2012. 4/21 1098
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その6
文には細々と愚痴めいたことが書かれていますのを、匂宮は、なにやらいぶかしくお思いになって、
「『今はのたまへかし。誰がぞ』とのたまえば、『昔、かの山里にありける人の女の、さるやうありて、このごろかしこにあるとなむ聞き侍りし』と聞こえ給へば、おしなべて仕うまつるとは見えぬ文がきを、心得給ふに、かのわづらはあしきことあるに思し合わせつ」
――「さあ、おっしゃい。誰の手紙ですか」とおっしゃるので、中の君は「昔、宇治の山荘に仕えていた人の娘が、何かの事情で最近ここに居ると聞きました」と申し上げます。匂宮は、普通に奉公している女の手紙には見えない書きぶりと思われますにつけ、文中に、厄介な事があって参上できないと書いてあったのとを、思い合わされて、さては浮舟だと気づかれたのでした――
「卯槌をかしう、つれづれなりける人のしわざと見えたり。またぶりに、山橘つくりてつらぬき添へたる枝に」
――卯槌はことさら見事に作られていて、いかにもつれづれをもてあぐねた人の作ったものとみえます。二またになった木の枝に、造り物の藪柑子(やぶこうじ)の実を貫き添えて――
(歌)「まだ旧りぬものにはあれど君がためふかきこころにまつと知らなむ」
――この木はまだ古木ではありませんが、若君のために心をこめて、御長寿をまつ、松の木と御承知ください――
「ことなることなきを、かの思ひわたる人のにや、と思し寄りぬるに、御目とまりて、『返へりごとし給へ。なさけなし。隠い給ふべき文にもあらざめるを、など御けしきのあしき。まかりなむよ』とて立ち給ひぬ」
――格別すぐれた歌というのでもないものの、あの思い続けていた人(浮舟)の手紙か、と気が付かれて、よく御覧になって、中の君へ「お返事をして差し上げなさい。このままにしていては酷いでしょう。何も隠すようなお手紙でもないものを、なんとまあ、あなたは機嫌のわるいことよ。では失礼しよう」と言ってお立ち出でになりました――
中の君は侍女の少将などを呼んで、
「『いとほしくもありつるかな。をさなき人の取りつらむを、人はいかで見ざりつる』など、しのびてのたまふ」
――「浮舟のために気の毒なことでしたね。子供が受け取ったのでしょうが、どうしてお前たちが気が付かなかったのですか」などと、声をひそめておっしゃいます――
◆今はのたまへかし=今は・宣へ・かし
◆またぶり=二またになった枝。ここは松の小枝。
◆卯槌(うづち)=正月の上の卯の日に、「糸所」から作ったもの。桃の木で作り、長さ三尺、広さ一寸、四角で、邪気を伏せしめるという。
では4/23に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その6
文には細々と愚痴めいたことが書かれていますのを、匂宮は、なにやらいぶかしくお思いになって、
「『今はのたまへかし。誰がぞ』とのたまえば、『昔、かの山里にありける人の女の、さるやうありて、このごろかしこにあるとなむ聞き侍りし』と聞こえ給へば、おしなべて仕うまつるとは見えぬ文がきを、心得給ふに、かのわづらはあしきことあるに思し合わせつ」
――「さあ、おっしゃい。誰の手紙ですか」とおっしゃるので、中の君は「昔、宇治の山荘に仕えていた人の娘が、何かの事情で最近ここに居ると聞きました」と申し上げます。匂宮は、普通に奉公している女の手紙には見えない書きぶりと思われますにつけ、文中に、厄介な事があって参上できないと書いてあったのとを、思い合わされて、さては浮舟だと気づかれたのでした――
「卯槌をかしう、つれづれなりける人のしわざと見えたり。またぶりに、山橘つくりてつらぬき添へたる枝に」
――卯槌はことさら見事に作られていて、いかにもつれづれをもてあぐねた人の作ったものとみえます。二またになった木の枝に、造り物の藪柑子(やぶこうじ)の実を貫き添えて――
(歌)「まだ旧りぬものにはあれど君がためふかきこころにまつと知らなむ」
――この木はまだ古木ではありませんが、若君のために心をこめて、御長寿をまつ、松の木と御承知ください――
「ことなることなきを、かの思ひわたる人のにや、と思し寄りぬるに、御目とまりて、『返へりごとし給へ。なさけなし。隠い給ふべき文にもあらざめるを、など御けしきのあしき。まかりなむよ』とて立ち給ひぬ」
――格別すぐれた歌というのでもないものの、あの思い続けていた人(浮舟)の手紙か、と気が付かれて、よく御覧になって、中の君へ「お返事をして差し上げなさい。このままにしていては酷いでしょう。何も隠すようなお手紙でもないものを、なんとまあ、あなたは機嫌のわるいことよ。では失礼しよう」と言ってお立ち出でになりました――
中の君は侍女の少将などを呼んで、
「『いとほしくもありつるかな。をさなき人の取りつらむを、人はいかで見ざりつる』など、しのびてのたまふ」
――「浮舟のために気の毒なことでしたね。子供が受け取ったのでしょうが、どうしてお前たちが気が付かなかったのですか」などと、声をひそめておっしゃいます――
◆今はのたまへかし=今は・宣へ・かし
◆またぶり=二またになった枝。ここは松の小枝。
◆卯槌(うづち)=正月の上の卯の日に、「糸所」から作ったもの。桃の木で作り、長さ三尺、広さ一寸、四角で、邪気を伏せしめるという。
では4/23に。