東京-大阪間の新幹線は2時間40分。薄手の本なら一冊読み終わります。この夏,酷暑の大阪への出張が多かったため,読書も進みました。新幹線の中で読んだ本を何冊かご紹介します。
『クーデンホーフ光子の手記』(シュミット村木眞寿美編訳,河出文庫,2010年)
単行本は98年にでていましたが,私はソウルにいたので読み逃しました。
なんとも数奇な運命を辿った日本女性です。
明治7年(1874年),東京に生まれた庶民の娘が,オーストラリア・ハンガリー帝国の公使として日本に滞在していたクーデンホーフ伯爵にみそめられて18歳で結婚。4年間,日本で暮らしたのち,二人の息子をつれて渡欧。さらに5人の子どもを産み,32歳のときに伯爵が心臓麻痺で突然死。異国で苦労して子どもたちを育て上げ,ついに一度も帰国することなく,1941年,ウイーンで67歳の生涯を閉じる。
本書は,1915年から16年にかけて書かれた手記。父親が死んだときにまだ幼かった7人の子どもたちに生前の父親のことを綴ったもの。自ら書いた部分もあり,口述して当時17歳,15歳,14歳だった3人の娘に書き取らせた部分もあるらしい。
この手記は現在のチェコの公文書館に保管されているが,コピーをとるのに法外な料金をふっかけられたため,訳者は最初は手で写し,後には原稿を読み上げたものを録音して後からテープ起こしをするという面倒な手続きを踏んで全文を入手したそうです。
彼女が結婚した1893年といえば日清戦争前夜。そしてヨーロッパに渡ってからは第一次世界大戦に向かう激動の時期です。
手記の内容は,1896年に日本を離れ,ボヘミヤに着くまでの大航海の回想が中心ですが,記憶はあちこちに飛ぶので,日本にいたときの旅行や,その後のヨーロッパ各地への旅のことも混じっているようです。
東京から夜汽車で神戸に向かい,そこから香港,シンガポール,セイロン,インド,アデン,スエズ運河を経てエジプト,エルサレム,ローマ,ボヘミアへといたります。
尋常小学校しか出ていない光子は,結婚後,カトリックに改宗。夫から英語を特訓され,自身もずいぶん努力したんでしょう,ヨーロッパに向かう航海では英語を使いこなしていたようです。
あの時代に日本人女性として,このように広く世界を旅行した女性はほかにいなかったでしょう。20代そこそこの娘だった光子は,見るものすべてが珍しく,その驚きが手記の中にも素直に表現されていました。
日本時代に夫とともに朝鮮に旅行したときのことも描かれていました。その目的は,なんと「虎狩り」。結局,目当ての虎を射止めることはできませんでしたが,拠点にした元山には虎の毛皮を売る店が並んでいたということですから,当時はまだ半島に虎がいたようです。
朝鮮の人々に対する観察も,なかなか面白い。農民たちはいつも昼間から酒を飲んでいる。女性がしっかりもので,一家を支配している。宿舎として民家にとまっていたが,夜になると近所の人たちが集まってきて,障子に指で穴を開けて覗くので,朝には障子が穴だらけになっていた…。
朝鮮の晩餐会で朝鮮料理を食べたが,ほとんどすべての料理にニンニクが使われていた。肉料理には蜂蜜が使われていた。口に合わなかったが失礼にならないよう頑張って食べた…
日清戦争の直後でもあり,朝鮮の人々の中に,日本を憎む人が多いといわれ,常に警官に身を守られての旅行だったようです。
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末の息子さんだったかが存命で、母親はよく日本の歌を聞かせてくれたと、記憶が定かではありませんが、確か「桃太郎さん」を歌っていました。
ご主人が亡くなった後、そして特に晩年は気の毒でしたね。
朝鮮半島の虎に関しては、朝鮮紀行の執筆者、イザベラ・バードも「虎を怖がって従者を探すのに苦労する。」とか、あちこちの村で人が虎に食べられた話を聞く、、、と書いています。
現北朝鮮の田舎で育った83歳の友人の話では、虎の出没のため、父親が学校の送り迎えをしていたそうです。
先日の漢字教育ですが、一週間に一時間の授業で、一般生活に使う必要性もないので忘れた、、と、聞いた若い人々の返事でした。
ソウルで日本語を教える先生も、漢字が読める生徒は若い人も一般人でも殆どいないそうです。
ハーバード大学の事務所で働く40歳前の男性、漢字で自分の苗字が書けませんでした。
「その発音なら、これでは?」と書いてみせると「そうだ、そうだ。」と喜ぶのには驚きました。
そのときに件の公文書館にマスコミが押し寄せ,法外な料金をふっかけるようになったということを,訳者が書いていました。
漢字ができない大人たちはコンプレックスをもっていて,子どもの漢字教育には力を入れているようです。
かえって子どもたちのほうが,漢字を知っているかも。