ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

第一回公判について(07/1/30)

2007年01月31日 | 大野病院事件

福島県立大野病院事件・初公判の報道

県立大野病院事件、初公判の翌日の報道

*** 周産期医療の崩壊をくい止める会より引用

県立大野病院事件 第一回公判内容 
(2007/1/30更新)

文責 佐藤 章

 平成19年1月26日(金)、福島地方裁判所第一法廷において、県立大野病院事件の第1回公判が開催されました。

 当日、傍聴者が多数集まることが予想され、9時15分まで所定の場所に集合した傍聴希望者に対し抽選(26名傍聴)を行うこととなりました。この事件の関心度の高いことから、349名が集まり、倍率は13.4倍となりました。我々もこれを予想して、22名並びましたが、残念ながら抽選にはずれ、私は傍聴できませんでした。従って、以下は弁護士の先生方ならびに傍聴した人達の話から公判内容を記載いたします。

第1回公判 平成19年1月26日(金)午前10時開廷

1.人定質問

 裁判官が被告人(加藤医師)に対し、生年月日、本籍、現住所、職業を尋ね、これに答えた。

2.検察側から起訴状の朗読

 起訴の内容は、①業務上過失致死、②医師法違反(異状死体の届出義務違反)でありますが、主旨は「癒着胎盤と診断した時点で胎盤を子宮から剥離することを中止して、子宮摘出すべきであったのに、クーパーを使用して漫然と胎盤を剥離したため、大量出血となり患者が失血死した。また、胎盤を無理に剥離すると大量出血する可能性があることを認識していたのに、その行為を行ったのは業務上過失である」「また、異状死であるにもかかわらず病院長に異状死でないと報告し、自分でも警察に届出をしなかった」ということです。

3.次に裁判長による黙秘権の通知

 裁判長が被告人に「自分の意思に反して供述をする必要がない場合、黙秘権があること」「法廷で供述したことは全て証拠とされるので、そのことを良く認識して供述する」旨が告げられた。

4.被告人の罪状認否

 次に加藤医師は大野病院において平成16年12月17日午後2時26分ころから、執刀医として帝王切開手術をした事実。右手指を胎盤と子宮の間に差し入れた。胎盤を用手剥離しようとしたこと、胎盤の剥離をはじめ、途中で胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行しなかったこと、午後7時1分ころ、患者さんが死亡したこと。また、患者さんの死体を診断したこと、24時間以内に所轄警察署に届出をしなかった事実を認めたが、それ以外はすべて否認した。

5.弁護人認否

 次いで弁護団は、公訴事実第1の予見義務、検察官の設定する注意義務について、因果関係(死亡原因が失血死であると考えられていたが、事件後手術経過を分析・調査した結果、本件の死亡原因は、たとえば羊水塞栓症などである可能性があること)は、被告人の行為と死亡との間にない可能性があること、公訴事実第2については、医師法21条は「異状」の範囲が曖昧かつ不明確であり、罪刑法定主義および明確性の原則を保障する憲法31条に反し違憲であること、「異状」死にあたらないことを述べ、不幸にしてお亡くなりになった患者さんのご冥福を心よりお祈り申し上げ、この法廷で本件の真相が究明されることを願い、結語として、被告人は公訴事実第1および第2とも無罪であることを主張しました。

6.検察側の冒頭陳述

 モニター大画面を使用して、学会の発表のようにプレゼンテーションを行った。内容は、被告人および被害者の身上、前置胎盤と癒着胎盤の説明、とくに癒着胎盤は大量出血の危険性が高く、母体死亡の可能性があること、帝王切開既往があり子宮前壁に付着する前置胎盤は約24%の高率で癒着胎盤があること(本件は前壁にも胎盤があったが、そこは癒着胎盤はなく、後壁の一部が癒着胎盤であった)、癒着胎盤は用手的に剥離できないと診断された時は無理に剥離した場合には大出血の可能性があるので子宮を摘出する必要があることを強調、次いで、本件の手術前から患者さんの死亡までの経過を述べ、とくに胎盤剥離の際、指で剥離していったところ途中で指が入らない部分があり、その時点で子宮摘出にすべきところ、クーパー(これを画面に提示)を使って剥離し、そのため、大出血になったと説明した。また、大出血を起こしていた最中に、院長が双葉厚生病院の産婦人科や大野病院の他の外科医の応援を打診したものの、被告人がこれを断ったことも陳述した。

7.弁護側冒頭陳述

 次いで、弁護側の冒頭陳述に移った。弁護団6人が、各々の部分で冒頭陳述を行った。内容は、被告人の身上経歴、事実経過(本件患者について、術中経過など)、医師法21条、本件刑事裁判が問いかけるものについて、陳述を行った。

 この陳述中、弁護人の提出する教科書や専門家の鑑定書等本件事案の解明に不可欠な証拠の取調べについて、不同意としている点、更に検察官自ら作成した検察官調書記載の中に、被告人に有利な記載内容があることから、この部分を削除して証拠請求するという、証拠調べ請求に対する検察官の不適当な対応を指摘し、「前代未聞の措置を講じている」と発言したのに対し、検察側がこれに強く反論し、裁判官との話し合いの結果「前代未聞・・・」の発言を削除し、陳述がつづけられた。また問題の胎盤の剥離について、被告人が胎盤の剥離を継続したのは、子宮収縮を促すことで、胎盤剥離中に生じた出血を止めることと、止血措置を行うためであったこと、この処置は病理鑑定などの後に判明した事実で、癒着の程度が軽かったこと、クーパーの使用は子宮と胎盤の構造からして、母体からの大出血を招く行為ではないこと、止血のためには胎盤の剥離が不可欠であったこと、医学文献等においてもクーパー等による剥離の継続は認められることから、極めて適切な処置を行ったと主張した。

 医師法第21条違反については、前述した如く、憲法第31条違反による医師法第21条の違憲無効を主張し、さらに医師法第21条に関する被告人の行為について、患者さんが亡くなった後出血性ショックによる死亡と判断し、その後院長室において麻酔医と共に院長に対し、子宮収縮による止血を図るために胎盤を剥離したが出血が止まらず失血性ショックにより死亡したこと、できるだけのことは精一杯やったが結果として本件患者さんが亡くなったことを報告し、院長から過誤はなかったのかと聞かれ被告人及び麻酔医は過誤がなかったと応えると、院長は医師法第21条の届出はしないでいいという判断を述べたこと、なお、県立大野病院には病院内のマニュアルがあり、そこでは医療過誤があった場合に届出をすべきこと、届出は検案した医師ではなく院長が届出をすることが規定されていることも述べた。

 次いで、「本件刑事裁判が問いかけるもの」のところで、弁護側は胎盤病理と子宮病理を専門としない病理医の鑑定、本件の医学鑑定を行った医師は、周産期の専門家(医)ではなく、腫瘍の分野の第一人者であるが、周産期医療の分野における判断には疑問があること、自然科学の分野の高度に専門的な判断に過失があるかないか判断するとき、その分野の専門家でない検察官も裁判所も、もちろんわれわれ弁護人も、正しい基礎的な医学知識を臨床現場での様々な医療技術を謙虚かつ真摯に学び、その上で被告人の行った医療行為を法的にどのように評価すべきか、吟味・検討しなければならず、これは司法に対する国民の要請でもあると陳述した。この頃検察側より「異議あり」の発言があり、「弁護人の陳述は本件と全く関係ない事柄で陳述の停止をもとめる」と発言し、弁護団と検察側と裁判官とのやり取りがあったが、以後の陳述が許可され、全国各地の医師会、産科婦人科学会、産婦人科医会からの本件に対する様々な疑問、抗議の声があること、本件による地域医療の影響についても陳述し、この裁判を通じて少しでも不幸な医療事故を起こさないために役立つものでなければならないこと、1人の医師を犯罪者として糾弾しただけで終わらせないこと、そのため専門領域にしている数多の専門医や関係者の知見を通して本件事件に向き合うことが、この裁判の責務であることを述べ、そのため弁護人は被告人の無罪を立証するとして陳述を終えた。

 以上の如く、第1回の公判の午前の部は、12時終了予定のところ、午後1時ちょっと前に終了し、午後の部は午後2時からとなった。

午後の部

8.午後2時から午後3時40分までの公判内容

 午後2時から午後3時40分までの間は、検察官が取調請求し、弁護人が取調に同意した書証および物証についてこれを取調べる手続が行われました。書証については、その要旨の説明・朗読が行われ、物証については、その展示が行われました。今回取り調べられた主な書証は、医学文献、関係者の供述調書、患者遺族の供述調書等です。また、物証は入院カルテ、手術の際に使用されたクーパー等でした。

 午後3時40分で第1回公判は終了し、傍聴人は退席し、非公開で「期日間整理手続き」を行いました。これは後述しますが、公判前に、「公判前整理」ということで過去6回行われましたが、最終的に結論がでず、引き続き話し合いが行われたということです。公判が始まったので、「公判前整理」という言葉ではなく「期日間整理」というのだそうです。これが午後4時40分頃までありました。

9.期日間整理(非公開、争点と証拠の整理をする手続)

①前回期日に検察官が取調請求をした証拠について、弁護人が同意・不同意の意見を述べました。検察官が自らの不利な部分のみをマスキングして提出した検察官調書について、弁護人がこれを検察官の真実義務に反するとして強く弾劾したところ、裁判官も検察官に対し、証拠の提出方法について再考を促しました。

②検察官の新たな医学文献の証拠調べ請求

 検察官から今回新たに医学文献の提出がありました。弁護人は検察官が弁護人の提出した医学文献に同意しない以上、弁護人も今回検察官が提出の証拠に同意できないとしました。

③弁護人は弁護側の証人を申請しようとしましたが、検察官が書証の大部分を不同意としたため、人証申請が必要な範囲が定まらず、次回期日に見送りせざるを得ませんでした。

④次回期日において、二人の医師(福島県立大野病院近くの双葉厚生病院産婦人科医、当日手術を手伝った外科医)の取調べを行うことを確認しました。検察官が申請した証人ですが、検察官は自ら証人を同行させるのではなく、裁判所から呼出をしてほしいとしました。

(注)期日間整理手続きとは、

刑事訴訟法316条の28第1項

 裁判所は、審理の経過にかんがみ必要と認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴いて、第一回公判期日後に、決定で、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備として、事件を期日間整理手続に付することができる。

10.閉廷後の記者会見

 閉廷後、弁護団は福島地方裁判所の近くの市民会館において記者会見を行いました。今回は加藤医師も参加し記者会見を行いました。当然の如く、質問は、加藤医師に対する質問が殆どでありました。加藤医師は公判の冒頭のところで、「患者さんを亡くし、残念で忸怩たる思いです。亡くなられた患者さんのご冥福をお祈りします。どうかご理解ください」と話したことと同様なことを記者会見でも述べ、「ミスをしたという認識はなく、正しい医療行為をしたと思っていること、切迫した状況で精一杯やった」と述べた。また、全国から寄せられた支援に対し、心強く思っており感謝している旨の発言もあった。一方、福島地検側は公判終了後、新聞報道であるが次のように発表した。

「我々としても医療関係者が日夜困難な症例に取り組まれていることは十分認識している。しかし、今回の事件は、医師に課せられた最低限の注意義務を怠ったもので、被告(原文ママ)の刑事責任を問わねばならないと判断した」とする異例のコメントを発表した(新聞報道)。

 以上が、1月26日(金)の第1回公判と記者会見の様子を記載しましたが、個人的な意見ですが、検察側は、我々弁護団が提出した、一般的教科書や論文を証拠として提出しても殆ど不同意としていること(今後これが重要なポイントとなる)、公判後発表したコメントの中に、「今回の事件は医師に課せられた最低限の注意義務を怠った」としているが、癒着胎盤という稀な疾患で、予見することが非常に困難な疾患であることを考慮に入れていない、医学的知識不足の発言、また、公判の起訴状朗読の際、「臍帯」(サイタイ、と通常いう、セイタイでも誤りではないが)を、堂々と「ジンタイ」と読んで弁護団より注意されたことも考慮にいれると、検察側はもっと医学的に勉強していただきたいと強く思った次第でありました。

 患者さん側も、この裁判で、患者さんの死の真相を明らかにしてくれといっているのですので、我々も同様であり、医学的に解明してもらうためにも、教科書、参考書、論文等の証拠の提出を検察側には同意してもらいたいと思うと同時に、裁判官も医学的にこの事件について追究して判断してもらいたいと強く思いました。

(以上、周産期医療の崩壊をくい止める会より引用)