2012. 4/13 1094
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その2
「とてもかくても、わがおこたりにてはもてそこなはじ、と思ひ返し給ひつつ、いとほしながらえ聞こえ出で給はず。ことざまにつきづきしくは、え言ひなし給はねば、おしこめてもの怨じしたる、世の常の人になりてぞおはしける」
――(中の君は)いずれにしても、自分の不注意から何か事がおきることだけはするまいと、思い返されて、匂宮には申し訳ないことですが、一切お口にはお出しにならないのでした。とはいえ、他に作り事をして取り繕う風にもおっしゃれませんので、じっと我慢をして、ただ世間並みに嫉妬の上のように装っておいでになります――
「かの人は、たとしへなくのどかに思し掟てて、待ち遠ほなりと思ふらむ、と、心苦しうのみ思ひやり給ひながら、ところせき身の程を、さるべきついでなくて、かやすく通ひ給ふべき道ならねば、神のいさむるよりもわりなし」
――かの人(薫)は、傍目からご覧になってさえのんびりを構えていらして、宇治では浮舟がさぞかし待ち遠しく思っているだろうとは、思いやられてはいらっしゃるものの、何分にも重々しいご身分柄、しかるべき口実がなくては、気軽に通って行かれそうな道中でもないので、この道ばかりは神もお諌めになるより困ったことだ――
「されど、今いとよくもてなさむとす、山里のなぐさめと、思ひ掟てし心あるを、すこし日数も経ぬべき事ども作り出でて、のどやかに行きても見む、さて、しばしは人の知るまじき住みどころして、やうやうさるかたに、かの心をものどめ置き、わがためにも、人のもどきあるまじく、なのめにてこそよからめ」
――もっとも、そのうちに浮舟を厚遇してやるつもりだ。ものもと宇治に行ったときの山里の慰めにと思っての心づもりだったのだから、少し日数のかかりそうな用事でもこしらえて、ゆっくり逢いに行くことにしよう。ここ当分は、あそこを人知れぬ隠れ家にしておいて、そういう住居に女の気持も落ち着かせておいて、自分としても世間の非難を負わぬよう、程々にしておくのがよかろう――
「にはかに、何人ぞ、いつより、など聞きとがめられむもものさわがしく、はじめの心にたがふべし、また宮の御方の聞き思さむことも、もとのところを際々しう率て離れ、昔を忘れ顔ならむ、いと本意なし、など思ししづむるも、例の、のどけさ過ぎたる心からなるべし」
――急に京に迎えたりして、あれは誰か、いつからの仲なのだろう、などと、口さがなく取り沙汰されるのも面倒であるし、そんなことにでもなったなら、そもそもの志にも背くことになる。それに宮の御方(中の君)がお聞きになった時、自分が古里のお住いからさっさと中の君を連れ出しておいて、昔をすっかり忘れてしまったようにでも思われては、それも不本意なことだ、などと思案を重ねては落ち着いた風ですのも、例のゆったりとしたお心の故なのでしょうか――
では4/15に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その2
「とてもかくても、わがおこたりにてはもてそこなはじ、と思ひ返し給ひつつ、いとほしながらえ聞こえ出で給はず。ことざまにつきづきしくは、え言ひなし給はねば、おしこめてもの怨じしたる、世の常の人になりてぞおはしける」
――(中の君は)いずれにしても、自分の不注意から何か事がおきることだけはするまいと、思い返されて、匂宮には申し訳ないことですが、一切お口にはお出しにならないのでした。とはいえ、他に作り事をして取り繕う風にもおっしゃれませんので、じっと我慢をして、ただ世間並みに嫉妬の上のように装っておいでになります――
「かの人は、たとしへなくのどかに思し掟てて、待ち遠ほなりと思ふらむ、と、心苦しうのみ思ひやり給ひながら、ところせき身の程を、さるべきついでなくて、かやすく通ひ給ふべき道ならねば、神のいさむるよりもわりなし」
――かの人(薫)は、傍目からご覧になってさえのんびりを構えていらして、宇治では浮舟がさぞかし待ち遠しく思っているだろうとは、思いやられてはいらっしゃるものの、何分にも重々しいご身分柄、しかるべき口実がなくては、気軽に通って行かれそうな道中でもないので、この道ばかりは神もお諌めになるより困ったことだ――
「されど、今いとよくもてなさむとす、山里のなぐさめと、思ひ掟てし心あるを、すこし日数も経ぬべき事ども作り出でて、のどやかに行きても見む、さて、しばしは人の知るまじき住みどころして、やうやうさるかたに、かの心をものどめ置き、わがためにも、人のもどきあるまじく、なのめにてこそよからめ」
――もっとも、そのうちに浮舟を厚遇してやるつもりだ。ものもと宇治に行ったときの山里の慰めにと思っての心づもりだったのだから、少し日数のかかりそうな用事でもこしらえて、ゆっくり逢いに行くことにしよう。ここ当分は、あそこを人知れぬ隠れ家にしておいて、そういう住居に女の気持も落ち着かせておいて、自分としても世間の非難を負わぬよう、程々にしておくのがよかろう――
「にはかに、何人ぞ、いつより、など聞きとがめられむもものさわがしく、はじめの心にたがふべし、また宮の御方の聞き思さむことも、もとのところを際々しう率て離れ、昔を忘れ顔ならむ、いと本意なし、など思ししづむるも、例の、のどけさ過ぎたる心からなるべし」
――急に京に迎えたりして、あれは誰か、いつからの仲なのだろう、などと、口さがなく取り沙汰されるのも面倒であるし、そんなことにでもなったなら、そもそもの志にも背くことになる。それに宮の御方(中の君)がお聞きになった時、自分が古里のお住いからさっさと中の君を連れ出しておいて、昔をすっかり忘れてしまったようにでも思われては、それも不本意なことだ、などと思案を重ねては落ち着いた風ですのも、例のゆったりとしたお心の故なのでしょうか――
では4/15に。