2013. 4/23 1247
五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その39
「『あなあさましや。などかくあうなきわざはせさせ給ふ。上帰りおはしましては、いかなることをのたまはせむ』と言へど、かばかりにしそめつるを、言ひ乱るるものし、と思ひて、僧都いさめ給へば、寄りてもえさまたげず」
――(少将の君は)まあ、とんだことを。どうして思慮のないことをなさるのですか。尼君がお帰りになりましたなら、何とおっしゃいますか」と言いますが、ここまで事が運ばれてしまったのに、とやかく言うのもいかがかと僧都がお制止なさいますので、少将の君がお側に出てお止めするわけにはいきません――
「『流転三界中』などいふにも、断ちはてしものを、と思ひ出づるも、さすがなりけり。御髪もそぎわづらひて、『のどやかに、尼君たちして直させ給へ』と言ふ。額は僧都ぞ削ぎ給ふ」
――(僧都が)「流転三界中(るてんさんがいじゅう)」などと唱えられますと、浮舟は、ご自分はとうに恩愛を断ってしまった筈ですのに、さすがに思い出が心をさすめますのは、まことに悲しいことです。阿闇梨も御髪をすっかりは削ぎかねて、「あとでゆっくり尼君達に直してもらいなさい」と言います。額の髪は僧都がお切りになりました――
「『かかる御容貌やつし給ひて、悔い給ふな』など、尊きことども説き聞かせ給ふ。とみにせさすべくもなく、皆言ひ知らせ給へることを、うれしくもしつるかな、と、これのみぞ生ける験ありて覚え給ひける」
――(僧都が)「このような美しいご容姿を剃髪なさったからといって、決して後悔なさいますな」などと、いろいろと尊い教えを説いてお聞かせになります。(浮舟はお心の中で)なかなかすぐには出家など出来そうにもなく、皆が抑えなだめていたことなのに、うれしくも望みが叶ったことよ、と、これだけが生きていた甲斐があったことと嬉しく思われるのでした――
「皆人々出でしづまりぬ。夜の風の音に、この人々は、『心細き御住まひも、しばしのことぞ、今いとめでたくなり給ひなむ、と、頼みきこえつる御身を、かくしなさせ給ひて、残り多かる御世の末を、いかにせさせ給はむとするぞ。老いおとろへたる人だに、今は限りと思ひ果てられて、いと悲しきわざに侍る』と言ひ知らすれど、なほただ今は心やすくうれし」
――僧都たちが皆立ち去られましたので、この家の内もひっそりと静かになりました。夜の風の音につけてもお側の人々は、「こうした心細いご生活ももうしばらくのこと、やがて結構なご身分におなりでしょうと、頼みにお思いしましたものを、このようなお姿におやつしになられて、これから長いご一生をどうなさるおつもりです。老い先のない私たちでさえ、いよいよ出家をいたします時は、これが生涯の終りのような気がして、何もかも思い捨てるのが悲しいものでございます」などと言ってお聞かせしますが、浮舟ご自身は、それでも今のところ、心配もなくただただ嬉しいのでした――
「世に経べきものとは思ひかけずなりぬるこそは、いとめでたきことなれ、と、胸の明きたる心地し給ひける」
――この世で女並みの生活をしなければならないと思わずにすむ事が、何よりも有難く、胸の晴れ晴れする心地がするのでした――
では4/25に。
五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その39
「『あなあさましや。などかくあうなきわざはせさせ給ふ。上帰りおはしましては、いかなることをのたまはせむ』と言へど、かばかりにしそめつるを、言ひ乱るるものし、と思ひて、僧都いさめ給へば、寄りてもえさまたげず」
――(少将の君は)まあ、とんだことを。どうして思慮のないことをなさるのですか。尼君がお帰りになりましたなら、何とおっしゃいますか」と言いますが、ここまで事が運ばれてしまったのに、とやかく言うのもいかがかと僧都がお制止なさいますので、少将の君がお側に出てお止めするわけにはいきません――
「『流転三界中』などいふにも、断ちはてしものを、と思ひ出づるも、さすがなりけり。御髪もそぎわづらひて、『のどやかに、尼君たちして直させ給へ』と言ふ。額は僧都ぞ削ぎ給ふ」
――(僧都が)「流転三界中(るてんさんがいじゅう)」などと唱えられますと、浮舟は、ご自分はとうに恩愛を断ってしまった筈ですのに、さすがに思い出が心をさすめますのは、まことに悲しいことです。阿闇梨も御髪をすっかりは削ぎかねて、「あとでゆっくり尼君達に直してもらいなさい」と言います。額の髪は僧都がお切りになりました――
「『かかる御容貌やつし給ひて、悔い給ふな』など、尊きことども説き聞かせ給ふ。とみにせさすべくもなく、皆言ひ知らせ給へることを、うれしくもしつるかな、と、これのみぞ生ける験ありて覚え給ひける」
――(僧都が)「このような美しいご容姿を剃髪なさったからといって、決して後悔なさいますな」などと、いろいろと尊い教えを説いてお聞かせになります。(浮舟はお心の中で)なかなかすぐには出家など出来そうにもなく、皆が抑えなだめていたことなのに、うれしくも望みが叶ったことよ、と、これだけが生きていた甲斐があったことと嬉しく思われるのでした――
「皆人々出でしづまりぬ。夜の風の音に、この人々は、『心細き御住まひも、しばしのことぞ、今いとめでたくなり給ひなむ、と、頼みきこえつる御身を、かくしなさせ給ひて、残り多かる御世の末を、いかにせさせ給はむとするぞ。老いおとろへたる人だに、今は限りと思ひ果てられて、いと悲しきわざに侍る』と言ひ知らすれど、なほただ今は心やすくうれし」
――僧都たちが皆立ち去られましたので、この家の内もひっそりと静かになりました。夜の風の音につけてもお側の人々は、「こうした心細いご生活ももうしばらくのこと、やがて結構なご身分におなりでしょうと、頼みにお思いしましたものを、このようなお姿におやつしになられて、これから長いご一生をどうなさるおつもりです。老い先のない私たちでさえ、いよいよ出家をいたします時は、これが生涯の終りのような気がして、何もかも思い捨てるのが悲しいものでございます」などと言ってお聞かせしますが、浮舟ご自身は、それでも今のところ、心配もなくただただ嬉しいのでした――
「世に経べきものとは思ひかけずなりぬるこそは、いとめでたきことなれ、と、胸の明きたる心地し給ひける」
――この世で女並みの生活をしなければならないと思わずにすむ事が、何よりも有難く、胸の晴れ晴れする心地がするのでした――
では4/25に。