2012. 11/17 1180
五十二帖 【蜻蛉(かげろう)の巻】 その20
「あかつきに帰るに、かの御料にとて設けさせ給へりけることは多かりけれど、おどろおどろしかりぬべければ、ただこの人におほせたる程なりけり。なに心もなく参りて、かかることどものあるを、人はいかが見む、すずろにむつかしきわざかな、と思ひわぶれど、いかが聞えかはさむ。右近と二人、忍びて見つつ、つれづれなるままに、こまかに今めかしう、し集めたることどもを見ても、いみじく泣く」
――侍従が明け方に帰るとき、浮舟のためにと用意しておかれた、櫛(くし)の箱一そろい、衣箱一そろいを贈り物としてお遣わしになります。浮舟のために様々用意させられたものが多かったのですが、あまりにも仰々しいので、ただ侍従の身分にふさわしい程度の物を賜わったのでした。侍従はこのようなつもりもなく参上して、こんな頂戴物をしましたので、周囲の者たちが何とみるだろうと、何やら煩わしいことでも言われそうな、と困っていますが、どうしてご辞退などできるでしょう。右近と二人でこっそり開けて見ては、贈り物はどれもみな当世風な意匠を凝らしてある手のこんだ細工を見るにつけても、涙ばかり流すのでした――
「装束もいとうるはしう、し集めたるものどもなれば、『かかる御服に、これをいかでか隠さむ』など、もてわづらひける」
――お召し物もたいそう立派に仕立ててありますので、このような喪服中に、これらをどう隠して置こうかと思案に暮れるのでした――
「大将殿も、なほいとおぼつかなきに、思しあまりておはしたり。道の程より、昔のことどもかき集めつつ、いかなる契りにて、この父親王の御もとに来そめけむ、かく思ひがけぬ果まで思ひあつかひ、このゆかりにつけては、ものをのみ思ふよ、いと尊くおはせしあたりに、仏をしるべにて、後の世をのみ契りしに、心ぎたなき末の違ひめに、思ひ知らするなめり、とぞ覚ゆる」
――薫大将殿も、やはりご心配なので、宇治にお出でになりました。道すがらも、昔のことを一つ一つ思い出しては、どういう縁であの亡き八の宮の御許に通いはじめることになったのか。そして、浮舟のような思いもかけない末々の人の世話までして、このご一族に関して辛い物思いばかりすることよ、大そう尊く行いすましておられた八の宮のお側で、自分は仏を手引きとして後世のことばかり誓っていましたのに、後になって大君に懸想するという卑しい不心得をおこしたので、仏が懲らしめようとなさるのかと思うのでした――
「右近を召し出でて、『ありけむさまもはかばかしう聞かず、なほつきせずあさましう、はかなければ、忌の残りもすくなくなりぬ。過ぐして、と思ひつれど、しづめあへずものしつるなり。いかなる心地にてか、はかなくなり給ひにし』と問ひ給ふに、」
――(薫は)右近をお呼び出しになって、「浮舟生前の様子もしかとは聞かず、どうにもあまりにあっけないことで、忌中もあと幾日でもない、それが済んでからとは思ったものの、とうとうやって来てしまった。いったい浮舟はどんな病状で亡くなったのか」とお訊ねになりますと――
では11/19に。
五十二帖 【蜻蛉(かげろう)の巻】 その20
「あかつきに帰るに、かの御料にとて設けさせ給へりけることは多かりけれど、おどろおどろしかりぬべければ、ただこの人におほせたる程なりけり。なに心もなく参りて、かかることどものあるを、人はいかが見む、すずろにむつかしきわざかな、と思ひわぶれど、いかが聞えかはさむ。右近と二人、忍びて見つつ、つれづれなるままに、こまかに今めかしう、し集めたることどもを見ても、いみじく泣く」
――侍従が明け方に帰るとき、浮舟のためにと用意しておかれた、櫛(くし)の箱一そろい、衣箱一そろいを贈り物としてお遣わしになります。浮舟のために様々用意させられたものが多かったのですが、あまりにも仰々しいので、ただ侍従の身分にふさわしい程度の物を賜わったのでした。侍従はこのようなつもりもなく参上して、こんな頂戴物をしましたので、周囲の者たちが何とみるだろうと、何やら煩わしいことでも言われそうな、と困っていますが、どうしてご辞退などできるでしょう。右近と二人でこっそり開けて見ては、贈り物はどれもみな当世風な意匠を凝らしてある手のこんだ細工を見るにつけても、涙ばかり流すのでした――
「装束もいとうるはしう、し集めたるものどもなれば、『かかる御服に、これをいかでか隠さむ』など、もてわづらひける」
――お召し物もたいそう立派に仕立ててありますので、このような喪服中に、これらをどう隠して置こうかと思案に暮れるのでした――
「大将殿も、なほいとおぼつかなきに、思しあまりておはしたり。道の程より、昔のことどもかき集めつつ、いかなる契りにて、この父親王の御もとに来そめけむ、かく思ひがけぬ果まで思ひあつかひ、このゆかりにつけては、ものをのみ思ふよ、いと尊くおはせしあたりに、仏をしるべにて、後の世をのみ契りしに、心ぎたなき末の違ひめに、思ひ知らするなめり、とぞ覚ゆる」
――薫大将殿も、やはりご心配なので、宇治にお出でになりました。道すがらも、昔のことを一つ一つ思い出しては、どういう縁であの亡き八の宮の御許に通いはじめることになったのか。そして、浮舟のような思いもかけない末々の人の世話までして、このご一族に関して辛い物思いばかりすることよ、大そう尊く行いすましておられた八の宮のお側で、自分は仏を手引きとして後世のことばかり誓っていましたのに、後になって大君に懸想するという卑しい不心得をおこしたので、仏が懲らしめようとなさるのかと思うのでした――
「右近を召し出でて、『ありけむさまもはかばかしう聞かず、なほつきせずあさましう、はかなければ、忌の残りもすくなくなりぬ。過ぐして、と思ひつれど、しづめあへずものしつるなり。いかなる心地にてか、はかなくなり給ひにし』と問ひ給ふに、」
――(薫は)右近をお呼び出しになって、「浮舟生前の様子もしかとは聞かず、どうにもあまりにあっけないことで、忌中もあと幾日でもない、それが済んでからとは思ったものの、とうとうやって来てしまった。いったい浮舟はどんな病状で亡くなったのか」とお訊ねになりますと――
では11/19に。