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編む植物図鑑⑧ 『イラクサ科、ヤナギ科』 高宮紀子

2017-10-28 13:21:16 | 高宮紀子
◆写真 2 チョマでの作品 1995

◆写真 1カラムシ

◆写真 3

◆写真 4

◆写真 5

◆写真 6

◆写真 7

◆写真 8

2008年7月10日発行のART&CRAFT FORUM 49号に掲載した記事を改めて下記します。

編む植物図鑑⑧ 『イラクサ科、ヤナギ科』 高宮紀子

 ◆カラムシ:
 イラクサ科の仲間には、伝統的に繊維を採ってきた種類があります。栽培されるカラムシ、その他、野山に自生するイラクサ、アカソ、クサコアカソ、などがあります。イラクサは防御のための刺毛(しもう)があり、手が痒くなりますが、カラムシにはありません。ですから繊維をとるのも容易です。チョマという呼び名があり、その違いをよく聞かれますが、栽培されるカラムシの仲間のことだそうです。このカラムシには二種類、葉の裏が白いもの(毛が生えている)とそうでないものがあります。それぞれ温帯と熱帯に住み分けています

 1995年ごろチョマの繊維で作品を作っていました。(写真)この繊維は輸入されたものを買ったもの。フィリッピン産と聞きました。日本のカラムシと違って長く、繊維がしっかりしています。熱帯産のカラムシの繊維かもしれません。

 数年前に、二人の友人から根つきのからむしをもらい畑に植えています。(写真3)以前から庭に自然に生えたものがあったのですが、日照不足のためひょろひょろで繊維をとるにはあまりにもかわいそう。繊維は柔らかいかもしれませんが、使えませんでした。

カラムシは、友人の住むそれぞれの地元、伊豆産と千葉産でした。隣に植えたら、その後に一緒になり今はどちらのものか分からなくなっています。二人の自慢のカラムシとあって、ものすごく早く成長し、茎も太くなります。

 冬の終わりごろから今年も芽が出始め、5月現在で1.5mの背丈です。先日の台風で何本かが倒れてしまいましたが、全体を紐で縛って育てています。

 カラムシは枝を切って皮を剥ぎます。一年に三回切って繊維を得る方法もあるようですが、私は糸にするわけではないので、夏の終わりごろまで切りません。写真4はカラムシの外皮を剥いている所。水をあげている時期なら簡単に皮を剥くことができます。皮は簡単に剥げるのですが、糸にするには甘皮を引く(取る)作業が必要です。甘皮を削り取るようにナイフのようなもので引きます。甘皮を引くのは大変ですが、さらに晒して美しい繊維にすることができます。私は甘皮つきで使ったり他の方法を試しています。またいつかご報告できたらと思っています。

 今の時期、カラムシにはわき芽がたくさん出てきます。これを放っておくと、分岐が始まり、先がどんどん分かれて細くなります。それでわき芽を切っています。畑でこんなことしているのは自分だけだろうなと思いながら少しでも皮が厚くなるよう知恵を絞っています。

◆ヤナギ科:
 「編む植物図鑑」の一番目がヤナギでした。シリーズでは編む植物の面白さをかごの話や体験を通して伝えられればと思って書いています。今回、ヤナギの続きを加えます。

 一回目で夏期講習用にオランダヤナギを送ってもらいかごを作った話をしましたが、先日、この時にお世話になったTさんからシダレヤナギを切るが樹皮をとるかい?、との連絡がありました。さっそく研究所のかごクラスの生徒さんと一緒にうかがいました。

 Tさんの畑には何十種類のシダレヤナギが植わっています。日本各地から集めた枝を挿し木で植えて、種類と数を増やしていかれたそうで、シダレヤナギの図鑑みたいな畑になっています。

 Tさんによると一つ一つ、葉の長さ、色、枝のしだれ方が違うとのことですが、素人の私には言われてみて納得する程度です。ともかくその中の何本かを電動のこぎりでばんばん切ってくださるのを、追いつけない!と思いながら皆で一緒に少しずつ皮を剥きました。

 ヤナギは枝と樹皮を編む素材に使います。シダレヤナギの枝はかごの伝統的な素材ではありませんが、柔らかい種類であれば編むことができます。生のうちなら結ぶこともできる柔らかさです。

 ヤナギの皮を剥ぐのはとても簡単です。木部と樹皮が離れて剥きやすい。気持ちよいほどよく剥けます。これまでも幾度も剥いたことがありましたが、太くても直径5cmぐらいの直径の枝の皮ばかりでした。

 今回のシダレヤナギの幹は太いところで直径20cmを超えていましたから、太い所は剥きにくいだろうな、と考えていました。樹木の皮は根元にいくほど厚いですからほとんど一人の力だと剥けないことが多い。

 それでも試しに根元の方を剥いでみると、力は必要ですが簡単にどんどん剥げるということがわかりました。(写真5)外側はコルク質のようにかさかさしていて、ぼろぼろ落ちますが、白っぽい内皮は層になって厚い靭皮を作っていました。しかもしなやかでした。

 太い根元ほど靭皮が厚いのですが、外側の皮(写真6)と靭皮層が一緒に剥がれるので、後から外側の皮だけを取ってみました。なかなか取れないところもありましたが、カッターなどで削ると靭皮層が現れます。(写真7)この繊維は長く強く編めそうでした。

 あれから一ヶ月が過ぎようとしています。今ではすっかり乾燥し硬くしっかりした厚い皮になりました。細めの枝からとった樹皮もきれいな色をしています。ヤナギの皮としては珍しいグレーがかかったきれいな色です。ただし、自然の色は変色するので、この色をたのみには作品はできませんが。

 ここに皆さんに紹介したいヤナギのかごの本があります。きっかけは数ヶ月前スイスから送られてきたメールです。2006年にデンマークで会った人からだったのですが、馬のクツを探しているとのことでした。そこで知り合いに頼んで藁製の馬のクツ(当然今も使われています。)を取り寄せて写真を送ったら、博物館に展示したいと言われ送りました。この時、馬のクツの代金の代わりに同額のかごに関係するものをと伝えたら、一冊の本“Willow Basketry”(写真8)が送られてきました。

 この本は, Bernard and Regula Verdet-Fierzという夫妻が書いたもので、ヤナギのかごについての本です。

 まず開いてみてイラストが新鮮に思えました。この本で使われているイラストは全て表紙にあるような白黒の版画でした。奥さんによるものとのことですが、日ごろから細部まで映し出すカラー写真に慣れている私にとって、この絵は新鮮でした。同じ本を以前見たことがあるのですが、英語版が出版され再会することができました。

 本の中身は、イラストと同様、しゃれています。かごの作業場所はこういうふうにしたらいいよ、というアドヴァイスやヤナギの育て方、ヤナギの種類やそれ以外の籠の素材についても書いています。道具の紹介もあるのですが、一番の道具はあなたの手です、とあります。作り方がメインでなく、読んでいて落ち着くというか、せかせかして技術ばかりに興味がいく、そんな気持ちを忘れさせてくれます。

 この本によると、素材の特定はないのですが、ヨーロッパではおよそ7000B.C.の旧石器時代にはいろいろな編み方がすでにあったようです。ヤナギを使いだしたのはずっと後のようでチューリッヒの後期青銅時代、約850年B.C.の遺跡でコリヤナギで編んだ組織が残っていると紹介しています。青銅時代の放射状に編まれたかごの底が出土しているようですが、この素材はヤナギより柔らかい素材だったようです。ただ編み方は現在ヤナギで使われる方法と同じだとか。

 別の資料によればイギリスでは、最初にヤナギが栽培された記述が残っているのがA.D.になってから。それから何世紀をかけて、数百種のヤナギが栽培されるようになったようです。その後、市場などで果物や野菜の運搬容器やメジャーとして利用されるようになり、かごの需要が増して、後世にはかごを作る職業が現れました。

 産業革命後、次々と機械化される製品の中で、かごは唯一、手で作り出す工芸の一つとなってしまいました。イギリスでもいまやアジア、ポーランドなどからの輸入物が多いと聞いています。

「古代アンデスの染織と文化」-伝承されている技法(標高4千㍍の村で③) 上野 八重子

2017-10-28 08:54:24 | 上野八重子
◆一辺を階段状に織り、その後絞り染めして組み合わせたもの

◆写真1.タキーリ島、男性の民族衣装 帽子の先が白色は独身男性の印

◆写真2.ウロス島、葦で作られた浮島と家

◆写真3.織り合せ織り (小原豊雲記念館蔵)

◆写真4.薄地布 経緯同色なのが良くわかる(小原豊雲記念館蔵)

◆写真5.無地と絞り 変形平織に絞り布を配置 (小原豊雲記念館蔵)

2008年7月10日発行のART&CRAFT FORUM 49号に掲載した記事を改めて下記します。

「古代アンデスの染織と文化」-伝承されている技法(標高4千㍍の村で③) 上野 八重子
◆チチカカ湖内の島
「染料は何だったの?」と、ふと入手経路を考えてしまいました。前号でタキーリ島の編と織物の事を記しましたが、伝統的なタキーリ島のエンジ色と紺色は昔は何で染めていたのだろう…と。
赤やエンジ色はコチニール。紺色は藍…と勝手に決めつけてしまいがちですが実際にはまるで違う染料…と言う事もあるかもしれません。広い湖内に孤立した島での交通手段はモーターボートが就航する以前は手漕ぎの葦舟だったはず… 何日もかけて湖岸の町、プーノやラパスに出向いて毛や染料を仕入れていたのでしょうか。それとも島内の植物だったのでしょうか?島で羊(標高4千㍍に住む羊はとても小さい)は見かけましたがアルパカはいたのでしょうか? 残念ながら、私がこの地に行った時点では染色も織物もしていなかったので気にも止めていなかったのです。

 我々は、とかく現在残っているものから憶測であれこれ考える場合が多いのですが、違う視点で考えてみると、案外今のようなタキーリカラーになったのは化学染料を使うようになってから…だったりするのかもしれません。染料のルーツを調べたら古代の行動範囲や生活圏がわかってきて意外な方向に展開するかも…などと考えていると「もっと知りたい!」と言う意欲が湧いてきてワクワクしてきます。等々、今になって疑問ばかり出てきて調べてこなかった事が悔やまれますが又の機会に…。
いずれにしても人間は現在から古代に遡ってみてもファッション性と言うか美意識と言うか、色に関してはナチュラルカラーだけに留まらず、色で模様を作り出す事にかなりの意欲を持っていたと言う事でしょう。実用性だけなら無地で充分だったはずなのですから…

 ここでタキーリ島の衣装を見てみましょう。男性は白いシャツにベストを着て三角帽子(独身男性は先端が白の無地)をかぶり腹帯をしています。帯も帽子もこの島の貴重な収入源、土産品として作られています。女性は赤いセーターを着てチュコオという日よけの黒い布をかぶり、膝までのスカートは10枚程の重ね着(汚れたら上を脱いで中に新しいのをはく)隣のアマンタニ島の女性は上着は白、と言うように、ここでは地域ごとの民族衣装が保たれています。リマやクスコなどの都市部では私達と同じ格好をしている人が殆どなのです。が、遅かれ速かれいずれこの島にも文明の波は押し寄せてくる事でしょう。「そうなる前にもう一度行きたい」と言う思いを胸に残し、そろそろタキーリ島を後にしましょう。


-伝承されてない技法-
織り合わせ織り

 ◆何故、面倒な事を?
 「織り合わせ織り」「はめ込み織り」「経緯掛け続き平織り」と博物館によって呼び方が違っていますが、大きく分けて2種類の製織法があります。  

1)染め糸を模様に応じて経緯同色で織り上げたもの。実物を見ても「あ~、綴れ織りね」と軽く見過ごされてしまう程です。しかし、整経や製織工程でとても手が込んだ仕事をしているのです。
は地味な市松模様ですが縦166㎝横150㎝に3㎝平方角が千三百以上にもなるという…
ウーン…と、うなってしまいませんか! 3㎝ごとにインターロックをしながら整経、その為、通しの綜絖は使えない…毎段手拾いなのか?

古くから織りに精通していた民族が古代染織末期とも言えるインカ時代、簡略化が進む中にあってどうしてこんな模様を考えたのでしょう。いくらアンデスびいきの私でも「ここまでしなくても~、こんな技法には手を出したくないな!」と言うのが本音です。
(写6)はガーゼ位のスケスケ布、経緯糸が同色というのが良くわかりますね。この様な柄を織るには、通常の綴れ織りでも可能ですが、色の違う経糸を見せない為には緯糸密度を上げる、故にスケスケにはならず重さも出てしまいます。この布は同色の経緯糸で織られるので、この様にざっくりと織ってもより鮮やかな色彩の布になり、軽く仕上げる事が出来ます。これだったら経緯糸同色にする意味もわかるし、多色できれい、軽い。納得です。

 この他にも一見、単純な縦縞に見える布にこの技法が使われていて、又しても「ここまでするか~」と言ってしまいます。腰帯機での平織りは通常、経密なので経糸の色しか見えません。故に縦縞は簡単に織る事が出来ます。しかし、(写6)のような緯糸が見える程の軽くて薄地な布はやはり一工夫必要だったのでしょう。単なる縞なので整経は多色で好みの縞に掛け、製織時に経糸色に合わせて同色の緯糸をインターロックしながら入れていきます。…と言ってしまえば単純な発想です。だが、合理性を優先させる傾向にある我等現代人には彼らの意図するところが理解できない一面もあるのですが、「アンデスらしい発想だね~」と簡単に片付けるのではなく、先のタキーリ島の染料ルーツと同じで、あれこれ理由を考えてみると新しい発想への出発点に繋がるのかもしれません。ふと、東テキ、三宅所長が言われている「まず原点に戻ってやってみろ」の一言が頭を過ぎります。
 これらの技法は、出土品を見ると3世紀頃にはすでに行われていたようですので、一部地域では連綿と続いていたのでしょう。

2)何色もの絞り染め小片を寄せ集めて織り込んだ布。 こちらは前もって綿密な計画、染めと織りの両方共に極めて緻密な技術があって初めて可能な仕事なのです。大胆な模様構成と高水準な技術を持ち、能率や手間を厭わない手仕事から生まれた裂と言えるでしょう。アンデス染織文化の独創性を示すものであり、アンデスのみの特殊技法の一つと言えるものです。
「絞り染め小片の織り合わせ織り」と称していますがこの技法を知った時、本当に面白いと感じました。
一見パッチワークの様に見えますが、縫っているのではなく、織りなのです。織り、絞り、染め、接ぎ、を思いのままに組み合わせて1枚の布が出来上がっていきます。

 この絞りを組み合わせた織り合わせ織りはワリ文化系海岸文化(約10世紀)と言われていますが、この時代はアンデスどの地域でも緻密な技法(綴れ織り、疑似ビロード)が多く作られていたようですので、ワリ人達の意識の中には緻密な技法は当たり前で大変、面倒などというものはなかったのかもしれません。それに腰帯機の複雑な多重織りを思ったら、こちらの方が楽だし染め上がりの出来映えを
見るのもワクワクするし…と本当に楽しんでいたのかもしれませんね。
「絞り染め小片の織り合わせ織り」には何パターンかあり、それぞれ最初の織り方が違っています。

(写7)は同じ大きさの小片を染め分けて接ぎ合わせています。
(写8)は無地染めと絞り染めの組み合わせ。
(写9)は一辺を階段状に織り、その後絞り染めして組み合わせたもの。

この3枚、いずれも1枚ずつ織ったのではなく、織り上がった時は全部が繋がっている状態なのです。 私、個人的には特に(写9)が好きで直線に限らず斜線、円形にも応用し着て楽しんでいます(写10)
 緻密な技術だ、手間を厭わない手仕事だ、と大変さばかりを誇張して言ってきましたが、ちょっとした工夫と使う糸を加減すれば初めてでも充分に織り合わせ織りを楽しむ事が出来ます。今期の夏期講座にはこの技法を取り入れてみましたので織り、絞り、草木染めでアンデスを楽しんでみませんか。
(つづく)