2012. 4/15 1095
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その3
「わたすべきところ思し設けて、しのびてぞつくらせ給ひける。すこしいとまなきやうにもなり給ひにたれど、宮の御方には、なほたゆみなく心寄せ仕うまつり給ひこと同じやうなり」
――(薫は)そうは思いながらも、浮舟をいずれこちらへお引き取りになるべきところを、ご用意なさって、内々に準備なさっているのでした。前よりもご多忙でお暇がなくなられましたが、中の君には今も変わらず、何かと怠りなくお世話申し上げておいでになります。――
「見たてまつる人もあやしきまで思へれど、世の中をやうやう思し知り、人のありさまを見聞き給ふままに、これこそはまことに、昔をわすれぬ心ながさの、名残りさへ浅からぬためしなめれ、とあはれもすくなからず」
――傍目には薫のご態度をいぶかしく思うようですが、中の君ご自身は、世の中というものがだんだん分かっておいでになり、薫のご様子をまのあたりにご覧になるうちに、これこそは真実昔をお忘れにならぬ気長さの、名残りまで並々でない例として、身に沁みて有難くお思いになるのでした――
「ねびまさり給ふままに、人がらもおぼえも、さま異にものし給へば、宮の御心のあまりたのもしげなき時々は、思はずなりける宿世かな、故姫君の思し掟てしままにもあらで、かくもの思はしかるべき方にしもかかり初めけむよ、と思す折々多くなむ」
――薫は歳をとられるにつれて、人品も世間の信望も格別でいらっしゃるのに引き比べ、匂宮のお心の、あまりに頼りなく思われる折々には、思ってもいなかった成り行きに、これが宿世というものでしょうか。亡き姉君のお心づもりにはならずに、このように心配ごとの多い匂宮の方にお添いすることになってしまったとは、とお思いになることも多いのでした――
「されど、対面し給ふことは難し。年月もあまり昔を隔てゆき、うちうちの御心を深う知らぬ人は、なほなほしきただ人こそ、さばかりのゆかりたづねたるむつびをも忘れぬに、つきづきしけれ、なかなkかうかぎりある程に、例にたがひたるありさまも、つつましければ」
――けれども、なんといっても薫と対面なさることは難しい。亡き父宮がいらっしゃった頃から何分年月が隔たってしまい、うちうちのご事情を深く知らない人は、身分の低い人ならば、縁故を利用して親密さを忘れぬ物欲しげなおつき合いもしましょうが、このようなご身分の薫の君が、何を求めて打ち解けたおつき合いをなさるのかと、あらぬ詮索をするのも気が負けるというもの――
「宮の絶えず思しうたがひたるも、いよいよ苦しう思しはばかり給ひつつ、おのづからうときさまになりゆくを、さりとても絶えず、同じ心のかはり給はぬなりけり」
――匂宮が中の君と薫との間を絶えずお疑いになり、いつも気を揉んでおいでになるのも辛くて、薫とは自ずから隔てをもっておらっしゃいますが、薫の方は、昔ながらの変わらぬお心でいらっしゃるのでした――
では4/17に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その3
「わたすべきところ思し設けて、しのびてぞつくらせ給ひける。すこしいとまなきやうにもなり給ひにたれど、宮の御方には、なほたゆみなく心寄せ仕うまつり給ひこと同じやうなり」
――(薫は)そうは思いながらも、浮舟をいずれこちらへお引き取りになるべきところを、ご用意なさって、内々に準備なさっているのでした。前よりもご多忙でお暇がなくなられましたが、中の君には今も変わらず、何かと怠りなくお世話申し上げておいでになります。――
「見たてまつる人もあやしきまで思へれど、世の中をやうやう思し知り、人のありさまを見聞き給ふままに、これこそはまことに、昔をわすれぬ心ながさの、名残りさへ浅からぬためしなめれ、とあはれもすくなからず」
――傍目には薫のご態度をいぶかしく思うようですが、中の君ご自身は、世の中というものがだんだん分かっておいでになり、薫のご様子をまのあたりにご覧になるうちに、これこそは真実昔をお忘れにならぬ気長さの、名残りまで並々でない例として、身に沁みて有難くお思いになるのでした――
「ねびまさり給ふままに、人がらもおぼえも、さま異にものし給へば、宮の御心のあまりたのもしげなき時々は、思はずなりける宿世かな、故姫君の思し掟てしままにもあらで、かくもの思はしかるべき方にしもかかり初めけむよ、と思す折々多くなむ」
――薫は歳をとられるにつれて、人品も世間の信望も格別でいらっしゃるのに引き比べ、匂宮のお心の、あまりに頼りなく思われる折々には、思ってもいなかった成り行きに、これが宿世というものでしょうか。亡き姉君のお心づもりにはならずに、このように心配ごとの多い匂宮の方にお添いすることになってしまったとは、とお思いになることも多いのでした――
「されど、対面し給ふことは難し。年月もあまり昔を隔てゆき、うちうちの御心を深う知らぬ人は、なほなほしきただ人こそ、さばかりのゆかりたづねたるむつびをも忘れぬに、つきづきしけれ、なかなkかうかぎりある程に、例にたがひたるありさまも、つつましければ」
――けれども、なんといっても薫と対面なさることは難しい。亡き父宮がいらっしゃった頃から何分年月が隔たってしまい、うちうちのご事情を深く知らない人は、身分の低い人ならば、縁故を利用して親密さを忘れぬ物欲しげなおつき合いもしましょうが、このようなご身分の薫の君が、何を求めて打ち解けたおつき合いをなさるのかと、あらぬ詮索をするのも気が負けるというもの――
「宮の絶えず思しうたがひたるも、いよいよ苦しう思しはばかり給ひつつ、おのづからうときさまになりゆくを、さりとても絶えず、同じ心のかはり給はぬなりけり」
――匂宮が中の君と薫との間を絶えずお疑いになり、いつも気を揉んでおいでになるのも辛くて、薫とは自ずから隔てをもっておらっしゃいますが、薫の方は、昔ながらの変わらぬお心でいらっしゃるのでした――
では4/17に。