永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1218)

2013年02月21日 | Weblog
2013. 2/21    1218

五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その10

「うちはへかくあつかふ程に、四五月も過ぎぬ。いとわびしうかひなきことを思ひわびて、僧都の御許に、『なほおり給へ。この人助け給へ。さすがに今日までもあるは、死ぬまじかりける人を、憑きしみ領じたるものの、去らぬにこそあめれ。あが仏、京に出で給はばこそはあらめ、ここまではあへなむ』など、いみじきことを書き続けて、奉れ給へば、」
――引き続きこうしてお世話をするうちに、四月五月も過ぎていきました。尼君は女人の相も変わらぬ様子に、頼りなく思って、僧都の御許に、「どうぞもう一度下山してくださいませ。そしてこの人を助けてくださいませ。弱りながらも今日まで生き長らえておりますのは、死んではならない人に執念深く取り憑いている物の怪が去らないからでしょう。私の大事な御兄上、僧都の君、京にお出でになるのはいけないことでしょうが、ここ小野まででしたらよろしゅうございましょう」などと、切ない気持ちを長々と書いて差し上げましたところ――

「いとあやしきことかな、かくまでもありける人の命を、やがてうち棄ててましかば、さるべき契りありてこそは、われしも見つけけめ、こころみに助け果てむかし、それに止まらずば、業尽きにけり、と思はむ、とて、下り給ひけり」
――(僧都は)大そう不思議なことだな。こうして今まで生きた命なのに、もしあのまま放っておいたならば、どんなに心残りであろう。こういう宿縁があったればこそ自分が見つけたのであろう。出来るだけのことをして助けてみよう。それでも助からないならば、その時こそ寿命が終わったと諦めることにしよう。と山を下りてお出でになりました――

「よろこび拝みて、月ころのありさまを語る。『かくひさしうわずらふ人は、むつかしきこと、おのづからあるべきを、いささかおとろへず、いときよげに、ねぢけたるところなくのみものし給ひて、かぎりと見えながらも、かくても生きたるわざなりけり』など、あふなあふな泣く泣くのたまへば」
――(尼君は)喜び拝んで、この月頃のことをお話になります。「こうして長い間病んでいる人は、衰弱して自然ぬさくるしい点もある筈ですが、この方(浮舟)は色つやも衰えず、大そうお綺麗で見ぐるしいところなど少しもありません。今はもう最後かと見えながら、こうしてまあ生きて来られた訳なのです」などと心を込めて泣きながら話されますと、――

「『見つけしより、めずらかなる人のみありさまかな。いで』とて、さしのぞきて見給ひて、『げにいときやうざくなりける人の御ようめいかな。功徳の報いにこそ、かかる容貌にも生い出で給ひけめ、いかなる違ひめにて、かくそこなはれ給ひけむ。もし、さにや、と聞き合はせらるることもなしや』と問ひ給ふ」
――(僧都は)「見出だしたときから、不思議なほど美しいご様子でしたね。どれ」と言って覗いて御覧になり、「なるほど優れた御器量だ。前世に善根功徳を積んだればこそ、これほどのご容姿に生まれられたのであろう。一体どうした不運でこんな病気に取りつかれたのであろう。もしや、こういうわけではと、思い当たる事でもありませんか」とお訊ねになります――

◆みありさま=身有様=身の上のことか。

◆きやうざくなりける人の御ようめい=警策(きょうざく)、御容面(おんようめい)=なるほど立派な御器量だ

では2/23に。