すさき(洲崎)神社の入り口で、とつぜん・チットが、
永井かふう(荷風)の本を
取り出して、
こう
言いました。
「ここから、東陽町方面にかけては、昔、有名な洲崎遊廓ってのが
あったらしいのよ
ここらで働く男たちが
行きつけて、
一時は、吉原と肩を並べるほど
盛況だったらしいわ
荷風が『深川の唄』で、こう書いてるの。・・・」
「夏中洲崎の遊廓に
燈籠の催しのあった時分、
夜おそく舟で通った景色をも、
自分は一生忘れない。
苫のかげから漏れる鈍い火影が、
酒に酔って喧嘩している裸体の船頭を照らす。
川沿いの小家の裏窓から、いやらしい姿をした女が、
ほりものをした男と酒を呑んでいるのが見える。
水門の忍返しから老木の松が、水の上に枝を延ばした庭構え、
燈影しずかな料理屋の二階から
芸者の歌う唄が聞える。
月が出る。
倉庫の屋根のかげになって、片側は真っ暗な河岸縁
を
新内のながしが通る。
水の光で明るく見える板橋の上を
提灯つけた車が走る。
それらの景色をば
言い知れず美しく悲しく・・」
「戦後は、『洲崎パラダイス』に名前をかえて
栄えたみたい
今はもう、
当時の建物ひとつふたつしか
のこってないみたいだけど、
ちょっと、
行ってみない?」 (チット)
「ダメ 今日はこれから、こてん(個展)に行くんだよ!」
(つづく)