28.03.08 勿 体 な い N0.1092
「有用な存在が粗末(無駄)に扱われているのが惜しい感じ」で日本語にしかない言葉のようです。
省資源が叫ばれるようになって一躍脚光をあびて、世界共通語になった言葉です。 でも、そういう
思想はどこにでもあるようで、イスラエルでは「水」がない。 洗面器一杯も水で歯を磨き・顔を洗って
・体を拭いて・家内の不拭き掃除をして・その水を植木(畑)に撒くと言われています。
そういう意味では日本人でも昭和15年以前の生まれの人と・それ以降人とは「勿体ない」の精神に
違いがあるようです。 昭和15年以前の生まれの人は、1 飯粒を一粒も残さない。 コンビニ弁当を
食べる場合でも、まずは蓋についている米粒から食べる。 2 見ないテレビをなんとなくつけておくと
いうようなことしない。 3 電燈の消し忘れをしない。 4 食べ残したものを捨てないで、リフレッシュ
することを考える。 5 ちびた石鹸をくっつけて使う(捨てない)6 歯磨きやマヨネーズのチューブの
残余がなくなれば、はさみで切って切り開き、残りをほりくり出して使い切る。
明治生まれの人はさらに、7 紙くずを捨てない。 引き延ばして使う。 8 空き缶・空き瓶を捨てない。
貯めておいてリサイクルに出す(売る)
でも、こういう習慣は「吝嗇」(けち)ではなくて、モノの命を大切に扱うことであって、限りある資源を消
費する人類の全てがそうあるべきところではないでしょうか?