怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

又吉直樹「人間」

2021-05-22 21:25:48 | 
「火花」「劇場」に続く又吉直樹の作品ですが、又吉の太宰治への傾倒ぶりがよく分かる小説です。

さすが芥川賞作家なのですが、それにしても小難しい。
毎日新聞に連載されたものなのですが、どちらかと言うと新聞小説はワクワクしながら読む類のものだと思うのですが、毎日、朝これを読むのは結構しんどいのでは。確か高村薫の「晴子情歌」だったか日本経済新聞に連載していたのだがあまりに観念的というか朝の連載にそぐわないと言うので連載打ち切りで騒ぎになったことがあったと思うのですが、単行本で続けて読むのなら問題なくても毎日少しづつと言うには、切れが悪いというか重いというかコマ切れの前回の分を思い出すのがしんどい…
それでも単行本で読んでみたので、その重さやしんどさを楽しみつつ350ページ余りの本を、さすがに一息1日では無理でしたが2~3日で読むことができました。
主人公の永川が若き何者でもない時を過ごしたハウスという芸術家の卵の集まる梁山泊のようなアパート?下宿?での日々の回想から始まります。漫画家で言えば「トキワ荘」とか最近話題の若き日の竹宮恵子と萩尾望都が住んでいた「大泉サロン」とか。金がないからか若手芸人でもルームシェアしている話をよく聞きます。多分又吉本人とか近しい人にも似たような経験があってその雰囲気を色濃く反映しているのでしょう。
自意識だけが高くて、世間からは評価されず、評価されないのは世間が悪いと尖がって、それでも夢を諦めず、毎日飲んだくれて過ごす日々。ここではナカノタイチと言う俗人を狂言回しに、今は細々と文章とイラストを書いている永川を中心に物語は進みます。彼が世に出るきっかけになった「凡人Aの罪状は、自分の才能を信じていること」という作品。意味深なタイトルです。この作品が注目されて本を出すことになるのですが、なかなか書けない永川があるきっかけで仕上げることができます。その事情を巡ってこのハウスのリーダー役の飯島と当時付き合っていためぐみ、そして仲の良かった奥と人間関係が絡み合って悲劇的な展開に。結局この事件がきっかけで永川はハウスを出ます。
それから何年かたって、奥は影島というお笑い芸人になっていたですが、彼は本も出し評判になっていた。このあたりの芸能界の事情とかは又吉自身が芥川賞を受賞して以来の経験したこと感じたことがぶつけられています。影島も永川も又吉の分身で、受賞以来日々考え、思い、感じ、違和感を感じつつ戸惑っている自分自身を二つに分けて議論をさせている。お笑い芸人を続けながら作家としても執筆を続けていくことのしんどさと苦悩を正直に吐露していると思うし、周囲もどう扱っていいかと悩みつつ対応しているのだろうけど、その扱いが本人にもわかるだけに余計悩ましくなる。その葛藤を太宰治の「人間失格」を媒介に二人に語らせている。それにしても太宰が「人間失格」を執筆してから7~80年以上たつのだろうが、そこに表現されている苦悩は現代に生きる私たちの心に響き、表現者としての又吉の苦悩にシンクロしている。時を超えて色あせない文学のすごさを改めて感じます。
永川と影島のバーでの議論は又吉の太宰へのオマージュと言っていいのだろうが、力が入っているので読者も気合を入れて読まないといけない。
最後の章は影島は失踪してしまい表舞台から去るのですが、永川の書いた作品が賞を受賞して父の故郷の沖縄でお祝いのパーティーを行う話になります。子どもの頃からの思い出を交えながらに沖縄で独り暮らしの父と大阪で暮らしている母との何処となくハチャメチャでおかしな関係が親類縁者とともに描かれていて、沖縄の濃密な人間関係と風土が感じられてホッとします。ここで癒されつつも、また悩み深い生活に戻っていくのだろうと思わせて、いささかカタルシスのない終わりですが、歯切れは悪いのですがそれでも生きていく、それが人間と言うことでしょう。



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2 コメント

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Unknown (元の木阿弥)
2021-05-23 00:30:55
高村薫の連載が途中打ち切りになった小説は「新リア王」です。
Unknown (元の木阿弥)
2021-05-23 00:37:51
私も日経新聞に電話して、文句をつけた口です。

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