怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

なだいなだ「しおれし花飾りのごとく」「間切りの孫次郎とそのクルーの物語」

2021-10-07 07:16:52 | 
なだいなだの仕事は評論とかエッセイが中心だと思われていますが、小説も書いています。
先日暇に任せて久し振りになだいなだを読み返していたのですが、勢いで家にあった小説も読んでみました。

多分ほとんどの人は知らない小説だと思いますが、なだいなだに心酔していた二十歳前後の身としては、これは読まなければいけないと買った本です。多分あまり売れなかったし、評判にもならなかったと思うのですが、私の記憶には残っています。正直言って小説としてはもう少し工夫の余地があったかも。そこは、もっともらしく嘘をつけるかどうかのストーリーテラーとしての資質なのでしょうか。
小説の面白さは突き詰めて言えば「我を忘れる」と「身につまされる」と言ったのは誰だったか。うまいこと言うなあと感心した覚えですが、ひょっとしたら野坂昭如ぐらいかと思うのですが、どうでしょうか。因みに当時野坂昭如も好きな作家でしたけど。
なだいなだのこの二つの小説、「しおれし花飾りのごとく」は身につまされる小説、「間切りの孫次郎とそのクルーの物語」は我を忘れる小説でしょうか。
「しおれし花飾りのごとく」は戦後間もない大学病院の医局に在籍している若き医者たちが文学界に革命を起こすような雑誌を作るんだと言いつつ、実際にはほとんど進まず、毎日何者にもなれないまま飲み屋でくだを巻いている姿を描いている。敗戦の心の空白を埋めきれぬまま、何かをしたいんだけど何もなしえない青春群像、遅れてきた青年よりはちょっと上だけど、生死の狭間で生き残ってきた意味を問うて、煩悶とするエネルギーを持て余している日々。
よくあるパターンと言えばパターンなのですが、この小説の中に出てくる「ソネット・兵士の歌える」は妙に記憶に残っています。
 泥まみれの蟹が這って行く それが僕だ
 無数の生と無数の死が 無言で対峙している前哨火線
 その沈黙の熱い砂地を 少しづつ
 僕は匍匐する 死の方へ
  
 腸のようにひきずって まもなく擦り切れるだろう僕の生よ
 肘で計った人生の何という道のり
 振り帰ると足跡は遠くつづいている ずっと遠く
 はるかな母の膝の上まで…
 
 おお祖国よ 僕の手の中の一個の手榴弾
 そこに閉じこめられた僕の未来よ
 僕は手を挙げる 僕は点火する

 曲がらなかった街角を 会えなかった友達を 
 触れなかった唇を 語らなかった未知の言葉を
 僕は投げる それは飛ぶ 一本の黒いテープのように
この世代の人々の青春は死に直面せざるをえず、生死の境目に否応なしに対峙している。
主観的にはいつの時代にも青春というのは手榴弾を抱えて匍匐前進していく時があったような気がして、このソネットがいまだに妙に心に残りっています。
因みに小説の題名の「しおれし花飾りのごとく」はアポリネールの詩「おお、うちすてられしわが青春よ しおれし、花飾りのごとく」によっています。
もう一つの「間切りの孫次郎とそのクルーの物語」は、なだいなだとしては珍しい冒険活劇小説。なんと「野生時代」連載です。
江戸時代初期、鎖国してはや30年ほど、長崎代官の片腕と言われていた島谷市左衛門に一人の若者、孫二郎が弟子入り。若者は松浦党の残党を名乗り市左衛門から航海術を学び、外洋航海できる船の造船を学ぶ。
この市左衛門は実在の人物で幕府の命により小笠原諸島を探検調査、日本はこの業績によって小笠原の領有権を主張できたという。
やがて孫二郎は市左衛門の下で航海術をマスターし、外洋航海できる船を秘密裏に建造し、仲間とともに出帆。自由で上も下もない平等な国を求めて沖縄、アモイ、マニラ、マラッカと海賊をしつつ航海していく中で不思議な海賊の話を聞く。フランス貴族のミソンを中心とした海賊でインド洋で奴隷を解放し、上も下もなく、人種宗教の差別もない理想の国リベルタニアを建設しようとしていると。
孫二郎はリベルタニアに合流すべくインド洋を超えマダガスカル迄航海してくのだが…
この物語は船戸与一なら血沸き肉踊る大冒険活劇の長編大作になるだろうし、北方謙三ならダンディズムを貫く個性豊かな男たちの輻輳する物語として次々と主役が入れ替わりつつ何巻の物語になるだろうか。素材としてすごく魅力的なのだが冒険活劇はイマイチなだいなだの得意とする分野ではないんだろう。理想と現実の狭間で組織をまとめていく苦悩、理想に燃えて志一つにした仲間たちのはずなのに、形而下の食事の好みとか習慣の違いですれ違ってしまいバラバラになっていくことについては理屈っぽいなだいなだの得意なところですけど小説としてはもっと違う表現もありかも。この小説が書かれたのは1976年から77年。連合赤軍の総括、中核対革マルの壮絶な内ゲバ、そういった時代が背景としてあります。
ミソンを中心とした不思議な海賊の物語は、なだいなだが海賊のことを調べていてジョンソン船長と言う人が書いた「マダガスカルあるいはインド洋の海賊についての列伝」から見つけたものだそうです。
結構読みごたえがあって、我を忘れる面白さと海賊についての新しい視点があります。
機会があれば是非ご一読を。と言っても鶴舞図書館の書庫に1冊あるだけですので予約しないと読むのは難しいかも。なだいなだ全集もありますけど何巻に入っているのかまでは知識がありません。



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1 コメント

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Unknown (池田ひろみ)
2022-06-27 23:23:43
 『ソネット・兵士の歌える』に触れて下さり、有り難うございます。池崇一先生に中学時代に習っていた弟、先生に心酔し、詩 ではないのですが、短歌俳句の
道へ進みました。池崇一『胡蝶飛ぶ』の詩集、表題の詩も素晴らしいです。

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