2013. 4/17 1244
五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その36
「くれがたに、僧都ものし給へり。南面払ひしつらひて、まろなる頭つきども、行きちがひ騒ぎたるも、例に変りていとおそろしき心地す」
――暮れ方に僧都がお出でになりました。南面に御座を設えて、丸い頭つきの法師たちがあちこちしてさざめいていますのを、浮舟はいつもと違ってたいへん恐ろしい気がするのでした――
「母の御方に参り給ひて『いかにぞ、月ごろは』など言ふ。『東の御方はものまうでし給ひにきとか。このおはせし人は、なほものし給ふや』など問ひ給ふ。『しか、ここにとまりてなむ。心地あしとこそものし給ひて、忌むこと受けたてまつらむ、とのたまひつる』と語る」
――(僧都は)母尼のお部屋に参上して、「いかがでいらっしゃいますか。この頃は」「東の対に住む人(妹尼)は、物詣でにいらしたとか。また、前に居られた方は今もお出でですか」などとお訊ねになります。母尼が「はい、その通りですよ。こちらに居残っておいでになって、気分がたいそうお悪いとかで、受戒をお願い申したいと言っております」とお話になります――
「立ちてこなたにいまして、『ここにやおはします』とて、几帳のもとについゐ給へば、つつましけれど、ゐざりよりて、いらへし給ふ」
――僧都が立ってこちらへいらっしゃって、「ここにいらっしゃいますか」と言って、几帳の側にお座りになりましたので、浮舟はおずおずとゐざり寄ってお返事をなさいます――
「『不意にて見たてまつりそめてしも、さるべき昔の契りありけるにこそ、と思う給へて、御祈りなども、ねんごろに仕うまつりしを、法師は、そのこととなくて、御文聞えうけたまはらむもびんなければ、自然になむおろかなるやうになり侍りぬる。いとあやしきさまに、世を背き給へる人の御あたりに、いかでおはしますらむ』とのたまふ」
――(僧都が)「思いがけずもお目にかかりましたのも、前世の因縁があったからこそと存じまして、ご祈祷なども真心からお勧め申しましたが、法師というものは、これといった用事も無しに女の方とお手紙を取り交わすのも不都合ですので、自然にご無沙汰のようになっておりました。それにしましても、この世を捨てた尼たちのお側に、どのようにしてお過ごしになっておられますか」と仰せになります――
「『世の中に侍らじ、と思ひ立ち侍りし身の、いとあやしくて今まで侍るを、心憂しと思ひ侍るものから、よろづにものせさせ給ひける御心ばへをなむ、いひかひなき心地にも、思う給へらるるを、尼になさせ給ひてよ。世の中に侍るとも、例の人にて、ながらふべくも侍らぬ身になむ』と聞え給ふ」
――(浮舟は)「この世には生きていまいと覚悟いたしましたこの身が、不思議にこうして今まで生きていますのを、辛いとは思いますものの、何もかもご親切にお世話くださった御志を、不甲斐ない心にもしみじみ有難く思わずにはいられないのですが、やはり世馴れぬ気持ちで、結局は生きていられそうもない気がいたしますので、尼にしていただきとうございます。この世におりましても、とても普通の女並には生きられそうにない身でございます」と申し上げます――
では4/19に。
五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その36
「くれがたに、僧都ものし給へり。南面払ひしつらひて、まろなる頭つきども、行きちがひ騒ぎたるも、例に変りていとおそろしき心地す」
――暮れ方に僧都がお出でになりました。南面に御座を設えて、丸い頭つきの法師たちがあちこちしてさざめいていますのを、浮舟はいつもと違ってたいへん恐ろしい気がするのでした――
「母の御方に参り給ひて『いかにぞ、月ごろは』など言ふ。『東の御方はものまうでし給ひにきとか。このおはせし人は、なほものし給ふや』など問ひ給ふ。『しか、ここにとまりてなむ。心地あしとこそものし給ひて、忌むこと受けたてまつらむ、とのたまひつる』と語る」
――(僧都は)母尼のお部屋に参上して、「いかがでいらっしゃいますか。この頃は」「東の対に住む人(妹尼)は、物詣でにいらしたとか。また、前に居られた方は今もお出でですか」などとお訊ねになります。母尼が「はい、その通りですよ。こちらに居残っておいでになって、気分がたいそうお悪いとかで、受戒をお願い申したいと言っております」とお話になります――
「立ちてこなたにいまして、『ここにやおはします』とて、几帳のもとについゐ給へば、つつましけれど、ゐざりよりて、いらへし給ふ」
――僧都が立ってこちらへいらっしゃって、「ここにいらっしゃいますか」と言って、几帳の側にお座りになりましたので、浮舟はおずおずとゐざり寄ってお返事をなさいます――
「『不意にて見たてまつりそめてしも、さるべき昔の契りありけるにこそ、と思う給へて、御祈りなども、ねんごろに仕うまつりしを、法師は、そのこととなくて、御文聞えうけたまはらむもびんなければ、自然になむおろかなるやうになり侍りぬる。いとあやしきさまに、世を背き給へる人の御あたりに、いかでおはしますらむ』とのたまふ」
――(僧都が)「思いがけずもお目にかかりましたのも、前世の因縁があったからこそと存じまして、ご祈祷なども真心からお勧め申しましたが、法師というものは、これといった用事も無しに女の方とお手紙を取り交わすのも不都合ですので、自然にご無沙汰のようになっておりました。それにしましても、この世を捨てた尼たちのお側に、どのようにしてお過ごしになっておられますか」と仰せになります――
「『世の中に侍らじ、と思ひ立ち侍りし身の、いとあやしくて今まで侍るを、心憂しと思ひ侍るものから、よろづにものせさせ給ひける御心ばへをなむ、いひかひなき心地にも、思う給へらるるを、尼になさせ給ひてよ。世の中に侍るとも、例の人にて、ながらふべくも侍らぬ身になむ』と聞え給ふ」
――(浮舟は)「この世には生きていまいと覚悟いたしましたこの身が、不思議にこうして今まで生きていますのを、辛いとは思いますものの、何もかもご親切にお世話くださった御志を、不甲斐ない心にもしみじみ有難く思わずにはいられないのですが、やはり世馴れぬ気持ちで、結局は生きていられそうもない気がいたしますので、尼にしていただきとうございます。この世におりましても、とても普通の女並には生きられそうにない身でございます」と申し上げます――
では4/19に。