永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1242)

2013年04月13日 | Weblog
2013. 4/13    1242

五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その34

「昔よりのことを、まどろまれぬままに、常よりも思ひ続くるに、いと心憂く、親と聞えけむ人の御容貌も見たてまつらず、遥かなる東をかへるがへる年月をゆきて、たまさかにたづね寄りて、うれしたのもしと思ひきこえし姉妹の御あたりも、思はずにて絶え過ぎ、さる方に思ひさだめ給へりし人につけて、やうやう身の憂さをもなぐさめつべききはめに、あさましうもてそこなひたる身を、思ひもてゆけば、」
――(浮舟は)「眠れぬままに、昔からのことを、いつもよりもつくづくと思い続けていますと、まったく辛いわが身であったと思うのでした。御父と申し上げる方のお顔も拝したことがなく、遠い東の国に、何度も往ったり来たりしながら年月を過ごして、ようやく上京はしたものの、たまたま尋ね出してお目にかかった姉君のあたりとも、思わぬ事から疎遠になってしまうし、それなりの身分でお世話してくださるおつもりだった大将の君(薫)をお頼りにして、だんだんに自分の不仕合せな暮らしも慰められようとする間際に、浅はかにも身を誤ってしまったことなどを思いつめていきますと――

「宮を、すこしもあはれと思ひきこえけむ心ぞいとけしからぬ、ただこの人の御ゆかりにさすらへぬるぞ、と思へば、小島の色をためしに契り給ひしを、などてをかしと思ひきこえけむ、と、こよなくあきにたる心地す」
――匂宮をほんの少しでも慕わしいと思い申した自分の料簡がいけないことであった。ただ匂宮との御縁からこのような流浪の身になったのだ、と思いますと、匂宮が橘の小島の色を譬えにして愛を誓われたことを、あんなにも素晴らしく思えたことも、すっかり厭になった気がするのでした――

「はじめより、薄きながらものどやかにものし給ひし人は、この折かの折など、思ひ出づるぞこよなかりける。かくてこそありけれ、と、聞きつけられたてまつらむはづかしさは、人よりまさりぬべし」
――最初から、情熱的ではないながらも、気長に愛してくださった人(薫)のことは、この折、あの時と思い出すにつけても、ずっと恋しく思い出されるのでした。浮舟がこうして生きていたと、薫に聞きつけられたなら、その恥かしさは例えようもないであろう――

「さすがに、この世には、ありし御さまを、よそながらだにいつかは見むずる、とうち思ふ。なほ悪の心や、かくだに思はじ、など、心ひとつをかへさふ」
――おそらくきっと、この世ではもうすべての薫のお姿を、そっとよそながらでも、拝見することがあるかしら、と、ふと思いながら、ああやはりいけない未練だこと、もうこんなことさえも思うのはよしましょう、と心一つには打ち消しては、また思い返しているのでした――

「からうじて鳥の鳴くを聞きて、いとうれし。母の御声を聞きたらむは、ましていかならむ、と思ひ明かして、心地もいと悪し」
――ようやくのことで鳥の鳴く音を聞いて、浮舟はやっとほっとなさる。これが母君のお声ときいたならば、どんなにうれしかったろうとおもいますが、昨夜はまんじりともせずに夜をあかしましたので、気分がひどく悪い――

「供にてわたるべき人もとみに来ねば、なほ臥し給へるに、鼾の人はいととく起きて、粥などむつかしきことどもをもてはやして、『御前にとく聞し召せ』など寄り来て言へど、まかなひもいと心づきなく、うたて見知らぬ心地して、『なやましくなむ』と、ことなしび給ふを、しひて言ふもいとこちなし」
――お供の童女こもきもいっこうに帰ってきませんので、そのまま横になっていますと、あの鼾(いびき)のひどかった大尼君などが早々に起き出して、朝食の粥の支度などに立ち騒いでいます。「貴女様もはやく召し上がれ」などと側に寄ってきて言いますが、このような老人のお給仕役も気に染まず、このようなことをしたこともありませんので、「気分がすぐれませんので」とさりげなくお断りしていますのに、なおも無理強いするのは、何とも気が利かないことかと、思うのでした――

では4/15に。