ART&CRAFT forum

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編む植物図鑑 ⑦ 『ヤシ科』  高宮紀子

2017-10-19 09:37:45 | 高宮紀子
◆写真 5 ココヤシの帽子

◆写真 1

◆写真 2

◆写真 3

◆写真 4

◆写真 6

◆写真 7

◆写真 8

◆写真 9

◆写真 10

2008年4月10日発行のART&CRAFT FORUM 48号に掲載した記事を改めて下記します。

 編む植物図鑑 ⑦ 『ヤシ科』  高宮紀子

 ヤシ科の植物は編み組みに多く使われています。私が知っているだけのヤシ科の編み組み品を並べても全体から見ればほんの僅かであると思います。今回はその僅かな種類を紹介します。

 ◆ トウ:
 昔から使われてきたかごの素材にトウがあります。これもヤシ科の植物です。皆さんのお家の中にトウ製のかごや家具をお持ちの方がおられるかもしれません。トウで様々な生活道具が日本でも作られてきました。
 トウはつる性のヤシで、東南アジア、南アメリカ、アフリカの一部に分布していますが、素材としても輸出されています。その種類が多いこと。なんでも東南アジアだけでも600種があるとか。日本では残念ながら植物園の温室でしか生育しているのを見たことがありません。
 写真1はカンボジアからの絵ハガキ。Iさんから旅の思い出とともに送られてきました。この辺は竹類も豊富なので、周りに見えるかごは竹かごのようです。写真の真ん中にトウらしきものを抱えている人が見えます。トウはその太さにもいろいろな種類があるので、加工方法もいろいろでしょうが、写真のようなものですと、まず棘がついた外側の皮を取り乾燥させて材料にします。トウの素材としての特徴は水に浸けると柔らかくなること、柔軟性があること、そして長さです。植物としての長さも別格で100メートルを超えるものもあるとか。
 写真2は昔よく見かけた日本のお風呂屋さんの脱衣かご。池袋で今も作られているところを見せてもらいました。使用しているのはインドネシアから輸入された太いトウ。色や太さ、長さにばらつきがいろいろで、いいかごにするのには素材を選ぶことから始まるとか、編むのは体力勝負なたいへんな労働ですが、水気に強く丈夫なかごです。
 竹かごもそうですが、もともとトウ製品は職人さんの領域でした。その後、編むことが好きな人の需要も高まりました。浅草橋に小西貿易というトウの問屋さんがあります。小売りもしていて、店の中にはものすごくトウに詳しい店員さんがいます。ここで扱うトウは太いものから細いものまでいろいろですが、ベニトウという違う種類も扱っています。弾力性のあるトウで光沢のある皮がついています。

◆ シュロ:
 写真3.日本でもっとも身近なヤシ科の植物だとシュロがあげられるでしょう。昔からその繊維でシュロ縄、タワシ、箒、その他、かごや帽子、蓑が作られています。近畿地方だと和歌山のシュロ箒が有名で今でも愛好家が多いです。値段が高く高級品ですが、使った人によると掃除機よりいいとか。他に九州などにもたくさんの民具があります。
シュロの葉を編んで作られたのが蝿たたき。柄つきのまま、葉を少し編んで面を作って作りました。
 長くて丈夫な葉は子供達の虫かご作りなどに大活躍。今はバッタやコオロギを編む人の素材にもなっています。
 シュロの樹は以前から比べるとずいぶんと関東でも当たり前のように見かけるようになりました。これも温暖化のせいでしょう。シュロをよく使う人に聞くと、シュロの中にも葉が大きく広がっていて硬く葉先が折れていないものがあるとか。トウジュロ、ワジュロという種類の差か、と最初は思っていました。でも生えている場所によっても編みやすいものがあるらしいということがわかったのは最近。バスケタリーのクラスの生徒さんのMさんのは柔らかく編みやすい静岡産でした。

◆ クバ:
 沖縄、小笠原などにビロウというヤシがあります。別名クバといい、いろいろな生活道具が作られていました。写真4のように柄をつけたまま、葉を丸く形づくって水汲みに使ったり、マットや団扇や笠、かご、鍋なども作ります。沖縄に行かれた方なら、ひょっとしてクバの葉を伸ばして乾燥させて団扇を作る工程をご覧になった方がいるかもしれません。
 クバはシュロと葉が似ていますが、シュロと違って根元まで葉と葉の間が裂けていません。それなので、くるっと葉を巻いて止めつけるだけで鍋や柄杓ができてしまう便利な素材です。

◆ ココヤシ:
 南方のいろいろなところでは大活躍の植物です。住んでいる人が家族用、自分用の樹を所有しているとか。ご存知の通り、実は食用になります。この実の皮はほとんど繊維質なので、縄を作ったり、たわし、敷物などの生活用具を作ります。ほかに燃料などに使われますが、葉は屋根材、マット類の他、即席のかごを組む無くてはならない素材です。写真5はココヤシの葉の軸を縦に裂いてそのまま葉を取らずに組んで編んだ帽子です。ハワイに滞在した時に拾った葉で作りました。この帽子は縁から組んで、真ん中のトップを編み、また縁側へ端を出して終わるという面白い編み方で作られています。ココヤシは葉が大きいため、このように葉の真ん中の軸をそのまま残すという特徴的な編み方で、たくさんのかごが作られています。

◆ パンダナス:
 写真6はハワイ島の岬です。ここへは2002年にビジティング アーティストで一ヶ月ほど滞在しました。写真の下の崖にへばりつくように生えているのがパンダナス、ラウハラと呼ばれています。このパンダナスには種類があり、山にも生えているものがあります。海辺のものは質がいいとされていますが、樹としては小さいもので葉も硬い。
 葉を使っていろいろなかご、帽子類、マット類などが作られています。

 葉には鋭いとげがあるため(写真7)、葉の加工に時間がかかります。棘は葉の両端、真ん中にもあってこれをまずナイフで削り取ることから始まります。
 棘を取った後は平らになるようにローラーをかけて乾燥させます。それを均一の幅に切ってかごなどを編む素材にします。(写真8)編み手の庭には必ず1本は植わっていて、作業小屋が近くにあります。乾燥させるのはもっぱら小屋の中。たくさんの材が天井から下がっています。
 ハワイ島ではコーヒーの栽培が盛んで、ひじょうに質のよいコーヒー豆、例えばコナコーヒーなどを産出します。この事業を手伝うため、多くの日本人が移住しました。コーヒーの実は赤くなってから摘み取るのですが、実ごとに赤くなるタイミングが違います。だから手で判断しながら摘み取ります。高い所ははしごに登って、腰から下げたコーヒーバスケットに摘み取った実を入れました。
 おじゃましたお家の納屋にラウハラ製のコーヒーバスケットが残っていました。写真のはずいぶん昔のもので、歴史を感じさせます。(写真9)
 写真10はラウハラとココヤシのかご作りなどを紹介した私のバイブル的な本です。写真11はラウハラ製の団扇と亀。小さなものですが、きちんと組むのは以外と難しい。ラウハラ製の帽子の材は5mm幅、またはそれ以下の細い材を使うので組むのも大変です。ハワイのネイティブの編み手には州の日本でいえば人間国宝がいます。
 ハワイ島での一ヶ月は驚きの連続でした。自然に驚き、そして植物を楽しみ、またそこに住む人と出会うというのは自分の考え方、生き方を豊かにしてくれます。日本でもいろいろな編み手の方とお会いしたいところですが、時々難しい問題がある場合もあります。外国では私自身が外国人だということで珍しがってもらえるということが手伝っているのだと思いました。

「古代アンデスの染織と文化」-伝承されている技法(標高4千㍍の村で②)- 上野 八重子

2017-10-17 10:08:33 | 上野八重子
◆左、不思議な編み方の帽子 右、タキーレ島の帽子

◆写真1.返し縫いによる両面刺繍  紀元2世紀  (小原豊雲館蔵

◆写真2.左 薄い綿布にほどこされた返し縫い両面刺繍 
紀元2世紀 (小原豊雲館蔵)
◆写真3.右 ポンチョの縁回りに付けられている両面刺繍 
紀元2世紀  (小原豊雲館蔵)

◆写真4.タキーレ島の織物

◆写真5.タキーレ島 紡ぎながら歩く女性 この島の女性は黒いベールが特徴

◆写真7.タキーレ島 編物をする男性、この島では男性が編物をする

◆写真6.タキーレ島 歩きながら編物をする少年

◆写真8.不思議な編み方の帽子拡大 左:表 右:裏
◆写真8.タキーレ島の帽子拡大 左:表 右:裏

2008年4月10日発行のART&CRAFT FORUM 48号に掲載した記事を改めて下記します。


「古代アンデスの染織と文化」-伝承されている技法(標高4千㍍の村で②)- 上野 八重子

 ◆チチカカ湖
 ここは標高3812m、琵琶湖の約12倍、最深部は370mもあり大型客船も航行可能。又、インカ帝国始祖である王が、妻を伴って現れたと言う神話で知られる聖なる湖でもあります。
25本の川が流れ込み、出口はテスアグワデロ川の1本だけと言う事で雨が多く降ると線路や畑、プーノの町も洪水になってしまうそうです。万年水不足のクスコと比べ、どちらがいいとも言えませんが…
湖にはウロス島、タキーリ島、アマンタニ島他、幾つかの島が点在しています。
中でも日本で一番馴染みなのが浮島で知られるウロス島ではないでしょうか。その名の通り、湖に自生するトトラ(葦)を湖面に積み重ねて作った浮島で、20年程前までは約50の島に二千人程のウロ族が住んでいました。しかし、此処にも時代の波が押し寄せていて島外の学校に行き、そのまま島を離れてしまう若者が多くなっているそうなのです。

 この島に足を踏み入れると、落ち葉を踏み固めた山道を歩いてる様ないい感じを受けますが、時々ズボッと落ちるので要注意です。でも、修理は簡単!トトラを乗せるだけですから… マイ・ハウスならぬマイ・ランドも可能なのですが難点は臭い事でしょうか。
 島の主な生計は漁業と観光客相手の刺繍布です。いかにも土産品という感じの刺繍であまり食指が伸びません。数ヶ月前のテレビ番組で、カノン・デ・コルカ(コンドルの飛ぶ渓谷)が案内され、画面上には刺繍布の土産品が映っていました。
カノン・デ・コルカはプーノから夜行列車で12時間以上かかる太平洋側の町アレキーパ(標高2360m)に行き、更に車で5時間、4800mのパタバンバ峠を越えてたどり着く観光地です。プーノとカノン・デ・コルカ、この遠隔地の二つの場所で同じ刺繍をやっていた事になるのです。今でこそ交通の手段があるので交流が考えられますが、古代にはどのようにして技法が飛び火していったのでしょうか。

◆古代の刺繍
 少々チチカカ湖から離れてしまいますが、刺繍の話が出たところで古代の刺繍を紹介してみましょう。刺繍とは通常、模様部分を色とりどりの糸で刺すので柄が浮かび上がります。が、アンデス古代刺繍の多くは地布部分も刺繍されています。地と柄の凹凸が嫌だったので全体を埋め尽くしたのだ…と言う説もありますが真相は定かではありません。 彼等なりの美意識がそうさせたのでしょうか?こうした返し縫いによる刺繍(片面、両面)は紀元前4世紀頃から紀元4世紀頃まで盛んに作られていましたが、やがて織り機による高度な文様表現が出来るようになると織りに移行していきました。
刺繍糸として使われている糸は…と見ると、現代の染織品に劣らぬ多色を染め出しています。 化学的な知識や媒染剤も無い2千年も前にこの様な染色技術を確立していたと言う訳です。
現在では染着の邪魔になるとされている汚れや油分は染色前に精練し落としてから染色する…が常識となっていますが、ふと「昔は~?」と考えた時、「原点に立ち戻ってみよう…」と染色に限らず多くの事を考えさせられている自分です。

◆タキーリ島の編み物
 湖岸からモーターボートで3時間の所にタキーリ島はあります。この時間をみても湖の大きさが伺えるのではないでしょうか。この距離があったからこそ外部からの情報が入りにくく、島の技法が守られていた…とも考えられます。
この島の染織品は極細糸の織り物と編み物です。
織り機は地面にセットする水平機で文様は必ず島のシンボルマークが入り、色もエンジ色地に緑、白、紺の配色と、ほぼ決まっているので土産店で他の染織品に混じっていても一目でわかります。

 船着き場から長い階段を登ってやっと村の入り口。標高4千㍍近い村から見る空や湖面は限りなく青く、まるで絵ハガキから抜け出したようです。
歩いていると、焼き魚売りのおじさんやら、歩きながらスピンドルで紡ぐ女性、編物をする少年。水場で洗濯する女性、日なたでは編物する男性を見かけます。道端には実り間近なキヌアが生えていて…と標高4千㍍を感じさせない生活がそこにはありました。島の食材キヌアは今でこそ日本でも自然食品店で見かけるようになりましたが、島民に白髪や薄毛の人がいないのはキヌアを食べているからとの事。ここでも「豊かな食生活とは何ぞや~?」を考えさせられてしまいます。

 さて、本題の伝承されてる技法に戻ってみましょう。先程も触れましたが、その地本来の技が受け継がれる条件の一つに立地条件が大きく関わってくると思われるのです。この島でもモーターボートが就航するまでは島への出入りはごく限られたものだった事でしょう。交通の介入と共に観光化され、いずれは他の地と同じ道を歩むかもしれませんが、幸い今はまだ親から子へと受け継がれる伝統は残っているようです。

 アンデスでは織物は高度な技術が確立されましたが編物に関しては博物館でもほとんど見かけません。現在、編み製品が多く並んでいるプーノの市場ですが、日本のアルパカ糸輸入会社が講師を送り込み編み物を定着させたという話を聞きました。

しかし、タキーリ島の編手法は日本の編み方と大きく違うところがあるのです。2本針による編み込み模様が主ですが、よく見ると針先がカギ針になっていて一目編むごとに糸をキュッと引き、目を引き締めています。2色の糸の持ち方は指にかけるのではなく、首にかけ左右に振り分けて垂らし押しつけるように糸換えをしています。速い、綺麗の凄い技でした。ちなみにこの編み地のゲージを記してみましょう。56目、70段/10㎝。編物している方ならわかる驚く細かさなのです。これと同じ編み方を見たのはクスコ郊外のチンチェーロ村。組紐おじいちゃんに連れられて行った陶皿作りの家で奥さんが赤ん坊の帽子を編んでいたのです。「もしかして実家はタキーリ島ですか?」なんて尋ねたくなってしまいました。織りの村チンチェーロに新しい伝統の始まりを感じます。 

 もう一つ、不思議な編み帽子があります。クスコ市街を友人達とぶらついていた時、目に入った房飾りが付いたカラフルな帽子。皆、同時に手を出して…カルタ取り状態でその帽子は私の手中に!見るとタキーリ島の技法とは全く違う編み方で未だに良くわからないでいます。糸はアクリル系を使い化学染料で染色されているのを見ると近年のものかと思いますが、どの地方の技法かもわかりません。市場では時々見かけるのですが。
この様な緻密な編物は帽子のような小物に限られていて大きなポンチョなどは作らなかった為に「古代アンデスには編物はなかった」と言われているのかもしれません。 (つづく)


『インドネシアの絣(イカット)』-イカットの染料(Ⅰ) 身近な染料- 富田和子

2017-10-15 10:07:20 | 富田和子
◆家の軒下に瓶を並べて藍を建てている(フローレス島)

◆フローレス島の市場で売られていた合成染料


 ◆藍染めの絣模様とカラフルな縞模様との組み合わせ

◆ティモール島の衣装はとても色鮮やか!

◆ソロール島のイカット(部分)

◆藍と茜で染色されたスンバ島のイカット

◆バリ島に生えていた藍(インドキアイだそうである)
と醗酵助剤用のバナナ

◆インドキアイ

◆コマツナギ

◆ティモール島の民家の庭に生えていた藍
(コマツナギだろうか…?)


2008年4月10日発行のART&CRAFT FORUM 48号に掲載した記事を改めて下記します。

『インドネシアの絣(イカット)』-イカットの染料(Ⅰ) 身近な染料- 富田和子

 ◆合成染料の普及
 染織品の宝庫といわれるインドネシア、その染色には各島各地域で自生、または栽培された植物性の天然染料が主に用いられてきた。しかし、現在では合成染料の普及によって、伝統的な天然染料の使用は一部の限られた地域になってしまっているのが現状である。
 東ヌサ・トゥンガラ州の島々やスラウェシ島トラジャ地方の山間部では、現在でも各家庭単位で綿花から糸を紡ぎ、絣模様を括り、身近な植物で糸を染め、腰機でイカットを織るといった一貫作業を見ることができる地域もある。一方、合成染料の普及もめざましく、町の大きな市場や定期的に開かれる村の市場には生成や色糸の機械紡績糸と一緒に合成染料が売られている。写真の染料は助剤も使わず、染料を湯に溶かして10分間煮ればよいという簡単で便利な直接染料である。

 木綿の経絣が盛んに織られている東ヌサ・トゥンガラ州の中でも、早くから合成染料が入ったというティモール島には色鮮やかなイカットが多く見られる。西ティモールの中部に位置するソエ周辺では、中央に絣模様、両サイドに縞模様を配置したイカットが作られている。同じ地域であっても100%合成染料によるイカットもあれば、天然染料と合成染料の併用もある。併用といっても、染料を併用するわけではなく、イカット部分の糸は天然染料を使い自分で染め、縦縞などの配色には市販の色糸を用いるという方法である。藍染めの絣模様と派手な縞模様の組み合わせで、一見ミスマッチと思えるイカットではあるが、ソエ周辺の地域ではこうしたカラフルなイカットが日常着として愛用されている。

 天然染料と合成染料の併用は他の島でも見られ、渋い色合いのイカットに市場で買った極彩色の色糸がアクセントとして使われていたりもする。フローレス島東端の隣に位置するソロール島のイカットは全体的に「赤いイカット」という印象を受けるのだが、よく見ると赤い部分は市販の色糸であった。絣の部分は手紡ぎの糸を使い、藍と茶系の天然染料で染められているが、絣以外の部分は赤を中心にピンクや緑などの市販の色糸による縦縞で埋められている。せっかくの手紡ぎ、天然染料のイカットが色糸で台無しになってしまうと思うのだが、自給自足の島の暮らしの中では身近な植物で染める暗い色合いの糸の方がむしろ日常であり平凡でもある。お金を払って買う色鮮やかなシルケット加工の糸の方が豪華に映るのもやむを得ないのかもしれない。フローレス島やその周辺の島々でもイカットを日常着として活用している姿を見られるが、そのほとんどが女性であるのに対し、ティモール島では女性よりも圧倒的に男性の方が多く着用しているのが特徴である。周辺の村々から人々が集まってくる市場では、色とりどりのイカットを身に着けた男性の姿に目を奪われる。サロン(腰巻)やスレンダン(肩掛け)の他に必須アイテムとして、彼等の嗜好品であるシリー・ピナンを入れるボシェットも加わり、着こなし方は人それぞれ、ティモールの男性は実におしゃれである。合成染料に席巻されてしまったかのようなティモール島ではあるが、長年使い込まれたカラフルなイカットを身にまとい颯爽と歩く姿は、それなりの風格さえ漂わせている。

 イカット以外の縞模様や組織で模様を表すソンケット(浮織)などは、市場で色糸を買ってくれば自分で糸を染めることなく織り上げることもできるが、イカットを織る場合は糸を染める前にまず絣括りをすることから始まり、括り終わったあとに自分で糸を染めなければならない。その場合に身近な植物染料である藍を使用する例もよく見られる。また、昔から行われている絣括りの技法が糸染めまでを含めた工程の一貫として捉えられていることで、天然染料の使用がかろうじて保たれているとも考えられる。

◆イカットの天然染料
イカットに使用される染料もまた地域によって様々ではあるが、今でも天然染料で糸を染めている限られた地域というのは、実は木綿の経絣のイカットを織っている地域がほとんどである。 イカットの製作も天然染料に
よる染色も年々衰退していくようにも懸念されるが、一方で復活した地域もある。海外の染織愛好家達や国内からの呼びかけ、村興しなどにより、伝統的な技術を継承しようとする動きも見られる。もちろん、天然染料にこだわりを持ち、自ら伝統的な染め方を守っていこうと考える人達も存在する。広大なインドネシア全体から見れば、一部の限られた地域になってしまっている天然染料ではあるが、まだ、身近な植物による糸染めも健在であり、海に囲まれた熱帯性気候の島々には染料となる植物も豊富である。

 イカットの天然染料で最も代表的な材料は藍と茜の組み合わせである。絣括りの行われた糸は、一般的にはまず藍で染め、次に赤く染める部分の括りを解き茜で染める。染め上がったイカットは、括りにより染まらない白い部分、茜で染められた赤い部分、藍と茜が染め重なった黒い部分の3色によって絣模様が表現されることになる。 また、茜で染める赤の代わりに茶色で染められるイカットも多い。茶色はマングローブに総称されるヒルギ科やアカネ科の木々で染められるが、鮮やかなピンクを染める木もある。その他に黄色はウコンやカユ・クニン(黄色い木の意)で、緑は葉を使ったり、藍を下地とした色のバリエーションも見られる。(詳細は次号に記載予定)

 ◆身近で重要な藍染
 インドネシアには様々な含藍植物があることから、藍染めに使用された藍も複数の種類にわたっているというが、主にマメ科のキアイやナンバンコマツナギなどの天然藍による染色が、昔ながらの方法で今も受け継がれている。

 インドネシアで藍は「ニラ」、あるいは「タウン」などと呼ばれ、地域によって呼び名は多少の違いがあるが、藍の製法はいずれも地殿藍を作る方法である。


 【東ヌサ・トゥンガラ地方に共通する沈殿藍の製法と染色法】
① 瓶に藍の葉や茎を入れ、水を加えて発酵させ、2~3日間放置した後、絞ってかすを捨てる。
② 水に溶けた藍の色素に石灰を加え、よくかき混ぜ藍の沈殿を待ち、上澄み液を捨てる。
③ 沈殿した泥藍はそのまま藍染めに使われる場合もあるが、保存する場合には天日でよく乾燥させる。
④ 染色方法は乾燥させた泥藍を灰汁に解き、藍の発酵を促進させるため醗酵助剤を加える。醗酵助剤には主にサトウキビ、椰子砂糖、バナナの実などが用いられる。その他に濃い染液を得るために様々な樹皮、実、葉、根などが加えられ、その地域独自の藍染めの色を作りだしている。
⑤ 藍がよく醗酵して染色に適当な状態になるのを待ち、糸を入れる。
 ⑥ 糸の染め方はもちろん個々によって異なるが、3日~1週間ほどの日数を掛け、糸を藍に浸しては引き上げ、絞って風を当てて酸化させるという作業を何度も繰り返し、糸が気に入った濃さになるまで染め重ねていく。

藍は木綿にも良く染まり、絣括りを解きながら染め重ねていくイカットの染色方法にとっても便利な染料である。イカットを織っている家の庭先には藍が栽培され、軒下や部屋の片隅には小さな瓶に建てられた藍液を見かけることがよくあるように、藍は天然染料の中でも最も一般的であり、身近で、かつ重要な染料となっている。
 [続く] 

「聴く耳力」 榛葉莟子

2017-10-13 09:56:11 | 榛葉莟子
2008年4月10日発行のART&CRAFT FORUM 48号に掲載した記事を改めて下記します。

「聴く耳力」 榛葉莟子

 
まあ、なんというこの寒さ、などといまさら言うまでもなく、油断すれば何もかもが凍ってしまう八ヶ岳の冬。凍らせたくないものは冷蔵庫に入れるは常識で、南極で冷蔵庫が活躍しているのもわかる。特にこの二月の寒さは芽吹き直前の春へのジャンプ力を、ぐっと貯めている時だから寒さが濃くなるのは仕方がない。寒い二月と暑い八月は商取引が振るわない時期とされ、町中の人出も少なくなにやらガランとしていた。ところが、この頃はどうなのだろうどころではない、お祭りのような人出の二月の新宿を経験した。東京人だったはずの私はすっかり八ヶ岳の人になっていた。昔はといってもついこの間のことなのだが、その二月と八月をニッパチと合い言葉のように呼び、ニッパチだからの了解が自然にあってそれぞれが、それぞれの寒い暑いの酷な時間を工夫していたと思うしリズムでもあった。ニッパチの個展は敬遠されていたことを思い出せば、すでにニッパチは消滅しているのか。そのうち日本人は働きすぎだなどと嫉妬されて、気がつくといつのまにかカレンダーにはニッパチどころではない赤い休日が増え始めた。むりやり休日をつくって堂々としていない印象さえ持つ。カレンダーをめくると、また休みが続く。いったい何の日?の驚きはめくるたびある。

 冬じゅう、じっと凍えて静止する枯れ色の風景の中を野暮用があって足早に歩く午後の土の道。ふと立ち止まったのは、眼の先の枯野と化したひとつの畑のそこここから鮮やかな色が眼に飛び込んできたからだった。あか、きみどり、きいろ、みずいろ…と。それらは、片いっぽうの長靴だったり半分肥料の残った肥料袋だったり何かを覆っている変形したシートだったり、いまは無用のものたちの散らばりに過ぎない。無用のものが寄り集まって互いに響きあう心地良い調和の世界にも重なる。けれども、きれい!のひとことで終わらせるには惜しい古代ガラスに溶け込んでいる沈黙にも通じる何かをあの凍えた枯野に観た。観たそれはいつだってつかんだかと思えば、猫の尻尾の先のようにするりと離れてしまう絞れない矛盾を孕んだ限りないもの。変な言い方だけれども、けむりのように不確かな、けれども確かな抽象の存在は姿形を変えてはひょいと眼前に現れ、こうして試されるのだ。喉元まで出かかっているそれを言葉にした途端、混沌に目鼻になってしまいそうな気がする。

 自分という現実と闘うという言い方がある。人間は矛盾しているから生きている。という言い方もある。どちらにしても人間は機械ではないからとんとんと一つに整い合わせられない。少なくとも自分に日々起こる出来事が自分を創り人生を創っている。案外素朴な出来事の連なりの現在に過ぎないのだろうけれども。さてうまく生きるとはどういうことだろう。古武術の甲野善紀氏の言う「人間の運命は完璧に決まっている。同時に完璧に自由である」重くて軽やかなこの矛盾。矛盾とどう折り合いをつけていくか私たちはいつだって試されている。

 いつだったか、テレビで紹介されていた話題の画家が言っていた話がおもしろく記憶に残っている。その画家は国立大の日本画科卒だという。自分の作品はいつも教師の評価が低く、これは日本画ではないと苦笑いされたり白い眼で観られていたそうだ。日本画のかたちに反するという実際があるらしい。ならば日本画とは何か?はじめて彼は考え込んでしまう。彼なりにわかったことのひとつは、なんと西洋画に対抗するためあるいは守るために、あえて日本画という名前でジャンル分けしたのだということがわかってきた。日本画ではないと否定された日本画科に籍をおく彼は、惑わされない聴く耳の感覚が澄んでいた。日本画とか西洋画とか線引きに関わりなく、こうして自分は自分の絵を描いていますというあたりまえを手に入れた。否定されたことで覚醒したんだね。画面に写る青年の純真に、拍手する気持ちで私はテレビ画面の中の彼を見送ったことが思い出される。難関を突破して入学した美術学校で、出会った経験のひとつは彼にとって、かなり密度の濃い収穫だったのではないだろうかは後々わかる。

 おもしろいもので感覚優先の経験を通してそれなりにながく生きていると、紆余曲折でのさまざまな出来事は、ずっと後になってひとつの発見へと導かれ関連ずけられたり、思案、推考の先に観えたことは、すでに発見し気づいていたり経験していたことだったりする。確認の道筋を逆流して歩いているような、ずうっとつながっている糸をたぐりよせながら糸玉にしているような感覚が不意にくる。

「W00L-GATHERING ウール ギャザリング」 若井麗華

2017-10-11 09:48:14 | 若井麗華
◆ロココのヘッドドレス


◆「ロココのヘッドドレス」

◆「1999年のがちょうと卵」  1986年

◆「EGG BIRD」   1987年

◆「SEE TROUGHT HEART」   1996年

◆「ALOHA  MODE」
水の中で宙返りをしてみる
天と地が区別できないくらいまで
水を通して見た青空は
私を本当に宙に浮かせた

◆「タイツのガブリオール」
バレエダンサーや舞台の役者たちの密度の高い動きに、自分の感情を重ね合わせる時、空想は形として、実体験としてそこにあるのです。私は座って見ているのですが、実は踊っていることと同じことになると解釈します。 

◆「SWIM MODE」
もし空想が高じて、今ここにいるという意識がなくなって
目の前の風景に溶け出したら
きっと大きなストロークで泳ぎだす


◆「SUMMER STOCKING DREAM」
締め付けられた衣服や日常の現実を脱ぎ捨てて
開放された身体は何処へ旅に出るのだろうか?!

◆「OUT OF COCOON」
とりとめのない空想を始めると、意識が自身の身体から出て、その空想の世界へと行ってしまう様な感覚になる。「心ここにあらず」とよく言われる現象なのだとすると、心ここにあらずの身体は抜け殻状態である。けれど抜け殻でも、その人の皮膚にある温もりやその人の残像はそこにかすかに残ると、私は感じています。
押しつぶしてしまえばペシャンコになってしまう程の薄い抜け殻だけど、しっかり誰かがいたであろう形を残して存在していてほしい。はかないけれど存在する思い出や感情の残像。


◆「お江戸日本髪」

2008年4月10日発行のART&CRAFT FORUM 48号に掲載した記事を改めて下記します。

「W00L-GATHERING ウール ギャザリング」 若井麗華
 いつの頃からか?織物が始まる以前に、羊の毛が絡んで縮んで、塊(=フェルト)になった逸話が羊文化圏で生まれたそうです。何千年という時を経て、私はこの日本で『羊の毛とフェルト』に出会いました。

 やはりウールの「縮み」は群を抜いて驚かされる!自然界に存在する繊維の中で、羊から採れる「羊毛」は、他の繊維や獣毛(ヤギ・ラクダ・ヤク・アルパカ等など)に比べ、その毛自体で「絡んで縮む」性質を強く持っているといわれています。
 他の素材にあるのでしょうか?こんな「絡んで縮む」性質を持った繊維が…

 『気づきに出会う~ものづくりのスタートライン』
 布の上にポタリッ!色糊が落ちてしまった!不注意にも大失敗…だ。学生時代、型染めの制作をしていた時のことでした。白い布の上に落ちてしまった色糊は、しっかりと水滴を落としたような模様に染まってしまいました。もともと不器用であるので、型染めをやっていても(型を彫って色糊を置き模様を染め付けていく染色方法)型から色がはみ出るし…。けれど、この「落ちてしまった色糊」は他の失敗とは違う、おもしろい!と思える光を投げかけてくれました。型は要らないじゃない!?落としたときにポタリッ、落としたときにピシャツ、色糊の硬さを調節して模様のでき方を変えたら…おもしろい!!
 布に落としたり、力を入れて投げつけたり、そんなことをやっている私に同級生が「ジャクソン ポロックみたい」と言って通り過ぎたのでした。「えっ?誰それ???」
 
 それから現代美術の世界を知りました。大学四年生の卒業制作に入る頃でした。現代美術の世界を調べていくと、「表現することの意味」が重要な意味を持っている。そして、ポロックなどは、内面的現実を唯一の現実として制作していると知りました。それまで何にも考えずに、ただ単に好き!とかおもしろい!ということだけで、染織をやっていた私にとって、カルチャーショックの始まりです。日常の意識、無意識、潜在意識。注意深く観察していくと、自分の内には沢山の感情や気持ち考えがあることに、ビックリ驚きでした。訳が解らずに興味は自身の内なる精神世界に向かいました。これと同時に卒業制作をしなければならない時と重なり、自分の心を見つめながら制作するという初めての作業となりました。

 これは今思えば「ものをつくるということ」「表現するということ」のスタートラインに知らず知らずのうちに立っていた事になります。
その頃、色糊を落として染めるポロック風の染色に魅力を感じていたので、ただ単に布を伝統技法で染めることに飽き足らなくなっていた私は、「何がつくりたいのか?」「どういう表現をしたいのか?」「もっと何かおもしろいことができないか?」などを染色に求めていました。
卒業制作期間中は、求めてはつくる~求めてはつくる・・・・この連続作業の中で、ものづくりのおもしろさ(=たまらなくおもしろいという思いがこみ上げてくる感覚)の虜になっていました。このまま、ずうっーとこの時間が続けばいいのに…。そして心は、平面からふくらみのある立体に魅かれつつありました。

 『ぶよぶよの洗面器 ソフトスカルプチャーとの出会い』
 卒業後、ロサンゼルスの現代美術館で、クレス オールデンバーグという作家の巨大で柔らかい立体作品に出会ってしまった!ぶよぶよの洗面器、洗面器が柔らかな素材で作られているなんて!!
そして、ハンバーガー、ケーキ、アイスクリーム、どれも実物をはるかに越える大きな立体作品である。布やビニール素材にべったりとアクリル絵の具で色付けされ、縫製によって仕上げられている。このときこれが「ソフトスカルプチャー」だと言うことを知ったことは、明るい大きな衝撃となって私に影響を及ぼし始めたのです。
この大きな衝撃を私ははっきり意識しました。
日常から一瞬はなれて、心や身体がフゥーッと軽く大きくなり、喜びのエッセンスによって満たされる。「これが感動と言うものなのだ!!」
私もオールデンバーグのように布や柔らかい素材から立体作品をつくってみたい!

その後まもなくして、東京テキスタイル研究所でフェルトに出会いました。とにかくソフトスカルプチャーを作りたかった私は、平面にも立体にも形をつくることができる羊毛とフェルトに新鮮な驚きを感じ、すぐに熱中していったのです。
 何点か制作した後、作品が運よくオブジェ展に入賞したのをきっかけにオブジェの仕事が来るようになりました。時代はバブル期、企業がアートに対して積極的になっていた頃でもある為、急に忙しくなっていきました。毎回与えられる空間とそれを仕上げる期間の短さを考えていくと、フェルト素材での制作は不可能でした。そこで、「はりぼて」(針金で骨組みし、そこに布を張ってペイントする)や発泡スチロールをカットしてペイントするなどの方法を駆使して対応していくこととなりました。めまぐるしいサイクルでの制作期間と作品として残らない仕事に、バブル終息期と共に私の心もしぼんでいきました。
 しばらくして制作時間に余裕のあるウインドウの仕事が舞い込みました。心のどこかに、繊維や布でものをつくりたい気持ちを閉っていたこともあり、それならば!フェルトでやってみよう!とスタートしました。
フェルトを取り入れ、羊毛を触っていくうちに、いろいろなことを考える機会を得ることができました。毛を洗い、染め、カードしフェルトにしていく~という時間の中で。
 「自分にとっての作品って何だろう?」「何の素材で作るかよりも、何を表現したいのだろうか?」などと、久しぶりに自分自身に答えを求める「対話」が始まっていったのです。

 『W00L-GATHERING 』
 この言葉と辞書の中で出会いました。
直訳すると、「羊毛の集まり」ということになりますが、言葉としての意味は「とりとめのない空想」ということになります。

 空想には、いろいろなタイプがあります。何が真実なんて、この世にはなく、一人ひとりが自分の思いたいことを真実として推し進めているわけだから…。
だから自分の中の独り言も、そう!それを人は自分との「対話」というのだろう。
 日常の雑多なことに飲み込まれそうになる。
私がかろうじて立っていられるのは、「空想」という時を持つからだと思うのです。
人から見れば、ちっぽけなことでも、いざ私がそれを体験し通過するには、とてつもなく大きな波が押し寄せているように感じ、大変に思えてしまう。
そんなときは、「空想」の旅に出ます。
海に太陽の陽が反射してキラキラしている海面が、たくさんの人の拍手や微笑に見えることだったり、空に浮かんでいる雲の形が龍や羊などの生き物になって動き出したり、強い風が吹くとジェットコースターの乗り物に感じたり…。
 こんな勝手気ままな空想をしていると、光や形が生き生きとした物語を私に示してくれる。心や頭に浮かんだものをもの作りを通して、物質という形に表わすこと。
内面を形や色として外に表わすことがものつくりだとすると、「空想」をフェルトという物質で表わす作業が、私が微笑みを持ってかろうじて立っていられることに繋がってくるのです。

 「ALOHA MODE」
水の中で宙返りをしてみる
天と地が区別できないくらいまで
水を通して見た青空は
私を本当に宙に浮かせた

 「タイツのガブリオール」
バレエダンサーや舞台の役者たちの密度の高い動きに、自分の感情を重ね合わせる時、空想は形として、実体験としてそこにあるのです。私は座って見ているのですが、実は踊っていることと同じことになると解釈します。

「SWIM MODE」
もし空想が高じて、今ここにいるという意識がなくなって
目の前の風景に溶け出したら
きっと大きなストロークで泳ぎだす

「SUMMER STOCKING DREAM」
締め付けられた衣服や日常の現実を脱ぎ捨てて
開放された身体は何処へ旅に出るのだろうか?!

「UT 0F COCOON」
とりとめのない空想を始めると、意識が自身の身体から出て、その空想の世界へと行ってしまう様な感覚になる。「心ここにあらず」とよく言われる現象なのだとすると、心ここにあらずの身体は抜け殻状態である。けれど抜け殻でも、その人の皮膚にある温もりやその人の残像はそこにかすかに残ると、私は感じています。
押しつぶしてしまえばペシャンコになってしまう程の薄い抜け殻だけど、しっかり誰かがいたであろう形を残して存在していてほしい。はかないけれど存在する思い出や感情の残像。

これら「WOOL-GATHERING」の一連の作品を、私が出会った素材で表現するには、羊毛のフェルトが一番合っているように思えます。薄いフェルトに皮膚感を感じるからです。オーガンジーと羊毛を一体化した、薄いフェルトの抜け殻は、浮遊感と自由に意識が出入りできる透明感を持ちつつ、抜け殻としての形を保つことができる。
外と内の境界である皮膚の内側に閉ざされた自身の意識を、皮膚の外へと旅立たせ、空間を自由に遊泳することができるように、意識を開放させたい。という願望から制作したシリーズです。時に作品の形は、意識が空想の世界に飛び立つ為の衣であったり、意識の残像であったり、抜け殻であったりします。
いずれも境界である皮膚を意識したものでもあります。だから皮膚感をどのように表現していくかについて、試行錯誤してきました。

展示方法についても、空間を自由に遊泳させたいことから、その時々の心境が反映できるように、吊るす位置、各パーツの組み合わせを変化させながら、どの作品とも組み合わせ可能なように、組み合わせることでストーリーが展開できるように、インスタレーションという方法をとっています。

『W00L-GATHERING と彫刻的な形』
「お江戸日本髪」を制作する頃、生活環境も都内から緑や海の自然が多くある地に移りました。それに伴って、作品や嗜好の変化を感じています。
自分の中の空想も移ろいやすいから、表現するものも移り変わっていく。
 四年前にハンガリーのフェルトワークショップで「彫刻的造形」の作品に出会ってから、私の「WOOL-GATHERINNG」は移行期にあると感じています。
浮遊感ではなく、しっかりとした存在感。空想の世界に行く為のものではなく、空想を引き寄せた物質として、「形」を表わして行きたいと考えています。
フェルトの生地の厚さも増して、生地自体がしっかりと立つ厚さになってきています。
ディスプレイ方法も吊りではなく、「置き」にしています。

『お江戸日本髪』
冬の銀座、街行く人を眺めているとき、その昔は日本髪を結った人々が、この道を歩いていたんだなぁ…と、その時に歩いている人々の髪型がみんな日本髪にすり替わる空想をしたとき、奇妙な感じはしたものの、日本髪のおもしろい形の帽子だったら、おしゃれで、おもしろい!そんなことから日本髪をフェルトで造形する作業が始まりました。
髪を板状にして、くるりとカーブさせたり、髪に逆毛を立てて膨らませたり。髪型という見方をはずしてみると、奇妙でユニークな形として見えます。
そのまま日本髪を作ることよりも、どこか一箇所をデェフォルメしてデザインしてみました。これは実際に被れるように。

 『ロココとお江戸のヘッドドレス』
フランスのロココ時代の髪型もかなり彫刻的です。(国は違えど時代はほぼ近いときですから、そういう流行だったのでしょうか?)
始めは、出来た形を単純におもしろがっていましたが、だんだんと形をつくる為に、型紙の模索が始まりました。縫い目ナシの構造で、いろいろな突起物をくっ付けながら形をつくっていく。これはフェルトを縮めて縮めて生地を硬くすることで、形が立ち上がってくるから出来る形なのです。
型紙を操作していくこの方法を知ってから、フェルトの彫刻的造形(スカルプチャー)に一歩近づいたようで、WOOL-GATHERINGでの形を探す旅が始まっています。
クレス オールデンバーグのソフトスカルプチャーに出会ったときの感動を胸に、内なる気持ちのエッセンスを形にしたい!そんな作品を、しなやかだけど硬いフェルトの風合いで表現していきたいと考えています。

『羊からの羊の毛』
色ばかり形ばかりを造形的に追い求めていると、羊毛が単なる形をつくる為の材料に見えてしまい、何故この素材を扱っているのか?忘れてしまう時がある。
私は羊毛でフェルトを作っている時、まるで色の粘土を扱っているような感覚になり続けてしまうことが、多々あります。
でもこの繊維にはなんといっても、柔らかさ、しなやかさ、毛羽のある風合いがあります。比較して言うなら、木にも,メタルにも、セラミック等にはない質感です。それぞれの素材に作品のイメージを重ね合わせてみると、繊維には特別な風合いがあるから、私は羊の毛という繊維を選ぶのです。

 羊の毛ならみんな縮むと思っていた。
でも、羊の毛でも、毛質によって縮む方は変わる。獣毛はほとんど縮まないと思っていた。(電子顕微鏡から見た繊維のスケールの写真から)でも以外に絡んで縮む毛もある。スケールのあまりない、スルスル抜けてしまう獣毛もある。自分の髪の毛を丸めてお団子を作ったとき、結構絡んでまとまるのに、驚いたこともある。この地球上には、いろいろな毛があるらしい…。

 脂やゴミの付いた羊毛なんて…。
きれいなトップの毛を(毛を洗い、繊維を引き揃えてある状態)好みの色に染め、その毛でフェルトをつくることにしか興味がない私でした。最近緑や海が近い環境に生活しているせいか、羊に近い羊の毛=フリースやグリージーも魅力的に感じるようになってきました。そんな時、茶とベージュがきれいな野生的なグリージーの毛に出会いました。
まずは洗おうと、いつものように&今までしていたように洗ったのです。すると、ものすごい勢いで毛が固まってしまいました!!なぜ?毛をよく見てみると、ヤギのように硬いつるつるした毛と、とても柔らかく短い毛が、硬い毛の根元に沢山存在していたのです。
作業を始める前に、この毛をちゃんと見ていただろうか?羊をひと括りでとらえていなかっただろうか?硬くなってしまった毛を前に、忘れてはならないことをもう一度自分に言い聞かせました。『羊毛は羊という生き物から採れる繊維であり、一頭ずつ違うということを』
 羊に近いグリージー状態からフェルトづくりをすることで、トップを使っていたのでは味わえない毛の風合い、そして扱い方が見えてくるのではないかと感じ始めています。
出会った毛を品種や番手そして既成概念というメガネを通して見るのではなく、自分の目で見て、手で触れる、そして感じる!
 理屈は抜きにして、グリージーからのフェルトには、羊の意思と力強さを感じます。この力強さとWOOL-GATHERINGでの形を出会わせたら、どんな作品が出来るのか?想像すると、空想が拡がります。だから、もっとたくさんの羊に会いたい!!
2008年は「羊からの羊の毛」を探る旅に出たいと予定しています。


(注)
◆フリース :毛刈りをした羊一頭分の(体の形をした)毛〈毛の状態はグリージー〉
◆グリージー:毛刈りをしたままの脂・草・フンなどが混入している毛
◆トップ  :毛を洗いコームやカード機で毛の方向を引き揃えた状態
 ◆スケール :毛の表面に存在するうろこ状の表皮