2013. 3/29 1234
五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その26
「『過ぎにし方の思ひ出でらるるにも、なかなか心づくしに、今はじめてあはれと思すべき人、はた難げなれば、見えぬ山路にもえ思ひなすまじうなむ』と、うらめしげにて出でなむとするに、『など、あたら夜を御覧じさしつる』とて、ゐざり出で給へり」
――(中将は)「妻の生前中が思い出されるにつけましても、なまじ悲しみの種となりますし、といって、今あらためて情を寄せてくださりそうな方もなさそうですから、ここも世の憂さから逃れる山路とも思えません」と言って、残念そうにお帰りになろうとなさいます。尼君が、「あたらこの美しい月夜を、なぜまた見捨ててお帰りになるのでしょう」と言って、にじり出てこられます――
「『何か、をちなる里も、こころみ侍りぬれば』と言ひすさみて、いたうすきがましからむも、さすがにびんなし、いとほのかに見えしさまの、目とまりしばかり、つれづれなる心なぐさめに思ひ出でつるを、あまりもて離れ、奥深なるけはひも所のさまにあはずすさまじ、と思へば、帰りなむとするを、笛の音さへ飽かずいとど覚えて」
――(中将は)「どういたしまして、この里もどんなに辛いか分かりましたから。(あの方のお気持も分かってしまいましたから)」などと冗談めかしておっしゃる。あまり好色らしいのも、さすがに具合悪い。ほのかに見えた姿が目に止まったばかりに、わびしい心を慰めようと思い出してやって来たものを、あの人があまりにもよそよそしく、引っ込み思案らしいのも、こうした山里にはそぐわない風情の無さに、中将がお帰りになろうとしますのを、尼君は中将の笛の音のいよいよ冴えて名残り惜しいので――
「『ふかき夜の月をあはれと見ぬ人や山の端ちかきやどにとまらぬ』となまかたはなることを、『かくなむ聞え給ふ』と言ふに、心ときめきて、『山の端に入るまで月をながめみむねやの板間もしるしありしやと』など言ふに、この大尼君、笛の音をほのかに聞きつけたりければ、さすがにめでて出で来たり」
――(尼君が)「夜半の月をしみじみと味わわない御方こそ、山裾のこの宿を見捨ててお帰りなのですか」と、あまり上手ではない歌を、「姫君がこう申されていますよ」と言いますのに中将は心ときめかせて、「では山の端に入るまで月を眺めていましょう。貴女に逢って、闇の縁にさす光に胸の痛みも薄れましょうかと」などとお答えになります。そうこうしていますうちに、この家の大尼君が笛の音をかすかに聞きつけて、心惹かれてにじり出ておいでになりました――
「ここかしこうちさはぶき、あさましきわななき声にて、なかなか昔のことなどもかけて言はず。誰とも思ひ分かぬなるべし。『いで、そのきんの琴弾き給へ。横笛は、月にはいとをかしきものぞかし。いづら、くそたち、琴とりて参れ』といふに、それなめり、とおしはかりに聞けど、いかなる所に、かかる人、いかでこもり居たらむ、さだめなき世ぞ、これにつけてあはれなる」
――ものを言う途中途中で咳をし、ひどい震え声で話をしますが、老人ですから昔の事など言いそうですのに、却って少しも言い出しません。きっとこの客人が誰ともはっきり分からないのでしょう。「さあ、その琴の琴(きんのこと)をお弾きなさいませ。横笛は月夜にはほんとうに良いものですよ。それそれ、そなた達も琴を持ってきて差し上げて」と言っています。あの老尼君らしいと中将は推察しながら、こういう老人が、またどうしてこんな所に引き籠もっていたのだろう。わが妻は若くして死んだとというのに、老少不定(ろうしょうふじょう)のこの世ではあることよ、としみじみあはれを催すのでした――
◆見えぬ山路にも=古今集「世の憂き目見えぬ山路に入らむには思ふ人こそ絆なりけれ」
◆あたら夜を=後選集「あたら夜の月と花とを同じくは心知られむ人に見せばや」
◆なまかたはなること=なま・かたはなること=余り上手でない
◆くそたち=「くそ」は「こそ」の転で、第二人称の敬称。皆さんの意
では3/31に。
五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その26
「『過ぎにし方の思ひ出でらるるにも、なかなか心づくしに、今はじめてあはれと思すべき人、はた難げなれば、見えぬ山路にもえ思ひなすまじうなむ』と、うらめしげにて出でなむとするに、『など、あたら夜を御覧じさしつる』とて、ゐざり出で給へり」
――(中将は)「妻の生前中が思い出されるにつけましても、なまじ悲しみの種となりますし、といって、今あらためて情を寄せてくださりそうな方もなさそうですから、ここも世の憂さから逃れる山路とも思えません」と言って、残念そうにお帰りになろうとなさいます。尼君が、「あたらこの美しい月夜を、なぜまた見捨ててお帰りになるのでしょう」と言って、にじり出てこられます――
「『何か、をちなる里も、こころみ侍りぬれば』と言ひすさみて、いたうすきがましからむも、さすがにびんなし、いとほのかに見えしさまの、目とまりしばかり、つれづれなる心なぐさめに思ひ出でつるを、あまりもて離れ、奥深なるけはひも所のさまにあはずすさまじ、と思へば、帰りなむとするを、笛の音さへ飽かずいとど覚えて」
――(中将は)「どういたしまして、この里もどんなに辛いか分かりましたから。(あの方のお気持も分かってしまいましたから)」などと冗談めかしておっしゃる。あまり好色らしいのも、さすがに具合悪い。ほのかに見えた姿が目に止まったばかりに、わびしい心を慰めようと思い出してやって来たものを、あの人があまりにもよそよそしく、引っ込み思案らしいのも、こうした山里にはそぐわない風情の無さに、中将がお帰りになろうとしますのを、尼君は中将の笛の音のいよいよ冴えて名残り惜しいので――
「『ふかき夜の月をあはれと見ぬ人や山の端ちかきやどにとまらぬ』となまかたはなることを、『かくなむ聞え給ふ』と言ふに、心ときめきて、『山の端に入るまで月をながめみむねやの板間もしるしありしやと』など言ふに、この大尼君、笛の音をほのかに聞きつけたりければ、さすがにめでて出で来たり」
――(尼君が)「夜半の月をしみじみと味わわない御方こそ、山裾のこの宿を見捨ててお帰りなのですか」と、あまり上手ではない歌を、「姫君がこう申されていますよ」と言いますのに中将は心ときめかせて、「では山の端に入るまで月を眺めていましょう。貴女に逢って、闇の縁にさす光に胸の痛みも薄れましょうかと」などとお答えになります。そうこうしていますうちに、この家の大尼君が笛の音をかすかに聞きつけて、心惹かれてにじり出ておいでになりました――
「ここかしこうちさはぶき、あさましきわななき声にて、なかなか昔のことなどもかけて言はず。誰とも思ひ分かぬなるべし。『いで、そのきんの琴弾き給へ。横笛は、月にはいとをかしきものぞかし。いづら、くそたち、琴とりて参れ』といふに、それなめり、とおしはかりに聞けど、いかなる所に、かかる人、いかでこもり居たらむ、さだめなき世ぞ、これにつけてあはれなる」
――ものを言う途中途中で咳をし、ひどい震え声で話をしますが、老人ですから昔の事など言いそうですのに、却って少しも言い出しません。きっとこの客人が誰ともはっきり分からないのでしょう。「さあ、その琴の琴(きんのこと)をお弾きなさいませ。横笛は月夜にはほんとうに良いものですよ。それそれ、そなた達も琴を持ってきて差し上げて」と言っています。あの老尼君らしいと中将は推察しながら、こういう老人が、またどうしてこんな所に引き籠もっていたのだろう。わが妻は若くして死んだとというのに、老少不定(ろうしょうふじょう)のこの世ではあることよ、としみじみあはれを催すのでした――
◆見えぬ山路にも=古今集「世の憂き目見えぬ山路に入らむには思ふ人こそ絆なりけれ」
◆あたら夜を=後選集「あたら夜の月と花とを同じくは心知られむ人に見せばや」
◆なまかたはなること=なま・かたはなること=余り上手でない
◆くそたち=「くそ」は「こそ」の転で、第二人称の敬称。皆さんの意
では3/31に。