2012. 4/11 1093
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その1
薫(右大将) 27歳
浮舟 22歳
匂宮(兵部卿の宮)28歳
中の君 27歳
明石中宮 46歳
夕霧(左大臣) 53歳
「宮、なほ、かのほのかなりし夕べを思し忘るる世なし。ことごとしき程にはあるまじげなりしを、人がらのまめやかにをかしうもありしかな、と、いとあだなる御心は、くちをしくて止みにしこと、と、ねたう思さるるままに、女君をも、かうはかなきことゆゑ、あながちに、かかるすぢのものにくみし給ひけり」
――匂宮は、いまもなお、あの夕暮にほのかにご覧になった女(浮舟)の面影をお忘れになる折とてなく、それほどの身分の女ではなかったが、人柄はまことに趣き深く、可愛らしかったなあ、と、浮気なお心癖から、残念にも中途半端で終わってしまったことよ、と、癪にさわっては、中の君がまるで浮舟を隠されたのではなどと、つまらない嫉妬と恨み言をおっしゃっているのでした――
「『思はずに心憂し』と、はづかしめうらみきこえ給ふ、折々は、いと苦しうて、ありのままにや聞こえてまし、と思せど、やむごとなきさまにはもてなし給はざなれど、浅はかならぬ方に、心とどめて人の隠し置き給へる人を、もの言ひさがなく聞こえ出でたらむにも、さて聞きすぐし給ふべき御心ざまにもあらざめり」
――「あなたは随分ひどいことをなさる」と、中の君をはずかしめたり、恨んだりなさるので、そのたびごとに、いっそのこと何もかも本当のことを申し上げてしまおうかともお思いになりますが、しかし、薫の君が、たとえ正式なご縁組ではないにせよ、軽々しいお気持からではなく、心を込めて匿っておいでなのを、はしたなくお話申したならば、決してそのまま聞き過ごされるような宮のご性分ではありませんもの――
「さぶらふ人の中にも、はかなうものをものたまひ触れむと思し立ちぬるかぎりは、あるまじき里までたづねさせ給ふ、御さまよからぬ御本性なるに、さばかり月日を経て、思ししむめるあたりは、まして必ず見ぐるしきこと取り出で給ひてむ、ほかよりつたへ聞き給はむはいかがはせむ、いづかたざまにもいとほしくこそありとも、防ぐべき人の御心ありさまならねば、よその人よりは聞きにくくなどばかりぞ覚ゆべき」
――宮の御前に仕えている女房たちの中に、ちょっと口説いてみたいと思い立たれた者でもいると、ご身分柄差し障りもありそうな住いにまでお出かけになるという、人聞きの悪い色好みでいらっしゃいますのに、ましてや、これほどいつまでも深く思いこんでおられる浮舟であってみれば、見ぐるしい御ふるまいもなさりかねないでしょう。自分以外の口からお耳に入るのは仕方がないとして、薫の君にも、妹君(浮舟)のためにもお気の毒になろう、そうかといって、お止めする術もない匂宮の御気質なので、万が一そんなことにでもなって、なまじ他人と違って、姉妹で宮を分かち合うようにでもなれば、どんなに外聞の悪い思いをせずにはいられないことか――
では4/13に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その1
薫(右大将) 27歳
浮舟 22歳
匂宮(兵部卿の宮)28歳
中の君 27歳
明石中宮 46歳
夕霧(左大臣) 53歳
「宮、なほ、かのほのかなりし夕べを思し忘るる世なし。ことごとしき程にはあるまじげなりしを、人がらのまめやかにをかしうもありしかな、と、いとあだなる御心は、くちをしくて止みにしこと、と、ねたう思さるるままに、女君をも、かうはかなきことゆゑ、あながちに、かかるすぢのものにくみし給ひけり」
――匂宮は、いまもなお、あの夕暮にほのかにご覧になった女(浮舟)の面影をお忘れになる折とてなく、それほどの身分の女ではなかったが、人柄はまことに趣き深く、可愛らしかったなあ、と、浮気なお心癖から、残念にも中途半端で終わってしまったことよ、と、癪にさわっては、中の君がまるで浮舟を隠されたのではなどと、つまらない嫉妬と恨み言をおっしゃっているのでした――
「『思はずに心憂し』と、はづかしめうらみきこえ給ふ、折々は、いと苦しうて、ありのままにや聞こえてまし、と思せど、やむごとなきさまにはもてなし給はざなれど、浅はかならぬ方に、心とどめて人の隠し置き給へる人を、もの言ひさがなく聞こえ出でたらむにも、さて聞きすぐし給ふべき御心ざまにもあらざめり」
――「あなたは随分ひどいことをなさる」と、中の君をはずかしめたり、恨んだりなさるので、そのたびごとに、いっそのこと何もかも本当のことを申し上げてしまおうかともお思いになりますが、しかし、薫の君が、たとえ正式なご縁組ではないにせよ、軽々しいお気持からではなく、心を込めて匿っておいでなのを、はしたなくお話申したならば、決してそのまま聞き過ごされるような宮のご性分ではありませんもの――
「さぶらふ人の中にも、はかなうものをものたまひ触れむと思し立ちぬるかぎりは、あるまじき里までたづねさせ給ふ、御さまよからぬ御本性なるに、さばかり月日を経て、思ししむめるあたりは、まして必ず見ぐるしきこと取り出で給ひてむ、ほかよりつたへ聞き給はむはいかがはせむ、いづかたざまにもいとほしくこそありとも、防ぐべき人の御心ありさまならねば、よその人よりは聞きにくくなどばかりぞ覚ゆべき」
――宮の御前に仕えている女房たちの中に、ちょっと口説いてみたいと思い立たれた者でもいると、ご身分柄差し障りもありそうな住いにまでお出かけになるという、人聞きの悪い色好みでいらっしゃいますのに、ましてや、これほどいつまでも深く思いこんでおられる浮舟であってみれば、見ぐるしい御ふるまいもなさりかねないでしょう。自分以外の口からお耳に入るのは仕方がないとして、薫の君にも、妹君(浮舟)のためにもお気の毒になろう、そうかといって、お止めする術もない匂宮の御気質なので、万が一そんなことにでもなって、なまじ他人と違って、姉妹で宮を分かち合うようにでもなれば、どんなに外聞の悪い思いをせずにはいられないことか――
では4/13に。