黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

ハクセキレイ

2009年09月05日 23時40分27秒 | 日記
「ハクセキレイ」

 8月の初めの早朝、妻が居間のカーテンを開けたとき、玄関横の窓の下にハクセキレイの死骸が横たわっているのを発見した。
 ふと何年も前に我が家に巣を作ったハクセキレイのことを思い出した。前に飼っていた黒ネコ「との」が15才で死んだ翌年の平成15年、雪解けが終盤に差しかかったころ、居間から見える玄関のひさしとその上のベランダとの狭い空間を、毎日何度ものぞきに来るハクセキレイの姿があった。そのすき間はあまり日の当たらない北西を向いており、ベランダに降った雨や雪解け水を抜く役割をしていた。しばらくすると、つがいのハクセキレイは巣作りのため、木の枝や草のような物を次々と運んできた。
 ハクセキレイはスズメなどに比べ、飛行能力がかなり優れているように見える。飛行スピードが速いうえに、スピードを自在に変化させて飛ぶ。ネコに向かって威嚇するかのようなホバリングを見たことがある。獲物をねらうときなどにその体勢をとるらしい。飛行角度も弧を描くかと思うと、地面と平行に直線的に飛ぶなど多彩だ。飛行に自信があるためか、車や人が通る道路などに降りて餌を探す姿をよく見かけた。
 そして、ほとんど物音を立てずに、一月以上にわたり忙しく子育てする情景が続いた後、ある日を境にぱったりと彼らは巣に戻って来なくなった。無事ヒナが巣立ったかどうかわからなかった。
 庭木の冬囲いに取りかかるころになって巣がどうなったか思い出し、玄関のひさしに梯子をかけ、奥が狭くなっているすき間をのぞくと、ひさしのいちばん奥に、家壁に張りつくように黒ずんだ丸い固まりが見えた。引っかき出してみると、汚れた丸いわらには鳥の羽毛と糞のようなものが沢山こびりついていた。それは明らかに鳥が子育てをした痕跡だった。
 翌16年は、現在元気に走り回っているネコの「はな」がこの家に来た年だ。その年の春先も前年に引き続き、同じつがいだと思われるハクセキレイが、玄関先をのぞきにやって来ていた。彼らの調査が1、2週間続いたのち、2羽の鳥の姿は消えてしまった。巣作りをあきらめたようだった。2年目なのにどうしたのだろうか、去年の巣を取り除かれたのが気に入らなかったのだろうか、といぶかしく思ったことを覚えている。
 それから一月ほど経ったころの忘れもしない6月18日、父親を札幌の病院に連れて行くため、60キロメートルほど離れた私の実家に行った。季節はずれの暑い日で、深夜、2階の寝室の窓を閉めようとしたときだった。実家のブロック塀の外側の道路上に、小さな、しかし元気よく鳴くネコがいた。妻と2人で窓から顔を出すと、子ネコは小躍りするように跳ねて1メートル以上もある塀をよじ登ろうとするではないか。
 何が起きているのか考える余裕もなく、私たち2人はすぐ玄関の外に出ると、そのネコは塀づたいに走り、玄関先にいる私たちにかけ寄ってきた。大きな切ない声で鳴きながら妻の足元に体を押しつける様子は、まるでしばらく会っていなかった飼い主にやっと再会できたかのようだった。私の母親が大の動物嫌いだったこともあり、心配だったが牛乳と花かつおを食べさせ、その晩は寝た。
 翌朝、ネコの姿はなかった。寂しい気持ちを抱いたまま用事を済ませ、夕方私の家に帰ろうと実家の玄関を出たときだった。隣家の前庭の片隅から、姿は見えないがかすかにネコの声が聞こえた。大切な探し物が見つかりうれしさが抑えられないという気持ちで、おいでおいですると、ネコは狭い植え込みをかき分けて私たちの前に出てきた。こうして、はなは我が家にやって来た。
 その年の暮れ、雪が降る前に家の周りの掃除をしていたとき、隣家との境のコンクリート擁壁と車庫との間の30センチメートルくらいのすき間に、枯れ草に隠れて、前年に見たハクセキレイの巣にそっくりな捨てられた鳥の巣があった。その巣は周りからは見えなかったが、地面から3、40センチメートルの高さしかなかった。新興住宅地なので野良ネコなどは見かけることがなかったが、ハクセキレイはどうしてこんな危険な場所で子育てをする気になったのか不思議だった。
 彼らは、とのの存命中から、我が家の周囲を飛び回っていた。だから、とのが死んだ次の年、迷うことなく巣作りを始めることができた。それだけ鋭い観察力の持ち主たちが、なぜとのがいなくなって2年目の春先に、あっさりと前年の場所を放棄し危険度が高い車庫の裏に移動したのか。説明しにくいが、ネコが嫌いな彼らは、この家にはながやって来る一月も前に、はっきりとそのことを予感したのではないだろうか。
 妻は、ハクセキレイが白っぽい腹を上に向けて死んでいるのは変だとしきりに首をひねっている。近所の子供たちが道路でひろって玄関先においたのか、誤って家の壁に猛スピードで追突したのかわからないが、事故死だったのではと言う。
 ハクセキレイの寿命は何歳くらいなのだろうか。家庭で飼っているインコなどは20年以上も生きたという話を聞く。インターネットで検索すると、足標の調査により、カモ類やアホウドリは20年程度、カラス、スズメが6、7年とあった。体の大きさがスズメとほぼ同じハクセキレイの寿命は6、7年か。
 とすると、死んだ鳥は、平成15年にここで生まれたと考えても不自然ではない。彼は、季節の移り変わりを小さな体で敏感に感じ取り、この地から中国大陸に向け飛翔し、シベリアの凍てついた大地に遊び、サハリンの上空を旋回しながら、宗谷岬を起点に扇形に広がる北海道の大地を一望したことだろう。こうした大飛行を何度も経験し、ついに自分の寿命が尽きることを知って、生まれた巣を求めてこの家に帰ってきた。ひさしの上には、きっと彼の強靭な羽が一枚と小さな足跡がいくつか残っていると、私は想像している。(H21.9了)

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