永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1228)

2013年03月17日 | Weblog
2013. 3/17    1228

五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その20

「姫君の立ち出で給へりつるうしろでを、見給へりけるなめり、と思ひて、ましてこまかに見せたらば、心とまり給ひなむかし、昔人はいとこよなうおとり給へりしをだに、まだ忘れがたくし給ふめるを、と、心ひとつに思ひて、『過ぎにし御ことを忘れ難く、なぐさめかね給ふめりし程に、覚えぬ人を得たてまつり給ひて、あけくれの見ものに思ひきこえ給ふめるを、うちとけ給へる御ありさまを、いかでか御覧じつらむ』といふ」
――(少将の尼は)姫君が御簾近くに出られた時の後ろ姿をご覧になられたのであろうと、思って、ちょっと見ただけでその美しさはなるほどと、ましてはっきりお見せしたならば、きっとお気に召すであろうと思うのでした。亡きこちらの御方は、この姫君よりもご器量はずっと劣っておいでになりましたが、それでさえも未だに忘れかねておられるのですもの、と、少将の尼はひとり心に決めて、「こちらの尼君さまは、亡き御方(娘)のことが忘れられす、嘆き明かしておいでになりましたが、思いがけぬ人をお引き取りになりまして、明け暮れの慰めにお世話をしていらっしゃるのでございます。その方がくつろいでおられたところを、多分ご覧になられたのでしょう」と申します――

「かかることこそはありけれ、とをかしくて、何人ならむ、げにいとをかしかりつ、と、ほのかなりつるを、なかなか思ひ出づ。こまかに問へど、そのままにも言はず、『おのづから聞こし召してむ』とのみ言へば、うちつけに問ひ尋ねむもあさましき心地して、『雨も止みぬ。日も暮れぬべし』と言ふに、そそのかされて出で給ふ」
――(中将は)こんな耳寄りな事があったのだ、と興味がわいてきて、どういう人なのだろう、なるほどたいそうな美人であった、と、ちらっと見ただけに、かえって心に残って思い出されるのでした。中将は事細かに尋ねますが、少将の尼はありのままには事情を話さず、「そのうち自然にお分かりになるでしょう」とだけ言いますので、中将は無理矢理聞き出すのも見ぐるしいことのようでもあるが、と思っているところに供人が、「雨も止みました。日も暮れましょうから」と言うのに促がされて、中将はお立ち出でになります――

「前近きをみなへしを折りて、『何ににほらむ』と口ずさびて、ひとりごち立てり。『人のもの言ひを、さすがに思しとがむるこそ』など、古代の人どもは、ものめでをしあへり」
――(中将は)庭先の女郎花(おみなえし)を折って、「…ここにしも何にほうらむ」と古歌を口ずさみながら、このような尼の侘び住まいに美しい若い女が居ようとは、と思って佇んでいらっしゃる。何も知らない古風な人たちは、尼ばかりのところに立ち寄られたことに、中将自身が極まりわるく思ってのことと、勘違いして、「さすがに人の噂を気になさるところは奥ゆかしい」などとほめそやしております――

「いときよげに、あらまほしくもねびまさり給ひにけるかな、おなじくは、昔のやうにても見たてまつらばや、とて、『藤中納言の御あたりには、絶えず通ひ給ふやうなれど、心もとどめ給はず、親の殿がちになむものし給ふ、とこそ言ふなれ』と尼君ものたまひて」
――本当に美しく、貫録も申し分なく整っていらっしゃったこと。同じ事なら、昔のように婿君としてお迎え申し上げたいものです、と尼君がおっしゃって、「(現在の妻の父である)藤中納言の邸にはよく伺っているようですが、肝心のあちらの姫君にはそれほど熱心ではないらしく、その方は親御さまのお邸に居られることが多いそうですよ」と尼君がおっしゃって、ついでに…――

◆何ににほらむ=拾遺集「ここにしも何にほふらむ女郎花人の物言ひさがにくき世に」で、浮舟を女郎花に譬えてこの歌を引いた。

では3/19に。