ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

県立大野病院事件の産科医療への影響

2006年05月05日 | 大野病院事件

****** 私見

私自身の場合も、事件がその後の診療内容に大きく影響しました。

帝王切開の手術説明の内容は以前より格段に厳しくなりました。外来診察中でも、入院してからでも、「死亡もありうる」は決まり文句となりました。特に、前置胎盤、前回帝王切開の患者さんの場合は、外来診察や回診のたびに、毎回、県立大野病院事件の状況を詳しくお話して、「手術前の条件は全く同じですから、もしかしたら同じ結果となるかもしれません。癒着胎盤の場合は、即、子宮を摘出する必要があります。」と耳にタコができるくらいに同じ説明を繰り返してます。

(以下、新聞記事からの引用)

****** 河北新報、2006年5月5日

産科アンケート 大野病院医師逮捕 8割「影響ある」

 福島県立大野病院(大熊町)の医療事故に伴う産婦人科医逮捕をめぐり、河北新報社の産科医療アンケートで8割の病院が「影響が出ている」と答え、医療現場に波紋を広げていることが明らかになった。小規模病院が難しい症例の患者受け入れをためらったり、医師派遣を中止したりする動きが出ているほか、産科医志望者の減少傾向の拡大を懸念する声も上がっている。

(中略)

 アンケートには東北6県の病院91カ所が回答。医師の逮捕に発展した医療事故の影響について、63カ所が「出ている」と答え、産婦人科・産科が休診中の12カ所を除くと8割に上った。「出ていない」は12カ所、「分からない・無回答」は4カ所だった。

 具体的な影響は、診療面が23カ所と最も多い。「大量出血が予想される症例は扱わない方向」(秋田・公立病院)、「訴訟を起こされるようなリスクを伴う患者の診察が怖い」(福島・公立病院)など、地域医療の現場に微妙な影を落としている。

 「大学による医師派遣中止・引き揚げ」は13カ所で、派遣を受ける側は「1人体制の病院には大学が派遣しない」(秋田・民間病院)、「中規模の病院からも引き揚げるといううわさがある。妊婦が通院に時間がかかるようになると、社会問題化する」(岩手・公立病院)などと指摘。一方の大学病院は「1人体制は医療事故のリスクが高く、撤退するしかない」との意見を寄せた。

 産科医を志す若手の減少を危惧(きぐ)する声も強く、「産婦人科を選ぶ研修医は激減する」(宮城・公立病院)、「産科を辞める医師がいる」(大学病院)などが10カ所に上った。
 「影響は出ていない」と答えた病院も、「同様のこと(逮捕)が続けば、医療の委縮につながる」(山形・公立病院)と将来的なマイナス面を不安視する。

 逮捕については「不当」とする声が圧倒的に多く、9割を超えたが、「医師の準備不足など複合的な要因があり、何とも言えない」(青森・公立病院)と慎重な見方を示す回答もあった。

(中略)

大野病院医療事故の主な影響

【診療面】
○ハイリスク症例のたらい回し(岩手・公立病院)
○医師の診療意欲が喪失(宮城・公立病院ほか)
○医師がリスクの高い手術を拒否(秋田・民間病院)
○医療過誤防止のため帝王切開手術が増加(秋田・公立病院)
○帝王切開の手術説明に「死亡もあり得る」などと追加(秋田・公立病院)
○危険が予想される患者はあらかじめ大病院へ搬送(福島・公立病院)

【医師派遣】
○大学による1人体制病院からの医師引き揚げ・応援打ち切り(宮城・公立病院、福島・公立病院ほか)
○医療事故のリスクが大きい1人体制病院から撤退(複数の大学病院)

【産科医志望者の減少】
○産婦人科の研修医が激減(山形・公立病院ほか)
○医師が産科を辞めた(大学病院、宮城・民間病院)

【その他】
○大野病院と同じ体制のため患者が過剰・過敏に反応(福島・公立病院)
○警察への「異状死」の報告件数が増加(秋田・公立病院)

(河北新報、5月5日)


河北新報:東北の産婦人科医療の実態

2006年05月05日 | 地域周産期医療

****** 私の感想

当県の場合は、現在、一人医長で分娩を取り扱っている公立・公的病院はほとんど解消されましたが、医師2名体制で分娩を取り扱っている公立・公的病院が多く、3名以上の体制の病院はまだ少ないのが現状です。

医師2名体制の病院では、1日おきの当直で、当直でない日も帝王切開などがあれば必ず呼び出されますから、一年中、当直または拘束が続き、休暇はほとんど取れません。この勤務状況では完全に労働基準法違反になることは間違いありません。法令遵守の観点からも、今後、医師2名体制のまま公立・公的病院の産婦人科を維持してゆくことは非常に困難と思われます。

当県でもやはり、医師2名体制の病院の一部は3名以上の体制となり、残りの大部分は廃止せざるを得ないのかもしれません。どの病院も地域にとっては非常に大切な存在ですから、どの病院を残してどの病院を廃止するかを決定するのは非常に難しい問題です。しかし、誰かが決断を下し、早急に実行に移してゆかねばなりません。それができなければ、その地域の周産期医療は滅亡あるのみでしょう。

****** 一人医長・様のコメントより引用

現在、医局関連施設では、一人、二人体制の施設の廃止が進行しています。以前は、関連病院の引き揚げは1~2年かけて、地元と協議して決めてきました。責任者である教授が院長・首長に説明して話を進めました。現在は、教授名の1枚の通告書が郵送され6ヵ月後に引き揚げます、と一方的な連絡で終わりです。福島事件で集約化のスピードが加速されました。

今後、分娩を扱うには、産婦人科医師最低3名体制ということは、現在1名のところは増員して2名体制という選択肢は事実上なく、廃止になります。2名のところは一部が3名体制となり、残る大部分は廃止となります。

夜間、休日の体制も、おそらく産婦人科医師2名体制が求められてきます。1名は病院当直で、手術時の待機当番1名が必要です。そうなってくると、2名体制の施設では産婦人科医師2名が毎日拘束になってしまいます。

地域的に見て、その分娩施設をなくすことが困難な施設でも、関係なく医局からの産婦人科医師の供給がなくなります。

医局側は、病院の産婦人科を維持することと、医局からの産婦人科医師の供給はイコールではないといいます。病院で産婦人科医師を確保し診療を継続することはかまわない、ただ、医局にいる医師の絶対数が不足し今までのように全ての施設に医師を派遣できなくなった、といいます。数少ない医師をどう配置すれば、効率よく医療を提供できるか、若手医師にとって魅力ある職場にできるかが問題なのです。

****** 河北新報、2006年5月5日

産科医1人が2割 東北の基幹病院 本社アンケート

 全国的に産婦人科医の不足が指摘される中、東北の産科医療を担う病院の2割は医師1人体制で診療していることが4日、河北新報社が実施したアンケートで分かった。10カ所以上が休診中で、今後休診する見通しと答えた病院も少なくない。診療する医師の負担は大きく、産科を取り巻く厳しい実態があらためて浮き彫りになった。

 調査は、診療科目に産婦人科あるいは産科を掲げる東北6県の基幹的な自治体病院、民間病院など146カ所を対象に、郵送方式で実施。91カ所の回答を得た。回収率は62.3%。

 常勤医1人だけの病院は14カ所で、県別では青森、岩手、福島各3、宮城、山形各2、秋田1。うち2カ所は常勤医の休日などに限り、医師の派遣を受けている。
 1人体制の病院は、月平均で延べ入院298.6人、外来454.4人の患者を診察し、16.2件の分娩(ぶんべん)を手掛けている。1カ月に入院、外来合わせて1250人の患者を担当した上、20件の分娩をこなしているケースもあった。

 常勤医が不在で、非常勤医1人という綱渡りの状態で診療を維持しているのは4カ所。各病院とも診療は外来に限定していた。
 常勤医2人は9カ所で、8カ所は常勤医1人と非常勤医の応援で実質的に「2人体制」を保っているが、現場では「1人や2人では十分な診療ができない」といった声が圧倒的だ。

 一方、常勤医5人以上は12カ所で、いずれも大学病院や仙台市など都市部の大病院。それでも、すべての病院が「医師数は不足している」と答え、中核的な医療機関に受け入れ体制を上回る患者が集中していることがうかがえる。
 休診中は12カ所で、うち8カ所は「大学から医師派遣が打ち切られた」と回答。「今後休診の見通し」という5カ所のうち4カ所も「派遣打ち切り」を理由に挙げ、大学の医師不足が地域に波及している現状が浮かび上がった。

 医師数については、「不足している」が68カ所と4分の3を占めた。「確保が難しい」と答えた病院は82カ所と9割に達し、「全体的に数が少ない」(宮城・公立病院)、「産科医は激務で希望者がいない」(福島・民間病院)など絶対数の不足を指摘する意見が目立った。

(河北新報、2006年5月5日)