ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

「大阪のお産を考える-迫り来る周産期医療の崩壊」公開シンポジウム(毎日新聞)

2006年10月05日 | 地域周産期医療

コメント(私見)

大阪は日本を代表する大都市であり、多くの大学医学部があり、有名な大病院も多いので、全国の大学医学部を卒業した研修医も多く集まってきます。従って、産婦人科医の数は非常に多いはずです。

しかし、その大阪でも分娩施設はこの2年間だけで241から206へと35も減少し、お産の場が急激に減っているので、お産をしたくても産む場所がない地域もあるとのことです。

要するに、現状では、都会も田舎も、日本全国どこもかしこも、お産の場が急激に減っていて、妊婦さんも産婦人科医・助産師も、みんな四苦八苦しています。多くの人が対応策をあれこれ考えてはいますが、そう簡単に解決する問題ではありません。今はまだまだ事の始まりに過ぎず、これから状況はますます悪化してゆくのかもしれません。

このような危機的な状況の中で、一致協力して産科医療を支えていかなければならない産婦人科医と助産師が、「内診問題」で互いに争っているような場合じゃないと思われます。

****** 毎日新聞、2006年9月30日

「大阪のお産を考える-迫り来る周産期医療の崩壊」公開シンポジウム

 ◇安心して産みたい

 大阪産婦人科医会主催の公開シンポジウム「大阪のお産を考える-迫り来る周産期医療の崩壊」(大阪府、大阪市、大阪府医師会、毎日新聞社後援)が、9月16日、大阪府医師会館大ホールで開かれ、府民ら約250人が参加した。岩永啓・大阪産婦人科医会会長が「産婦人科の施設が減り、お産をしたくても産む場所がない地域もある。多くの意見を発表いただきたい」とあいさつ。志村研太郎・大阪産婦人科医会副会長の基調発言の後、村田雄二・愛染橋病院院長、岡本泰明・柏原市長が講演。続いて石河修・大阪市立大学大学院教授、山口典子・堺市議会議員、福島俊也・大阪府健康福祉部参事、大阪市立大学大学院生(産婦人科医師)・松本万紀子さんの4人をパネリストに迎え、タレントの遥洋子さんがコーディネーターを務めて「大阪のお産を考える」をディスカッション。最後に斎田幸次・大阪府医師会理事が「議論を参考に今後も地域医療対策協議会の中で発言していきたい」とあいさつした。総合司会は高木哲・大阪産婦人科医会副会長。

 ◆基調発言

 ◇分娩施設、2年で「35」減少----志村研太郎・大阪産婦人科医会副会長

 ◆大阪における産婦人科医師および分娩(ぶんべん)施設の現状

 全国で産婦人科医が不足し、お産現場は危機的状況。過去20年、内科系の医師は2倍に増えているが、小児科や産婦人科の医師は減少。大阪でも、分娩施設はこの2年間で241から206へと減少した。

 産婦人科医を志望する女性は急増しているが、女性医師が安心して出産、育児ができる体制はない。また、中堅医師が、勤務医から、お産を扱わないクリニックの開業へと転身する例が増えている。

 元来、妊娠、分娩は決して安全なものではなく、正常と思われた妊娠がリスクの高い状態へと急変するのが周産期医療の特徴。マンパワーを有効活用し、母子の安全を守るためには、分娩施設の任務分担、リスクの高い事例を取り扱う高次施設の重点化、集約化も必要だ。

 また、不幸な経過をたどった子どもの救済策として「無過失補償制度」の創設が提唱されており、産科医師の訴訟に関する重圧の軽減にも役立つだろう。厚生労働省、学会も対策に乗り出している。

 ◆講演

 ◇危険な状態が迫っている----村田雄二・愛染橋病院院長

 260年続いた徳川幕府において、十一代将軍、家斉は側室との間に57人の子があった。これは生まれた子の数であり、5歳まで生き残ったのはほぼ半数にすぎない。恵まれた環境の将軍家でさえこの数字だった。庶民ではもっと多くの子が新生児期や幼児期に亡くなったと思われる。

 新生児死亡率は、出生1000に対し日本では1925年にほぼ60だったのが、03年には1・2にまでなった。また妊産婦死亡率は1900年に10万人に対し450だったのが現在は6・1に減少。この記録は、出産時の出血や高血圧、感染などに対して的確な処置ができる設備とスタッフの充実によるところが大きい。

 ところが今、医師の不足で分娩施設が減少し、このままだと危険な状態になることもまた明らかだ。訴訟の問題も大きい。少ない子どもへの関心が高まり、一人一人の赤ちゃんに起こる異常が重要なものになってきている。分娩時のトラブルによるとされてきた脳性マヒが、実は染色体異常など多くの原因によって80%はお産が開始した時にはすでに起きており、分娩中の低酸素が原因で起こるのは10%であることがわかってきた。世界に誇る日本の医療を悪くする事態にならないよう頑張りたい。

 ◆講演

 ◇周産期医療、充実させたい----岡本泰明・大阪府柏原市長

 友人の息子があるとき言った。「柏原を出て行く」。妻が出産する所が柏原にはないのだという。

 去年、市立柏原病院の副院長に提案してみた。「出産費用を市で負担して無料にしたらお産をしにきてくれる人が増えるのでは」。が、ことは産婦人科だけでは解決しない、と言われた。周産期には母体、胎児、新生児の生命にかかわる事態が発生する可能性があり、チーム医療が必要になる。医師不足という現実の下では課題は多い。

 では行政として何ができるのか。妊婦が出産まで安心してすごせるためのケアの充実、子育て支援センター、子育て経験者ボランティアの有効活用などがある。医師、看護師等の勤務実態、給与体系、手当の見直し等、厳しい労働に報いる体制作りも考えていかねばならない。

 人口30万-40万の一つの圏の中でセンター的な病院を決め周産期医療を充実させる。国、府、医局、自治体の連携による、ゆとりある医療が可能な体制作りが急務だ。

 ◆パネルディスカッション

 ◇パネリスト

 石河修さん=大阪市立大学大学院教授(女性病態医学)・同大学医学部付属病院副院長▽山口典子さん=堺市議会議員▽福島俊也さん=大阪府健康福祉部地域保健福祉室参事▽松本万紀子さん=大阪市立大学大学院生(産婦人科病棟勤務医師)

 ◇コーディネーター

 遥洋子さん=タレント・作家

 ◇「命を生み出す」尊さアピールを

 遥 子どもを産み育てにくい社会だと感じているが、産婦人科医の不足という現実を前に、出産に際しても、選ばれた地域の人しか望む医療が受けられない時代が来るのではと不安だ。

 福島 国の認識では医師の数は必ずしも不足しているわけではなく、問題は医師の偏在にある。地域的な偏在と、診療科による偏在、特に産科、小児科における医師不足が深刻。

 遥 大阪の現状と取り組みは?

 福島 出生数の減少により、産科医不足が表面には出てきていないが、公立病院の産科医確保が困難になっている。今年8月には府内の産婦人科病院、診療所を対象に緊急実態調査を実施し、検討結果は必要に応じて、19年度中に策定する医療計画に盛り込む。

 山口 議員として小児救急の施策に力を入れてきたこともあり、小児科医が足りないとは認識していたが、産婦人科医不足との実感はなかった。ただ、自分の苦しい出産の最中には医師とのインフォームド・コンセントが頭をよぎった。

 松本 産婦人科希望の学生は確かに少ないと感じる。希望者の9割は女性で、過重労働、訴訟が多い点に不安がある様子だ。

 石河 2年前からの新しい研修制度では、卒後2年間は、ほぼ全科を勉強するようになり、最初、産婦人科希望だった学生も研修期間中に他の科にリクルートされていくのが実情だ。

 遥 産婦人科医の仕事に対する理解がないという苦悩が見える。

 山口 少子化が言われ、生業としてなりたつのかと不安もあるかもしれない。産婦人科医は命を生み出す医療行為者なのだというアピールが必要だ。

 遥 女性医師が増えている点は、同じ立場で助け合える仲間がいて心強いのでは?

 松本 出産後職場復帰している先輩は少なく、わかってもらえているとは言えない。

 遥 働く女性全般に通じる問題だろう。

 山口 堺市議会で現職議員が出産したのは私が初めて。議会には産休条例もなかった。未婚、晩婚化、価値観の変化、女性自身の自己表現との葛藤(かっとう)、ジェンダーなど、少子化の背景をとらえる必要がある。

 遥 男性もまたきつい労働環境にいるのが現実。産婦人科医不足解消への明るい展望をどこに見いだせばいいのか?

 石河 学生に産婦人科医の重要性を説く以外にないかもしれない。日本の周産期死亡の減少は産婦人科医の涙ぐましい努力のたまもの。が、そのデータを維持するのは限界だ。ベテラン医師を育てるのに必要な数十年を持ちこたえられるような制度と理解が必要。

(毎日新聞、2006年9月30日)