄花の“アオヤギバナ”だ。



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打上川治水緑地より寝屋川公園へ(腰痛を治したいという一念で歩く)

2020年11月30日 | 山野歩
2020年11月14日(土)
『打上川治水緑地より寝屋川公園へ』
<腰痛を治したいという一念で歩く>
朝4時59分のスタート。いつもの道を行く。
打上川治水緑地には東方より入り、先ずは外周路を、続いて内周路を一周ずつ歩いて、東方より緑地を離れ、往路より帰る。
帰路、三井が丘に入ったところで、Mさんが僕を追い抜き、見てる間に後姿が我が視界から消える。
彼は歩くのがほんとうに速い。帰宅したのは7時頃だっただろうか。
そして今日は、皆の夕飯を作る必要がなく、僕と上さんの二人だけの分を作ればよいゆえ、14時よりまた歩きに出掛ける。
三井が丘を抜けて、十月桜の道を通り、打上川治水緑地には朝同様、東方より入り、
先ずは外周路を、続いて内周路を一周ずつ歩いて、サッカーの少年チームが集うグランド横を通り、南方より緑地を離れ、寝屋川公園へ向かう。
寝屋川公園に到着したのは15時50分頃。先ずは中央公園の南にある高架橋に上り、東方へと向かう。
管理事務所前より寝屋古墳到着。帰路はそれより打上川右岸を辿り、第二京阪道路・高架下を通ったのは、16時半頃だっただろうか。
その儘、打上川に沿って歩き、16時40分過ぎに、再び打上川治水緑地に入る。
夕刻がもう其処に迫っているので、近道を選択し、三井が丘を抜けて帰路につく。我が家着、17時22分。
今日は、午前と午後合わせて、延べ5時間20分を、腰痛を治したいという一念で、ほんとうにゆっくりではあったが歩き続けた。
今日、僕の眼に留まった最初の花は、三井が丘の住宅地花壇に咲いていた白と黄の二種類のキク科の花だ。
なかでも黄花は、先日、JR山中渓駅から岬公園駅へと歩いたときに、岬公園駅までもう30分ばかりという所でカメラに収めた黄花によく似ていた。
カメラに収めてパソコンに取り込み参照することで、同じ花であることが判明。
次は十月桜で、最初に気付いた9月下旬の頃と比して、開花する数がかなり増えたという感じだった。


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