2012. 4/25 1100
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その8
「『女をなむ隠しすゑさせ給へる。けしうはあらず思す人なるべし。あのわたりに領じ給ふ所々の人、皆仰せにて参り仕うまつる。宿直にさしあてなどしつつ、京よりもいとしのびて、さるべきことなど問はせ給ふ。いかなるさいはひ人の、さすがに心ぼそくて居給へるならむ』となむ、ただこの十二月のころほひ申す、と聞き給へし」と聞ゆ」
――(大内記は使用人らの話として)「人目を憚って女君を住まわせておいでなのだ。大将が憎からず思召す人なのでしょう。宇治のあたりに私有しておられる、あちこちの荘園の者は、皆、お言い付けで奉仕しています。そのお邸の宿直に当たらせなどして、京の御本邸からも、ごく内密に、しかるべきお見舞いなどもしておられます。どんなに仕合せな女君でも、この山暮らしは心細くお過ごしのことだろう」とか。わたしもついこの十二月に聞いたことでございます――
と申し上げます。
「いとうれしくも聞きつるかな、と思ほして、『たしかにその人とは言はずや。かしこにもとよりある尼ぞ、とぶらひ給ふと聞きし』『尼は廊になむ住み侍るなる。この人は今建てられたるになむ、きたなげなき女房などもあまたして、くちをしからぬけはひにて居て侍る』と聞ゆ」
――(匂宮は)「大そう良いことを聞いたとお思いになって、「下人ははっきりと誰それとは言わなかったのかね。大将はあそこに前から住んでいる尼を訪ねられると聞いていたが」とお尋ねになりますと、大内記は「いえ、尼は渡殿に住んでいるとのことでございます。その女君は、新築された方に住まわれ、小奇麗な女房なども大勢そろえて、見ぐるしくない感じで住んでおります」と申し上げます――
「をかしきことかな。なに心ありて、いかなる人をかは、さてすゑ給ひつらむ。なほいとけしきありて、なべての人に似ぬ御心なりや。右の大臣など、『この人のあまりに道心に進みて、山寺に、夜さへ、ともすればとまり給ふなる。軽々し』ともどき給ふ、と聞きしを、べに、などかさしも仏の道にはしのびありくらむ、なほかの古里に心をとどめたる、と聞きし、かかることこそはありけれ。いづら。人よりはまめなるとさかしがる人しも、ことに人の思ひいたるまじき隈ある構へよ」とのたまひて、いとをかし、とおぼいたり」
――面白い話だな。薫大将はいったいどういうお積りで、どんな素性の人をそのように隠しているのだろう。薫という人はやはり一癖ある、並みはずれた御気性だね。右大臣(夕霧)などが「薫があまりに道心に走って、山寺に夜まで、ややもすれば泊られるそうだが、ご身分柄感心しないことだ」と非難していらっしゃると聞いているが、なるほどその通り、まったく、道心のためとはいえ、どうしてあれほどまで人目を忍んで出歩くことがあろう、やはりあの昔なじみの地に心惹かれているのかと思っていたが、なんとまあ、それがこんな事実があったとは。どうだ。誰よりも真面目だと言われ、悟りすましている人が、かえって世間の思いつきそうにない隠しごとをやってのけているとは」とおっしゃって、大そう興味を覚えたご様子です――
「この人は、かの殿にいとむつまじく仕うまつる家司の婿になむありければ、隠し給ふことも聞くなるべし」
――この大内記は、薫の御殿にごく親しくお仕えしている家司の婿なので、薫が秘密にしておられることも聞くのでしょう――
では4/27に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その8
「『女をなむ隠しすゑさせ給へる。けしうはあらず思す人なるべし。あのわたりに領じ給ふ所々の人、皆仰せにて参り仕うまつる。宿直にさしあてなどしつつ、京よりもいとしのびて、さるべきことなど問はせ給ふ。いかなるさいはひ人の、さすがに心ぼそくて居給へるならむ』となむ、ただこの十二月のころほひ申す、と聞き給へし」と聞ゆ」
――(大内記は使用人らの話として)「人目を憚って女君を住まわせておいでなのだ。大将が憎からず思召す人なのでしょう。宇治のあたりに私有しておられる、あちこちの荘園の者は、皆、お言い付けで奉仕しています。そのお邸の宿直に当たらせなどして、京の御本邸からも、ごく内密に、しかるべきお見舞いなどもしておられます。どんなに仕合せな女君でも、この山暮らしは心細くお過ごしのことだろう」とか。わたしもついこの十二月に聞いたことでございます――
と申し上げます。
「いとうれしくも聞きつるかな、と思ほして、『たしかにその人とは言はずや。かしこにもとよりある尼ぞ、とぶらひ給ふと聞きし』『尼は廊になむ住み侍るなる。この人は今建てられたるになむ、きたなげなき女房などもあまたして、くちをしからぬけはひにて居て侍る』と聞ゆ」
――(匂宮は)「大そう良いことを聞いたとお思いになって、「下人ははっきりと誰それとは言わなかったのかね。大将はあそこに前から住んでいる尼を訪ねられると聞いていたが」とお尋ねになりますと、大内記は「いえ、尼は渡殿に住んでいるとのことでございます。その女君は、新築された方に住まわれ、小奇麗な女房なども大勢そろえて、見ぐるしくない感じで住んでおります」と申し上げます――
「をかしきことかな。なに心ありて、いかなる人をかは、さてすゑ給ひつらむ。なほいとけしきありて、なべての人に似ぬ御心なりや。右の大臣など、『この人のあまりに道心に進みて、山寺に、夜さへ、ともすればとまり給ふなる。軽々し』ともどき給ふ、と聞きしを、べに、などかさしも仏の道にはしのびありくらむ、なほかの古里に心をとどめたる、と聞きし、かかることこそはありけれ。いづら。人よりはまめなるとさかしがる人しも、ことに人の思ひいたるまじき隈ある構へよ」とのたまひて、いとをかし、とおぼいたり」
――面白い話だな。薫大将はいったいどういうお積りで、どんな素性の人をそのように隠しているのだろう。薫という人はやはり一癖ある、並みはずれた御気性だね。右大臣(夕霧)などが「薫があまりに道心に走って、山寺に夜まで、ややもすれば泊られるそうだが、ご身分柄感心しないことだ」と非難していらっしゃると聞いているが、なるほどその通り、まったく、道心のためとはいえ、どうしてあれほどまで人目を忍んで出歩くことがあろう、やはりあの昔なじみの地に心惹かれているのかと思っていたが、なんとまあ、それがこんな事実があったとは。どうだ。誰よりも真面目だと言われ、悟りすましている人が、かえって世間の思いつきそうにない隠しごとをやってのけているとは」とおっしゃって、大そう興味を覚えたご様子です――
「この人は、かの殿にいとむつまじく仕うまつる家司の婿になむありければ、隠し給ふことも聞くなるべし」
――この大内記は、薫の御殿にごく親しくお仕えしている家司の婿なので、薫が秘密にしておられることも聞くのでしょう――
では4/27に。