10月11日(水)に開催された、公判前整理手続き(第4回)の報告
福島地方裁判所において、午前10時より午後まで開催されました。
今回も争点を絞り込むまでにはいたりませんでしたが、11月10日(金)、12月14日(木)に公判前整理手続きを行って、平成19年1月26日(金)、2月23日(金)、3月16日(金)に公判が開催されることに決定いたしました。
今回も弁護側より「予定主張等記載書面」を福島地方裁判所刑事部に提出しました。その主なる内容について記載いたします。
1.本件における帝王切開手術時の子宮と胎盤の状態
胎盤が妊娠37週の通常の円形板状で15cmから20cm程度であることと比較すると、形状が異なると同時に1.47倍から2.61倍であった。本件の胎盤は2つの部分に分かれる分葉胎盤様であり、内子宮口付近に付着していた部分には、胎盤の卵膜だけが存在し、胎盤実質は存在せず、子宮前壁に島状に存在していた。また子宮切開創には胎盤はなかった。
胎盤の癒着は子宮前壁には殆どなく、その程度も軽いものであった。
子宮後壁の癒着部分は、子宮後壁下部の右寄りのごく一部であり、その癒着の程度は、子宮筋層の表層の5分の1程度に絨毛が侵入している程度であり、陥入胎盤の中でも非常に軽い部類に属するものであった。
2.本件手術前における癒着胎盤の予見可能性
本件は子宮前壁には癒着がほとんどなく、その程度も軽いため、大出血は生じ得ず、子宮前壁においては、そもそも本件訴因に示された結果が生じていない。術前に超音波検査やカラードプラ法を施行して癒着の可能性のないことを確かめている。子宮後壁は手術前の時点では子宮前壁や子宮内容物及び胎児が存在するため、超音波検査やカラードプラ法によって検査することは困難であること、MRI検査は子宮後壁の癒着胎盤の検査が不可能ではないが、偽陽性、偽陰性の確率が高く、程度の軽い癒着胎盤は術前に診断することは不可能に近いこと。
検察側は前回帝王切開創痕に胎盤が付着しているので、帝王切開既往1回で子宮前壁(子宮の前回帝王切開創痕)に付着する前置胎盤の場合、約24%の高率で癒着胎盤の発生が認められるとしているが、本件では胎盤は前回帝王切開創痕にかかっていないため、約24%の高率で癒着胎盤が発症することはないこと(ちなみに、帝王切開既往1回で、前置胎盤で子宮切開創痕に胎盤が付着していない場合、35歳未満では癒着胎盤である可能性は3.7%である)。
3.本件手術中における大量出血の予見可能性及び結果回避可能性
本件手術開始後、用手剥離困難になるまでの間、大量出血の予見可能性はなく、大量出血により死に至ることの予見義務は課せられない。
胎盤剥離途中及び剥離直後の出血量についていえば、用手剥離開始直後の14時40分の時点での出血量は2000ml(羊水量込み)であった。また、胎盤娩出が終わったのちの14時52~3分の時点でも、出血量は2555ml(羊水量込み)である。この出血量は前置胎盤の患者にとってはごく一般的なものであり、通常予見する範囲の出血量である。さらに、本件患者は胎児及び胎盤が通常より非常に大きいため、羊水量が通常よりも多かったので、実際の出血量はもっと少ないものと思われる。
したがって、胎盤剥離開始時点から完了時点までの出血量から、その後の大量出血を予見することはできなかった。
4.本件手術中における結果回避の可能性
本件手術前及び手術中における予見可能性が認められないため、本来は、本件手術中の結果回避義務について論じる必要はない。しかし、癒着胎盤の剥離を中止する義務の有無についていえば、検察官は、胎盤が子宮に癒着していることを認識した場合、癒着の程度にかかわらず、直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出手術等に移行するべきであったとする。
しかし、検察官が主張するように、どのような程度の癒着胎盤でも直ちに子宮の摘出を行っていたのでは、日本全国で本来摘出の必要がない子宮が摘出され続けることとなる。癒着胎盤であっても、その程度により大量出血を招来せずに胎盤を剥離できる場合の方が多いし、前置胎盤の場合には子宮下部の収縮不良により胎盤が剥がれにくいことが多く、その場合には出血も多いので、臨床的に癒着胎盤との区別を診断することは困難だからである。本件患者には子宮温存の希望があり、前置胎盤に由来する出血や胎盤剥離面からの出血に対する止血措置のためには、胎盤を剥離し、目視下で施術した方が有利であった。したがって、穿通胎盤との診断がなされていない限り、胎盤剥離の継続を選択し、その上で止血措置を行おうとすることは、当時の出血量からしても、本件手術当時の通常の産婦人科医の選択としてきわめて正当なものであり、結果回避義務違反があったとはいえない。
なお、被告人は、本件患者について、15時5分に子宮摘出を決断し、16時30分、輸血の到着を待って子宮摘出手術を開始し、摘出手術は無事終了した。
また、クーパーによる胎盤剥離の是非についていえば、検察官は、被告人がクーパーを使用して本件胎盤を剥離したことにより、出血量がさらに増加したと主張するようである。しかし、被告人がクーパーを使用して胎盤を剥離したのは、胎盤と子宮筋層の間に指が入らなくなったからやむを得ず行ったのではなく、胎盤の残置と子宮筋層への侵襲を可及的に減少させるためであり、それは手で剥離を続けるよりは有利な処置であり、出血量の増加を招く行為ではなかった。
クラーク博士らによる著書 Cesarean Deliveryによれば、癒着が局所的な場合、絨毛が侵入しているところの簡単な切除、その場所を数カ所8の字縫合すること、または鋭利な掻爬は時として効果的であると記載してある。また、その他の文献にも同趣旨の記載が見られる。
5.医師法違反について
(1)罪刑法定主義違反による法律の違憲無効
医師法第21条は、憲法31条に根拠づけられる罪刑法定主義に反しており、違憲無効な法律であり、違憲無効な法律に基づいて被告人を処罰することはできない。
(2)憲法第38条第1項違反
医師法第21条は、憲法第38条第1項に反しており、違憲無効な法律である。違憲無効な法律に基づいて被告人を処罰することはできない。
(3)構成要件該当性について
どのような場合に死体等に「異状」があると言えるのかについては、定まった解釈が存在しないし、検察官も充分な基準を示していない。したがって、構成要件該当性を論ずる基礎がない状態である。
(4)構成要件的故意について
仮に、過失によって生じた死体に「異状」が認められると解釈するとしても、被告人は自らに過失があると認識していなかったため、被告人には構成要件該当行為の認識がなく、被告人は、本件患者の死後、作山洋三院長らと協議し、その結果として過失はなかったという結論に達しているからである。したがって、被告人には構成要件的故意がない。
(5)責任阻却事由について
仮に被告人の行為が医師法第21条の構成要件に該当するとしても、被告人には違法性の意識の可能性がなく、その責任は阻却される。また、被告人は、本件患者の死後、作山洋三院長らと相談して、本件が医療過誤ではなかったという結論に達している。その結果、医療過誤でない場合には届出を行わないという厚生省のリスクマネジメントマニュアル指針等と同様の処理を行ったのである。厚生省という所轄官庁が告示している指針と同様の処理について、被告人が違法性を意識することは不可能である。したがって、届出を行わなかった行為について、被告人を非難することはできず、被告人の責任は阻却される。
以上弁護団が主な主張や証拠をまとめた「予定主張等記載書面」です。これに対し、検察側から、10月末日までに、反論する回答が提出される予定になっています。
今後弁護団側より、岡村州博(東北大学医学部産婦人科学)教授、池ノ上克(宮崎大学医学部産婦人科学)教授からの意見書と、中山雅弘(大阪府立母子保健センター検査科)部長より、子宮・胎盤病理の鑑定意見書を提出することになっています。
以上
平成17年10月18日
福島県立医科大学 産科婦人科学 教授
佐藤 章
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