永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(564)

2009年11月18日 | Weblog
09.11/18   564回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(12)

 夕霧はつぎつぎにお思いになって、

「見おとりせむ事こそ、いといとほしけるべけれ、大方の世につけても、限りなく聞くことは、必ず然ぞあるかし」
――落葉宮にお逢いしたら、がっかりするようなご容貌でしたら(宮にとって)お気の毒なことだ。何事も評判より幻滅を感じるものだから――

 などと思いながら、自分たち夫婦には、別に浮気が原因の嫉妬などないままに、のんびりを親しんできていることを思い、それだから、

「あはれにいとかうおしたちて、おごりならひ給へるも、道理に覚え給ひけり」
――(雲井の雁は)しっかり我を張って折れるということがないのも、もっともなことだと思ったりもなさる――

 とろとろと寝いったときでしょうか、夢にあの柏木が、あの最後に逢ったときのままの袿姿で自分の側にいて、この笛を取ってご覧になっています。夢の中でも、亡き柏木がこの笛に執着して、まだ成仏せず、音色を尋ねて来たのだと思っていますと、柏木の霊が、

「『笛竹にふきよる風のことならば末の世ながきねにつたへなむ』思ふかた異に侍りきといふを、問はむと思ふ程に、若君の寝おびれて、泣き給ふ御声にさめ給ひぬ」
――(歌)竹に吹き寄せる風が、同じ事なら子孫の末までこの横笛の調を吹き伝えて欲しい。(この笛はできることなら子孫に伝えたい、の意)この横笛を伝えたいのは貴方ではなくと思っておりましたと言われますので、聞き返したいと思っていましたところ、幼い子が寝おびれてひどく泣く声に目が覚めてしまったのでした――

◆おしたちて=押し立ちて=立ちはだかる、我を張る。

◆おごりならひ=驕り慣らい=思いあがって意のままに。

ではまた。


源氏物語を読んできて(563)

2009年11月17日 | Weblog
09.11/17   563回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(11)

 夕霧は、「妹とわれのいるさの山の」と、まことに良いお声で歌われて、

「こは何ぞかく鎖し固めたる。あなうもれや。今宵の月を見ぬ里もありけり」
――これはまた、どうしてこんなに格子を締め切ってしまったことか。なんとも鬱陶しいことだ。今宵の月を見ないところがあるとは――

 と、不平をおっしゃりながら、格子を女房に上げさせ、ご自分は御簾を巻き上げなさって、端近にごろりと横になって、

「かかる夜の月に、心安く夢見る人はあるものか。少し出で給へ。あな心憂」
――こんな月のよい晩に、呑気に夢をみている人がいますか。こちらへ出ていらっしゃい。ああ面白くない――

 とおっしゃいますが、北の方の雲井の雁は、

「心やましううち思ひて、聞き忍び給ふ」
――癪に障るので、聞こえないふりをしていらっしゃる――

「君たちの、いはけなく寝おびれたるけはひなど、ここかしこにうちちして、女房もさしこみて臥したる、人気にぎはしきに、ありつる所の有様思ひ合はするに、多くかはりたり」
――お子たちが無心に寝ぼけているようすなどあちこちにして、侍女たちも込み合って寝ていますのは、人が多く賑やかで、先ほどの一条邸のご様子とは全く違っています――

 夕霧は、ご自分が帰ったあとも、落葉宮がどんなに物思いに沈んでおられるだろうなどと思いながら、横になって眠れぬままにうとうとなさりながら、

「いかなれば故君、ただ大方の心ばへは、やむごとなくもてなし聞こえながら、いと深きけしきなかりけむ」
――どうして柏木は、落葉宮を一通りのお扱いをされながら、深い愛情を持たれていらっしゃらなかったのであろうか――

 と、何とも柏木の気持ちが分からない。

◆さし込みて臥したる=子供が大勢なので女房たちも一緒にその辺に寝ている。

ではまた。

源氏物語を読んできて(562)

2009年11月16日 | Weblog
09.11/16   562回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(10)

 御息所が、

「これになむ、まことに古きことも伝わるべく聞きおき侍りしを、かかる蓬生にうづもるるもあはれに見給ふるを、御先駆にきほはむ声なむ、余所ながらもいぶかしう侍る」
――この笛は、まこと古い由緒も伝わっていると聞いておりましたが、こんな草深い家に埋もれさせますのも残念ですから、お先払いの声に負けぬほどに、あなたがこの笛をお吹きになるのを、余所ながらでもお聞きしとうございます――

 夕霧は恐縮なさりながら、拝見されますと、

「これもげに世と共に身に添へてもてあそびつつ、自らもさらにこれが音の限りは、え吹きとほさず、思はむ人にいかで伝へてしがな、と折々聞こえごち給ひしを思い出で給ふに、今すこしあはれ多く添ひて、こころみに吹き鳴らす」
――この笛も、なるほど柏木が生涯身から離さずもてならし、ご自分でもこの笛の本当の音を出すことができない、これを所望される人に是非とも伝えたいものだ、と常々言っておられたことを思い出して、このときなおさら風情を覚えて、少し試しに吹いてごらんになります――

 曲の半分ほどをお吹きになって、夕霧の(歌)

「露しげきむぐらのことにかはらぬを空しくなりし音こそつきせね」
――露深いこの荒れた宿に、柏木がいらした昔の秋と変わらぬ虫の音と、そして笛の音を聞きました――

 御息所(返歌)

「横笛のしらべはことにかはらぬを空しくなりし音こそつきせね」
――横笛の音は昔と変わりませんが、柏木を恋しく哭く音は尽きないものです――

 こうして夕霧はお帰りをためらわれておいでになるうちに、夜も更けてしまいました。
自邸の三條のお屋敷にお帰りになってみますと、格子などを下ろさせて、妻の雲井の雁も子供たちも、みなお寝みになっている様子です。

「この宮に心かけ聞こえ給ひて、かくねんごろがり聞こえ給ふぞなど、人の聞こえ知らせければ、かやうに夜ふかし給ふもなま憎くて、入り給ふをも聞く聞く、寝たるやうにてものし給ふなるべし」
――この宮(落葉宮)に夫の夕霧が想いを掛けて、あのように親切を尽くしておられるのですと、人が雲井の雁に告げ口をしますので、雲井の雁はこんな夜更けになってのお帰りに憎らしくて、お部屋に入って来られましたのを耳にしながら、寝たふりをしていらっしゃるのでしょう――

◆かくねんごろがり=そのように親しげな様子を
◆なま憎くて=なま(中途半端)、小憎らしい。

ではまた。

源氏物語を読んできて(561)

2009年11月15日 | Weblog
09.11/15   561回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(9)

 夕霧の(歌)、

「ことに出でていはぬをいふにまさるとは人にはぢたるけしきをぞみる」
――あなたのはにかんだご様子をみていますと、口に出して言わないことが、言うこと以上に深い思いだと分かります。(言に琴を掛ける)――

 と申し上げますと、落葉宮はただ曲の最後の方だけをお弾きになって、(歌)

「ふかき夜のあはればかりはききわけどことよりほかにえやは言ひける」
――深夜に聴きます想夫恋の曲の趣は、私にも分かりますが、琴を弾くこと以外に、私は何を申し上げることができたでしょう――

 故人(柏木)が、落葉宮に伝授された筝の音色をいつまでも聴いていたかったのに、すぐに止められましたので、夕霧は恨めしい気がして、

「すきずきしさを、さまざまにひき出でてもご覧ぜられぬるかな。秋の夜ふかし侍らむも、昔のとがめやと憚りてなむ、まかで侍りぬべかめる」
――私の好き心を、琵琶や和琴を弾いて見透かされてしまいましたね。秋の夜を更かしすぎましても、個人に咎められるかと遠慮されますので、もうお暇しなければなりますまい――

 後日また参上いたしますまで、琵琶や和琴の調子をそのままにしておまちくださいませんか。弾き違い(違約)ということも世間ではありますから心配で、と夕霧は、

「まほにはあらねど、うちにほはしおきて出で給ふ」
――真正面からではありませんが、意中を仄めかしてお帰りになります――

 御息所が、

「今宵の御すきには、人ゆるし聞こえつべくなむありける」
――今夜のこの程度の風流さを、人も咎めはしないでしょう――

 と、夕霧へ、この夜のお礼の贈り物に笛を添えて差し上げます。

ではまた。

源氏物語を読んできて(560)

2009年11月14日 | Weblog
09.11/14   560回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(8)

 夕霧は故君(柏木)が生前にいつも弾いていらした琴を掻き鳴らしながら、

「あはれいとめづらかなる音に、掻き鳴らし給ひしはや。この御琴にもこもりて侍らむかし。承りあらはしてしがな」
――ああ、あの方(柏木)は、本当に素晴らしい音色で弾かれたものでした。宮のお琴にもきっとあの方の音色が籠っていましょうね。一曲聞かせて頂いて、確かめとうございます――

 と、おっしゃると、御息所は、

「琴の緒絶えにし後より、昔の御童遊びのなごりをだに、思ひ出で給はずなむなりにてはべめる。……あらぬさまにほれぼれしうなりて、ながめ過ぐし給ふめれば、世の憂きつまにといふやうになむ見給ふる」
――宮(女二宮・落葉宮)は、柏木の死後というもの、昔の幼い頃の遊び半分の弾き方さえも忘れてしまったようです。……今はもうぼおっとした状態で侘しく過ごしておられますので、琴も悲しい思い出の種と考えておられるのだと思います――

 宮も御息所も御簾を隔ててのご対面ですので、夕霧は御琴を御簾の方に寄せて催促がちになさいますが、それ以上は強いられません。

「月さし出でて曇りなき空に、羽うち交わす雁がねも、列を離れぬ、うらやましく聞き給ふらむかし。風肌寒く、ものあはれなるに誘はれて、筝の琴をいとほのかに掻き鳴らし給へるも、おく深き声なるに、いとど心とまりはてて、なかなかに思ほゆれば、琵琶を取り寄せて、いとなつかしき音に、想夫恋を弾き給ふ」
――月がさっとさし出て、くっきりとした空に、羽をうち交わし飛ぶ雁さえ仲間を離れずにいるその声を、落葉宮は羨ましい気持ちでお聞きになることでしょう。風が肌寒く、ものあわれなのに誘われて、宮は筝の琴をほんの少し掻き鳴らされますのも、いかにも深みのある音色ですので、夕霧は、ますます心惹かれて、後には引けないお気持になって、琵琶を引き寄せてまことにやさしいお声で想夫恋の曲をお弾きになります――

 夕霧は、

「おもひおよび顔なるは、かたはらいたけれど、これはこと問はせ給ふべくや」
――想夫恋などを弾きまして、宮のお心をお察ししているようで気がひけますが、それはあなたが私の相手をして和琴を弾いてくださるかと存じまして――

 と、しきりに御簾の内の宮をお誘い申しますが、宮はただただ物思いにふけっていらっしゃる。

ではまた。

源氏物語を読んできて(559)

2009年11月13日 | Weblog
09.11/13   559回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(7)

 落葉宮は御琴を片づける暇もなく、直接夕霧を南廂にお通しになります。縁の側にいた女房たちが奥へゐざり隠れるらしい衣ずれの音も、辺りの薫物の香も奥ゆかしい。いつものように御息所が対面なさって昔のお話などなさいます。夕霧は、

「わが御殿の、明け暮れ人しげくて、ものさわがしく、幼き君達など、すだきあわて給ふにならひ給ひて、いと静かにものあはれなり」
――ご自分の屋敷が、いつも人の出入りが多くて賑やかで、また幼い子達が集まっては騒いでいるのに慣れていますので、このように静かな風情にしんみりとなさる――

 庭は手入れの行き届かない荒れた感じはするものの、内親王らしい気高さで住み慣らしていらっしゃって、

「前栽の花ども、虫の音しげき野辺とみだれたる夕ばえを、見渡し給ふ」
――前栽の花などが、虫の音の鳴き乱れる野原のように咲きほころび、夕暮れのほの明かりに浮かんでいますのを、夕霧は見渡していらっしゃる――

 先ほどまで落葉宮が弾いておられた御琴をひき寄せてご覧になると、律の調子に整えられていて、よく弾きこんでいらっしゃるし、またその人の移り香が沁み込んでいて、
なつかしい感じがしております。夕霧は、

「かやうなるあたりに、思ひのままなるすき心ある人は、静むることなくて、様悪しきけはひをも現はし、さるまじき名をも立つるぞかし」
――こんな所でこそ、慎みのない好色者は心を抑える事ができず、見苦しい振る舞いに及んで、とんでもない浮名を立てたりするものだ――

 などと、考え続けながら、御琴を弾いていらっしゃる。

◆すだきあはて給ふ=すだく(集まる)、あはつけし(軽々しい、浮ついている)

ではまた。



源氏物語を読んできて(558)

2009年11月12日 | Weblog
09.11/12   558回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(6)

 この子(薫)が生まれてこられる為の因縁で、ああした呪わしい事件も起こったのだろう。避けられない宿命であったのだと、源氏は、少しは柏木の事を思い直されてもいるのでした。

 また、しかしご自身の運命をかえり見てはやや不満も多く、

「あまたつどへ給へる中にも、この宮こそは、かたほなる思ひ交じらず、人の御有様も、思ふに飽かぬ所なくてものし給ふべきを、かく思はざりしさまにて、見奉る事、と思すにつけてなむ、過ぎにし罪ゆるし難く、なほ口惜しかりける」
――大勢お集めになった女性たちの中でも、この女三宮こそは欠点もなく、お人柄もそう不十分では無い筈ですのに、こうした尼姿でお世話申すことになって、とお思いになるにつけても、やはり過去のあの二人の罪が許せない、残念でならない気がなさるのでした――

 夕霧は、

「かの今はのとじめに、とどめし一言を、心ひとつに思ひ出でつつ、いかなりし事ぞとは、いと聞こえまほしう、御気色もゆかしきを、ほの心えて思ひ寄らるる事もあれば…」
――あの柏木のご臨終に、言い残された一言を密かに思い出しては、いったいそれはどういうことだったのであろうと、父源氏に伺いたく、またその時の父上のお顔色も拝見したいと思いますものの、少し思い当たることもありますゆえに…――

「なかなかうち出で聞こえむもかたはらいたくて、いかならむついでに、この事の委しき有様もあきらめ、またかの人の思ひ入りたりしさまをも、聞し召させむと思ひわたり給ふ」
――かえって口に出して申すのもきまりが悪く、いったいどんな時にこの事の真相もお話し、また柏木が沈み込んでいた様子などもお耳に入れたらなら、とその機会を窺がっておられるのでした――

 秋の大そう風情のある夕べに、夕霧は落葉宮を思って一条邸にお出かけになりました。
落葉宮はやや寛いでしんみりと御琴を弾いていらっしゃる。

ではまた。



源氏物語を読んできて(557)

2009年11月11日 | Weblog
09.11/11   557回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(5)

 源氏は薫をお抱きになって、

「この君のまみのいと気色あるかな。(……)今よりいとけはひ異なるこそわづらはしけれ。女宮ものし給ふめるあたりに、かかる人おひ出でて、心苦しきこと、誰が為にもありなむかし」
――この子(薫)の目つきは格別のものがあるね。(これは他の子と違うのがちょっと気になるな)明石女御の姫宮のいらっしゃるこのあたりに、こんな美しい人が生まれてきては、行く末に厄介なことが(恋愛など)どちらともに起こるかも知れない――

「あはれ、そのおのおのの老いゆく末までは、見はてむろすらむやは。花の盛りはありなめど」
――ああ、その人たちが大人になる頃まで、私は見届けられる筈はないのに。「春ごとに花の盛りはありなめどあひ見むことは命なりけり」というように、命あってこそだがね――

 と、薫の顔をじっと見つめて言われますので、女房達は

「うたてゆゆしき御事にも」
――まあいやな、不吉なことを――

と、申し上げます。薫は丁度歯の生えてくるときで、筍を握って、よだれを垂らしながらかじったりで、源氏は咄嗟に(歌)を、

「うきふしも忘れずながらくれ竹のこは棄てがたきものにぞありける」
――憂き事(柏木への恨み)は忘れられないが、子供は可愛くて棄て難いものだなあ――(「ふし」は竹の縁語。「竹のこ」の「こ」に子を掛ける)

 と、薫を抱いて詠みかけますが、薫は勝手に膝から降りて戯れておいでです。

 月日が経つにつれて、薫が愛らしく、恐ろしいほど綺麗に成長されますので、あのような「憂きふし」すなわち、柏木の罪などは、きっと皆忘れてしまうに違いない、とも源氏は思うこともあるのですが……。

ではまた。

源氏物語を読んできて(556)

2009年11月10日 | Weblog
09.11/10   556回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(4)

「若宮は乳母のもとに寝給へりける、起きてはひ出で給ひて、御袖を引きまつはれ奉り給ふさま、いとうつくし」
――若宮(薫)は、乳母の傍でお寝みになっておいででしたが、起きては這い出して、源氏のお袖を引っ張ったり、まつわりついたりなさる様子が大そう可愛らしい――

「いとらうたげに白くそびやかに、柳を削りて作りたらむやうなり。頭はつゆ草してことさらに色どりたらむ心地して、口つきうつくしうにほひ、まみのびらかに、はづかしう薫りたるなどは、なほいとよく思ひ出でらるれど」
――(薫は)大そう可愛らしく、色は白くてすらりとしていて、柳の木を削って作ったお人形のようです。頭はつゆ草で特に染めたような濡れ羽色で、口元は艶やかに愛らしく、目元が穏やかで美しく深みがあるなど、やはりどこか柏木によく似ているようではありますが――

「かれはいとかやうに、際離れたる清らはなかりしものを、いかでかからむ、宮にも似奉らず、今より気高くものものしう、様異に見え給へる気色などは、わが御鏡の影にも似げなからず見なされ給ふ」
――柏木にはこれほど並外れたきれいさは無かったのに、薫はどうしてなのだろう。母の女三宮にも似ておらず、今から上品で重みがあって、特別立派にお見えになるご様子は、鏡に映った源氏のお顔に比べてみても、わが子としてまんざら似ていないでもないとお思いになるのでした――

 薫はやっと歩き初めの頃で、あれこれとお口に入れたりなさるので、源氏は、

「あな乱がはしや。いと不便なり。かれとり隠せ。食ひ物に目とどめ給ふと、物いひさがなき女房もこそ言ひなせ」
――ああ、行儀のわるい。いけないよ。その筍を隠してしまいなさい。食べ物をねらう意地汚い子だと、口の悪い女房たちが言いふらすからね――

 と笑いながらおっしゃる。

ではまた。


源氏物語を読んできて(555)

2009年11月09日 | Weblog
09.11/9   555回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(3)

 珍しく女三宮の側に、らいし(食物を盛る器)などがあるのを、

「『何ぞ、あやし』とご覧ずるに、院の御文なりけり。見給へば、いとあはれなり。今日か明日かの心地するを、対面の心にかなはぬ事など、細やかに書かせ給へり。……われさへ疎かなる様に見え奉りて、いとどうしろめたき御思ひの添ふべかめるを、いといとほしと思す」
――「何でしょう、変ですね」とご覧になりますと、それは朱雀院からの御ふみでした。お読みになりますと、まことにあわれ深い。もう今日明日の命の心地がするのに、思うように対面もできない旨が、こころ細やかに書いておありになります。……私が女三宮に冷淡な風にお仕えしますので、院としては一層ご心配が増すことでしょうと、院にはお気の毒にお思いになります――

 女三宮は院へのお返事を恥ずかしそうにお書きになって、お使いの者に、青鈍の綾一襲(あおにびのあやひとかさね)を渡されます。源氏は書き損じの紙を手にしてみますと、筆跡はひどく子供っぽい。その(歌)

「うき世にはあらぬところのゆかしくてそむく山路に思ひこそいれ」
――この世以外の静かなところに住みたくて、私も世離れた山寺を心に思いこんでおります――

 源氏は、

「うしろめたげなる御気色なるに、このあらぬ所もとめ給へる、いとうたて心憂し」
――(あなたは)まだ若くお美しくて、出家などまともではありませんのに、ましてこの世以外の所をお求めになるなんて、随分ひどいですね――

「今はまほにも見え奉り給はず、いとうつくしうらうたげなる御額髪、つらつきのをかしさ、(……)などかうはなりにし事ぞと、罪得ぬべく思さるれば、御几帳ばかり隔てて、またいとこやなう気遠く、疎々しうはあらぬ程に、もてなし聞こえてぞおはしける」
――今では(女三宮)は、まともに源氏にお逢いになることがありませんが、可愛らしい額髪やお顔のきれいなことが(まるで子どものように見えて、あどけなく可愛らしく)どうして、このように出家させてしまったことかと、お心が揺らぎますのを、このようなことを思うだけでも仏罰を蒙りそうに思われて、ご几帳だけは隔てていますが、そう遠くないところでお世話なさっておいでです――

ではまた。