永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1174)

2012年11月05日 | Weblog
2012. 11/5    1174

五十二帖 【蜻蛉(かげろう)の巻】 その14

「やうやう世の物語きこえ給ふに、いと籠めてしもはあらじ、と思して、『昔より、心にしばしも籠めて、聞えさせぬこと残し侍るかぎりは、いといぶせくのみ思ひ給へられしを、今はなかなかの上臈になりて侍り、まして御暇なき御ありさまにて、心のどかにおはします折も侍らねば、宿直などに、そのこととなくてはさぶらはず、そこはかとなくて過ぐし侍るをなむ…』
――(薫は)いろいろと世間話を申し上げていますうちにも、浮舟のことをいつまでも押し隠してもいられぬとお思いになって、「昔からしばらくでも心に隠して貴方に申し上げないことを残している間は、ひどく気が塞いだものでしたが、今は私もなまなか官位も上がりましたし、ましてあなた様はお忙しいご様子で、ゆっくりとお話をする折とてもございませんので、特別宿直などの用事のない限りはお伺いも出来ず、つい何となく過ごしておりますが…――

 つづけて、

「『昔御覧ぜし山里に、はかなくて亡せ侍りにし人の、同じゆかりなる人、覚えぬ所に侍り、聞きつけ侍りて、時々さて見つべくや、と思う給へしに、あいなく人のそしりも侍りぬべかりし折なりしかば、このあやしきところに置きて侍りしを、をさをさまかりて見ることもなく、またかれも、なにがし一人をあひ頼む心もことになくやありけむ、とは見給へつれど、やむごとなくものものしきすじに思ひ給へばこそはあらめ、見るにはた、ことなる咎も侍らずなどして、心やすくらうたし、と思ひ給へつる、人の、いとはかなくて亡くなり侍りにける。なべて世のありさまを思ひ給へつづけ侍るにも、悲しくなむ。聞こし召すやうも侍らむかし』とて、今ぞ泣き給ふ」
――「昔、貴方が通われました宇治の山里に、はかなく亡くなりました人(大君)と親類に当たる者が、思いがけないところにいると聞きまして、時々逢いに行くことにして世話しようと存じましたが、生憎、(女二の宮との結婚当時で)人から非難されるに違いない折でしたので、あの辺鄙な山里に置いておきました。しかしあまり訪ねて行って逢うこともなく、また女の方も私一人を頼る気も格別なかったのだろうとは存じましたが、正妻として重々しく扱おうとするならともかく、ただ世話をする分にはそれほど不都合はなかろうと考えたりして、気の置けない可愛い者と思っていましたところ、その女がまことにあっけなく亡くなってしまいました。この憂き世の慣いかと思いつづけておりますにつけても、まことに悲しうございます。お聞き及びのことでございましょう」と言って、今はじめてお泣きになります――

「これもいとかうは見えたてまつらじ、をこなり、と思ひつれど、こぼれそめてはいととめがたし。けしきの、いささかみだり顔なるを、あやしくいとほし、と思せど、つれなくて、『いとあはれなることにこそ。昨日ほのかに聞き侍りき。いかに、とも聞ゆべく思う給へながら、わざと人に聞かせ給はぬこと、と聞きはべりしかばなむ』とつれなくのたまへど、いと耐へがたければ、言ずくなにておはします」
――(匂宮は)薫の様子の多少取り乱し気味なのを、この人にしては珍しいことだ、気の毒だとはお思いになりますが、わざと気づかぬふりをして、「本当にあわれなお話です。昨日ちらと伺いました。いかがですかとお見舞いも申したく存じながら、特別人に秘しておいでの事と聞きましたのでね」と何食わぬお顔でおっしゃいますが、堪え切れないのか、言葉少なでいらっしゃる――

「『さるかたにても御覧ぜさせばや、と、思う給へし人になむ。おのづからさもや侍りけむ、宮にも参り通ふべきゆゑ侍りしかば』など、すこしづつけしきばみて、『御心地例ならぬ程は、すずろなる世のこと聞こし召し入れ、御耳おどろくもあいなきわざになむ。よくつつしませおはしませ』など、聞こえおきて出で給ひぬ」
――(薫は)「貴方のお忍びのお相手としてお目にかけようとも存じていた者なのです。ひょっとしたら、既にそうだったかもしれません。御邸にもお出入りしそうな縁故もございましたから」などと、少しずつ当てこすりの思いが外に現れて、「ご気分のすぐれない折に、つまらぬ俗事などお耳に入れまして、お心をお騒がせいたしますのもよくないことでございます。どうぞくれぐれもお大事なさいますよう」などと申し上げて、退出なさった――

では11/7に。