クリンの広場

たまっこくりんのおもいのたけ

旧制高校と、「どくとるマンボウ青春記」

2012-10-26 | 本と雑誌

「大歌人・斉藤茂吉」の子として

たかん(多感)な少年時代をすごした、

きたもりお(かんじ:北杜夫) Img_9030

当時の気もちや

友だちのこと、

本にかいています

それが、

Img_9043 「どくとるマンボウ青春記」

北さんは、

「戦中~戦後」を

信州の「旧制松本高校」で

学びました。

2008050912331619 (今は、あがたの森公園に保存されてます)

せんぜん(戦前)・日本には

国家をになう、エリートが

かよう高校があったそうです。

高校、といっても

今の大学生くらいのお兄さんたちが

かよってて、

ここを出たら、みんな

ていこく(帝国)大学に 入りました

Img_6298 そんな・エリートのたまごたちは、

つかの間の高校時代を

学問に、

青春に、

おうかしてた、と ヒ(碑)にのこる

87e67853264cb8ec3792b0e00ead065e 「我らの青春、ここにありき

ふつうの少年だった・北さんも

入学して、

かわりました

まわりの人たちが

きょうよう(教養)をつんで

いっぱしの男になることを目ざして

生きていたからです

Img_9042 本人いわく、「カントよりも哲学的な気質に」そまり、

分からない本を

がんばってよんだそうです。

 

はじめての、ふかい学問。

加えて、

バンカラな「寮生活」で E16e1e05s

青少年をみがいた

「旧制高校」

北さんが、かきのこしたのは

今は亡き、

「大日本帝国最高の贅沢品」 (by三浦朱門)

きろくだったのです 

Img_9032 北さんのげん(原)点、「ユーモア」や、「ペーソス」も 

ここで みがかれました

そんなにステキな

学校なら

入れてもらいたい 

Img_9041 そうやって、みんな もうべんきょう(猛勉強)したそうです

 

 

 

 

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